惡・即・墜!
直接手合わせしたことで、改めてカノンの課題が浮き彫りになった。
出会った当初と比べれば半蘇生魔法まで使えるほどに成長したものだ。
防御回復もこなしつつ攻めの姿勢も維持している。まだ、やや攻守のバランスにおいて攻撃に偏りがちなところはあるものの、カノンの光弾魔法はこちらの行動を阻害する良いタイミングで放たれるため、敵に回すとうっとうしいことこの上ない。
問題は燃費だった。もともと魔法力の制御に関しては苦手な自覚があるようだが、光弾魔法一つとっても魔法力を込めすぎてしまう傾向にある。
全部に全力投球していればバテるのも必定だ。
カノンの課題――それは、絶対的な魔法力不足だった。
前々からなんとなく気づいてはいた。
アイスバーンを相手に初めて上級魔族に挑んだ戦いでは、俺が携帯型記録水晶を介して魔法力供給をすると、途端に光弾魔法速射砲になったのだ。
カノンの魔法発動速度はかなりのものである。
一方、その速度に彼女の魔法力の器は、容量が小さい。
「あ、頭を撫で撫でしながらド正論で言われるとぐうの音も出ないであります。せっかく嬉しいのにご意見拝聴してしまって嬉しい気持ちが反省になってしまって……うう」
キャスケット帽を胸に抱くようにして、カノンはうつむき気味だ。
「いえいえ、偉いですよカノンさん。それにリムリムさんも。よくがんばりましたね二人とも」
俺の背中におんぶ状態になって、リムリムが首筋を舐め回す。
完全に神チュール状態で、リムリムには俺の言葉など右の耳から左の耳状態だ。
途中三回の休憩を挟みつつ、都合十七回目の挑戦で、二人は俺の肩口に一発、光弾魔法をお見舞いしたのである。
かすり傷にも満たないが、クリーンヒットには違いない。俺に攻撃を悟られないよう、フェイントと陽動などトリッキーな動きで注意を引くことに徹したのはリムリムだった。
カノンは肩を落とす。
「リムリム殿がセイクリッド殿を翻弄しなければ、自分の攻撃は当たらなかったでありますよ」
「そうですね」
「しかも魔法力不足は、そのまま地力が不足してるということでありますから」
戦う前よりも見えてしまった現実に、神官見習いは打ちひしがれてしまったようだ。
魔法力の過多は努力よりも才能に起因する。いきなり倍増させる方法は、その後の人生を棒に振るようなやり方になりかねない。
かつて強さを求めて俺も調べてはみたのだが、結果は芳しくなかった。
一時的な強さは得られても支払う代償の大きさに見合わなければ、採用は見送りだ。
「アコ殿はきっと大器晩成なのでありますが、自分は今がピークで……この先は……」
もし、それが本当なら二人のレベルがある時点を過ぎたところで、強さが逆転するだろう。
もしかすればカノンはアコについていけなくなるかもしれない。
最初はアコが弱いということで始まったはずが、カノンを余計に悩ませてしまったな。
「リムリムさん。そろそろ吸うのはお控えください」
「この聖臭いのがたまらないのだ! 鼻の下にセイクリッドの皮膚の一部を移植したいのだ! そしたらずっと臭っていられるのだ!」
「却下です」
「じゃあじゃあリムリムの鼻を取り外して、セイクリッドの首筋にくっつけるのだ!」
「さすが魔族ですね。人間には理解できないセンスをしていらっしゃる」
「えっへん! 褒められたのだ!」
褒めてないから。
ともあれ、満足したのかリムリムはひょいっと俺の背中から降りると、カノンに言った。
「だいたいなんでカノンは悩んでるのだ? 魔法力が足りないなら吸えばいいのだ」
「え? なんですと?」
「だーかーらー! 相手とか仲間とかからチュッと分けてもらって、それを使えばいいのだ! 敵から奪えば一挙両得なのだ」
吸魔魔法……主に黒魔導士が使う魔法だが、確かに器を大きくするよりは現実的だ。
「じ、自分はリムリム殿ではないので、そんな技はもっていないであります!」
「じゃあ教えてあげるのだ! まずは悪堕ちするのだ」
「えっ!? も、もうアレは勘弁してほしいでありますが……」
俺はカノンの正面に立って、両肩をぐっと掴んだ。
「是非教えていただきなさい後輩よ。リムリムさんはヘタレ魔族ですが、魔法力の吸収や管理の技術だけは超一流ですから」
「あっ! さらっとディスったのだ! リムリムはヘタレじゃないのだ!」
褒め言葉よりも悪口の方が耳につくという好例だな。
カノンは眉尻を下げた。
「悪堕ちしたらまた……アコ殿と……」
「悪の心を制御し自身の中の猛獣を従えるのですカノンさん。もし吸魔の力を得れば貴女の前に重く閉ざされた扉は、きっと開かれることになるでしょう」
「だ、だけど……であります」
まだ決心がつかないか。それに悪堕ちしろといわれてできるものでもないというのは、重々承知である。
俺はじっとカノンの青い瞳を見つめた。
「大丈夫ですよ。アコさんならカノンさんが何度自分を見失っても、必ず最後まで見捨てることなく手を差し伸べ続けてくれますから」
「アコ殿なら……ううっ」
「それに私もおります。可愛い大事な後輩を見捨てたりはいたしません」
「セイクリッド殿……わ、わ、わかったであります! やってみるでありますよ!」
おかっぱ眼鏡さん大復活である。
が、すぐ問題にぶちあたった。
「ところでリムリム殿……どうやれば悪堕ちとか闇墜ちできるでありますか?」
「うーん、リムリムは悪なのがフツーだから、よくわからないのだ。もしかしたら夜に好きな男の人とツイス……待つのだ光の撲殺剣をフルスイングで素振りするのはよすのだセイクリッド!」
ぶんぶんと俺は内角高めを狙うスイングを見せた。今年は40本(対上級魔族撃破数)はかたそうだ。
カノンが不思議そうに首を傾げた。
「あの、さっきから気になるのでありますがツイス……なんでありますか? それをすれば悪堕ちでありますか?」
「別の墜ちをするかもしれないのだ! ひええ! スイングしながらこっちにこないでなのだああああ!」
「逃すか……おっと、逃げないでくださいリムリムさん。ただの素振りですから。当たらなければどうということはないでしょう?」
一瞬、一人称が“俺”になりかけてしまった。
「当たると死ぬのだ!」
なんてやりとりを吸聖姫としていると、カノンは独り腕組みをして「うーん」とうなり始めた。
「悪堕ち……悪堕ち……自分が墜ちた時はそう……これであります!」
少女は自身の本体……もとい、トレードマークの眼鏡を外した。
「眼鏡ッ子が眼鏡を外すと素顔が美少女とかいうのはまやかしであります!」
急にどうした後輩。先輩として心配になりますよ本当に。
カノンはさらに続ける。
「眼鏡属性はその人物が眼鏡を外すのが許せないでありますよ! 眼鏡墜ちであります!」
もう彼女が何を言っているのかさっぱりわからないのだが、少女の青い瞳が金色の光を帯びた。
これは……まさか本当に……。
「カノン! これを身に纏うのだ!」
リムリムが自身の影からゼリーワームを引っ張り出すと眼鏡を外したおかっぱ元眼鏡さんに投げつけた。
ゼリーワームは少女の身体にまとわりつくようにして吸収される。
そして……見習いの神官服と一体化したかと思うと、その青い衣を闇色に染め上げていった。
黒い魔法力が少女の全身から吹き上がり、衣服そのものが再構成されていく。
普段よりも露出度が高い。カノンはリムリムとお揃いのヘソだし暗黒神官にクラスチェンジしたのだ。
「おおお! 悪堕ちできたでありますよ! やったであります! 無事、神官の道を踏み外し踏み抜いてやったであります!」
見た目ほど、中身はあんまり変わっていなかった。




