実況パワハラプロ聖者
数日が経ち、世界を覆う不穏さは時とともに流れていくことを願っていたのだが――
午前中の業務を一段落し、案山子のマーク2に留守を任せて昼食を摂りに王都に転移する。
天気一つで町の雰囲気がガラリと変わるものだ。
が、雲一つ無い晴天の昼間でも、王都はまるで厳冬期のように閑散としていた。
昼のかき入れ時だというのに閉めている飲食店もちらほらあった。
市場も活気がなく、人々は疲れた顔をしている。リンゴを一つ買うついでに青果店の店主に「お疲れのようですね? どうかなさいましたか?」と訊ねてみた。
「おお神官様。あっしのようなものを心配してくださるとは、ありがたやありがたや」
神官服を着ていれば俺の素性も身分も一目瞭然だ。拝まれるのも仕事のうちである。
「最近の王都はいかがですか?」
「幼女王様の退位から新女王様の即位と立て続けで、みな疲れてしまったのやもしれません」
目の下のクマをこするようにして店主は苦笑いだ。
「本当にそれだけでしょうか?」
「さ、さぁ。あっしは難しいこたぁわかんねぇんで」
「貴方自身はいかがですか? 最近、何か変わった事はありませんでしたか?」
腕組みすると店主は俺の顔を見て、ぱっと目を見開いた。
「あっ……そういやなんでも、魔王軍が攻めてくるなんて妙な噂を耳にしましてね」
「どこで聞いたか憶えていますか?」
「ん~ありゃあ、仕事終わりに一杯引っかけにいった時だったか……すんません。よく憶えてないんでさぁ」
拡散した後の情報を追いかけるのは困難極まるようだ。
「そうですか。ありがとうございました」
代金を手渡して去ろうとすると、背後から呼び止められた。
「ま、待ってくだせぇ! あの、こんなこと神官様に言うのははばかられんですがね」
立ち止まり振り返る。
「なんなりと仰ってください」
店主は眉尻を下げて悩みながらも、うんと首を縦に振る。
「こんなご時世だもんで、うちの近くの教会でお祈りしたんでさぁ。寄付もして家内安全商売繁盛の祈願して……そん時からかもしれないんですがね……」
言いづらそうな店主に俺は柔和な営業スマイルを浮かべた。
「その時から何があったのでしょう?」
「寝て起きても疲れが取れないんでさぁ。かみさんには、なにか悪い夢でも見てうなされてるんじゃないかって言われてるんですけどね」
「呪いの類いでしょうか……」
店主にかけられた状態異常を確認するが、特に問題はみられない。
「で、教会や魔法医に相談したんですけど、原因もわからなくて……しかも、その教会の神官様までぶっ倒れちまったりして……」
「それは大変です」
夢魔の類いの上級魔族による攻撃も懸念したが、大抵の“悪しき力”は大神樹の芽が防ぐようになっている。
光の神の加護が薄まる辺境ならいざ知らず、教皇庁のお膝元だ。
店主は鼻の下を指で拭うようにこすった。
「へへっ……教会でお祈りした時に、たまたま体調を崩したとばっかり思ってたんですが、神官様に言われてみたら、なんか偶然じゃねぇのかもって思っちまって」
「因果関係について私もできる範囲で調査をするつもりでした。貴方がお祈りをしたという最寄りの教会はどちらでしょうか?」
店主は下町にいくつかある教会の中で、東地区の運河沿いの教会だと教えてくれた。
「よ、ようこそ教会へであります! 呪いを解くのは無理であります! 毒の治療はギリいけるであります! 光弾魔法なら得意でありますよ!」
運河沿いの小さな教会の講壇に、見慣れたオカッパ眼鏡が立っている。全身をこわばらせ直立不動だ。緊張でガッチガチな彼女だが、教会はガランとしていた。
「どうしてカノンさんが司祭を務めているのですか?」
「せ、セイクリッド殿こそ!? どうしたでありますか!?」
眼鏡を光らせ少女は入り口付近まで駆け寄ってきた。
「ここの教会の司祭が倒れたとうかがってきたのですが……」
「じ、実はその司祭様の代わりをお願いされたのでありますよ!」
「アコさんたちは?」
「アコ殿は……人の集まる場所に情報収集に……」
カノンは右手でレバーをクイクイッと動かす仕草をしてみせた。
聖印に選ばれし者は、どうやらラスベギガスのカジノにいるらしい。
「キルシュさんはどうしました?」
「そ、それが連絡がつかないのであります。約束の場所で待っていたのでありますが……たぶん、そのうちひょっこり姿を現すでありますよ!」
気まぐれな猫のような元暗殺者は、勇者と神官見習いの財布を持ち逃げしたようだ。キルシュの実家にクレームを入れようにも、彼女の両親は王都の裏社会の重鎮である。
魔王城前の最後の教会ですら訪問者はいるというのに、真昼の聖堂には神官と見習い二人きりだ。
「これなら無理に営業する必要もないかもしれませんね」
「きょ、教会の扉は常に開かれたものでなければならないであります!」
短杖片手におかっぱ眼鏡さんはビシッと敬礼した。
「どういった経緯でカノンさんが代理になったのでしょうか?」
少女は小さな肩を落とした。
「今日はエノク神学校への活動報告日だったのでありますよ」
現役勇者付きで講義に出られない分、課外活動の進捗をレポートにまとめて提出し、単位を取得するのは珍しくもない。
俺も全国津々浦々の上級魔族狩り……もとい、大陸横断説法グランドリサイタルツアーと称して単位を荒稼ぎしたものだ。卒業を控えた年のツアーfinalで、各地の猛者を相手に熱いギグを繰り広げたのも、学生時代の良い思い出だ。
あくまでセッションやファンミーティングをしただけで、光り輝くデストロイヤーさんなんて存在しない。いいね。
「学校は中央区画にありますが?」
「この教会は自分の実家の近くなのであります。普段はアコ殿と冒険か寮に戻るかなので、今日はちょっと……心配で両親の顔を見てきたのでありますよ」
王都に広がる不穏な気配はカノンも気にするところだったか。
「いかがでしたか?」
「二人とも元気だったのでありますが、しばらくお仕事が忙しく教会にお祈りにいけてないそうだったので、自分が代わりにこの教会に来たのであります」
「それでどうしてまた司祭をしていたのでしょう?」
「じ、自分がこの教会に来た時には、中には誰もいなかったであります! すると突然、眩い光が大神樹の芽からわきあがり、ヨハネ聖下のお姿が投影されたのでありますよ!」
ぎゅっと拳を握り込み興奮気味に少女は語る。
「なんとなくわかりました」
「さ、最後まで聞いてほしいであります! この教会になんで司祭様がおられないか、気にならないのでありますか?」
「倒れられたとうかがいました」
「で、では代理で派遣されたのがセイクリッド殿なのでありますか?」
少し話が噛み合わないが、おそらくたまたまカノンがいたので姉上が留守番を頼む感覚で、代理の神官が派遣されるまで司祭を任せたというところだろう。
「私は私の教会での役目がありますから。こちらには直に教皇庁か司祭代行が派遣されるでしょう」
蘇生や解呪といった高度な白魔法を使える人間というのは、すぐには代えがきかないものだ。
カノンは安堵の息を吐いた。
「そ、そうでありますか。ともあれセイクリッド殿がいらしたのも光の神の思し召しであります。ずっと独りぼっちで心細かったでありますから」
俺はくるりときびすを返した。
「では、お勤めがんばってくださいね」
「ままま待ってほしいであります! 蘇生魔法も半人前な自分にピンチヒッターは無理でありますよ! どうか代行の方がくるまでそばにいて欲しいであります」
偶然居合わせたというだけで、見習いなのに教会を任されてしまったのは気の毒だ。ヨハネからの依頼なのだから余計にそう思う。
姉のフォローは弟の義務。我が家の家訓というのも込みで、ヨハネの口癖だった。
「わかりました。まあ、この様子からして信者も冒険者もやってくる気配はありませんが、私が補佐しましょう」
「補佐!?」
「ええ、司祭はカノンさんがやるんですよ。いずれ貴女も神官となり一人前になれば、教会を一つ任されることもあるかもしれません。これも良い経験です」
何かあれば助けるが、何も無ければ心の中で「見習いなのに司祭やってみた」の実況を心の中でするとしよう。
ああ、なんだか楽しくなりそうだ。
眼鏡のレンズ越しに涙目で「無理無理絶対無理であります!」と訴える彼女だが、俺は笑顔で黙殺した。
大神官「やれ」神官見習い「はい……」である。いつかパワハラで訴えられそうだが、気にしたら負けである。




