※Pルート いつメン(いつものメンバー)
「おにーちゃただいま~!」
教会の扉が開き、ニーナの声が聖堂にこだまする。
「ニーナさん……生きてるんですね?」
「ニーナは生き生きしてます!」
俺は講壇を降りると駆け寄り、幼女を抱き上げ抱きしめた。
「おにーちゃ!? いきなりだいたん!」
どこで誰にそんな言葉を教わったのかなど関係ない。
ニーナの体温や息づかいに俺は安堵した。
幼女は俺の頭をそっと撫でる。
「きっとおにーちゃは大変でしたから、ニーナがいいこいいこしてあげるね」
涙がこぼれ落ちそうだ。いけない。
「ありがとうございます。ニーナさん」
生きていてくれるだけで感謝しかなかった。
そっと優しく、ニーナを床に降ろす。
が、寸前のところでぴょんっと跳ねるように着地して、幼女は俺を見上げてから、ハッと目を丸くした。
「あっ……ニーナ、間違えちゃったかも」
「どうしましたか?」
「だってさっきね、ニーナは『ただいま~!』って言っちゃったから」
羞恥心でみるまにニーナのほっぺたが赤くなる。
「教会は集う者の家ですから、ニーナさんはなにも間違っていませんよ」
金髪を揺らして幼女は「そっかぁ……よかったぁ」と安堵した。
そんなニーナを追って、薄褐色肌の女騎士が続けてやってくる。
彼女は折られたはずの三つ叉の槍を手にしていた。
「おはようございますベリアルさん。その槍は先代魔王様から賜ったものでしたか」
「な、なぜそれをきさまが知っている!?」
「大事にしてください。ベリアルさんの命を守るものですから」
はぁ? っと、女騎士は怪訝そうな顔つきだ。
「では、改めまして……本日はようこそ最後の教会へ。毒の治療でしょうか……それとも呪いを解いてさしあげましょうか」
カツカツと足音を立てベリアルが俺とニーナの元に歩み寄る。
「まったく貴様ときたら、すぐに営業だ。用件がなくて教会に魔族が来てはいけないのか?」
「だんだんステラさんじみてきましたね」
「う、うるさい」
「魔王城の門番という大切なお仕事はいかがなさいましたか?」
「守るべきもののすぐそばにいること。それが門番の務めだ。わたしが守りたいと願うのは、城の門などではないのだから」
「ええ、真に立派です。ベリアルさんこそ忠臣の中の忠臣ですよ」
途端にベリアルの頬が赤らんだ。
「わ、わかっているではないか。だが恥ずかしくなるので……あまり言うな。死んでしまうから」
「魔王城の領域内でしたら復活できるのでしょう? 私の手助けなどなくとも、問題ありませんので存分に恥ずか死んでください」
「生き地獄か! やはり光の神は汚い! 死んでも甦らせて羞恥責めとは! 安らかなる死すらも冒涜するのか!? こんな神官のいる教会になどいられるか!」
「では、どうなさいますか?」
「とはいえニーナさまがいる以上は、聖堂の外に出るのもはばかられる。なので部屋の隅で膝を抱えて座っているから、そっとしておくがいい」
卑屈になっても上から目線。さすが気高き上級魔族の女騎士である。
「そんなことをおっしゃらず、堂々としていれば良いのに」
「気づかうな! 放っておいてくれ!」
ベリアルは教会の隅で壁にもたれかかるようにして「今日はやけに優しいな。だが、わたしとて好きでクッ殺言っているわけではないのだ……なぜかそうなってしまう世界が悪い」と、ぼやき始めた。
不平不満を漏らしながらでも、世界を変えていきましょう。
俺は赤い敷物の真ん中で膝を屈し、視線を幼女の高さに合わせた。
「ところでニーナさん。ステラさんの前髪の調子はいかがですか?」
「あのねあのね、ステラおねーちゃはセイおにーちゃに会うのに、まだ前髪が……あれ? おにーちゃはステラおねーちゃのこと、なんでもお見通しなんだぁ」
ニーナは嬉しそうに目を細める。
「なんでも知っていますとも。ニーナさんは今日も髪型がキマっていますね」
「えへへぇ……ニーナはステラおねーちゃにしてもらったから、ばっちりなんだよ!」
本日これより姉妹の営み守り隊を結成。隊員、俺一名。
ステラとニーナには血の繋がりがない。それが二人の関係を変えるようなことはないのだ。
魔王が人の姿を止めているのも、すべてはニーナのためである。
が、ニーナもたとえステラが異形の姿になろうとも、きっと姉と慕い続けるだろう。
ちらりと牛魔族の方を見た。ニーナにとって外見は、あまり関係ないのだ。
「ニーナさんはステラさんのことが大好きなんですね」
「うん! おねーちゃ大好き!」
幼女は両手をばんざいさせて笑顔を弾けさせた。その尊さ、何度目だろうとプライスレス。
このままでは世界の平和が脅かされる。
取り戻すのだ。可能な限り、最善を尽くして。
再び心に誓ったところで、大神樹の芽が光り輝いた。
「いやー死んじゃったよー」
「キルシュ殿は上手く逃げ切れたでありましょうか?」
「ここにいないってことは大丈夫なんじゃないかな」
「それもそうでありますな」
「ボクら二人はそろってやられちゃうよね」
「もう、大神樹の中で魂トークするのも何度目でありましょうなぁ」
アコとカノンも安心のいつも通りだ。
「蘇生魔法×2」
勇者と神官見習い、二人の魂の光が人の姿となって聖堂に実体化した。
ちなみに、教会の出入り口は“開けたら閉める”が徹底されており、二人はまだ教会の外に出たことがないのだが……直に解禁だな。
「ぷはー! 生き返ったぁ!」
「さっそくお財布の中身を献上するであります!」
「といっても、お金は全部キルシュに預けてあるんだけどね」
「ええ、存じ上げておりますよ。賢い方法だと思います」
アコがぽかんとした顔になる。
「セイクリッドが優しいなんて、世界の終わりが近づいてるの!?」
カノンがキランと眼鏡のレンズを輝かせた。
「セイクリッド殿はきっと今日は体調を崩しているのでありましょう。いたわる心が大事であります」
「私は普段通り健康ですし、正気を失ってもおりません」
アコがカノンに耳打ちした。
「ごにょごにょ……」
「アコ殿、自分はお金以外でセイクリッド殿に対価を前払いなどしていないでありますから!」
顔を真っ赤にしてカノンが否定しながらも「で、でも求められたら自分は……はうぅ」と、頬を赤らめた。
いったい何を想像しているのやら。
そんな二人の来訪にニーナが声を上げた。
「アコちゃんせんせーにカノンちゃんだー!」
「ははは! ニーナちゃんただいま!」
「ニーナちゃんに会えるのであれば、死んで悔い無しでありますな」
俺が教会にやってきたことで、ニーナにはたくさんの新しいおねーちゃが増えたのだが……カノンのことはカノンちゃんと呼ぶのである。
「そう言えば、ニーナさんはカノンさんをカノンちゃんと呼びますよね」
カノンの眼鏡がキラリと光る。
「みなまで言わずとも、それは自分が親しみやすい性格だからでありましょうな」
ニーナは「うん!」と、頷いた。
「カノンちゃんはニーナとおなじでちっちゃいから!」
「な、な、なんですとッ!?」
アコがニーナとカノンの間に割り込んだ。
「じゃじゃじゃあボクは?」
「アコちゃんせんせーはおっきいから、おねーちゃかも」
おかっぱ眼鏡の神官見習いは凍り付いた。
「すぐにカノンさんも大きくなりますよ。まだまだ成長期なのですし、しっかり食べて良く眠れば明後日くらいには身長三メートルくらいになっているかもしれません」
ニーナが「はえぇ……じゃあカノンちゃんじゃなくなっちゃう。ニーナも食べなきゃ」と、驚きの声を上げた。
「セイクリッド殿! そんなに大きくはなりたくないであります! 自分はカノンちゃんくらいの大きさで十分でありますから」
「ボクは小さくて可愛いのも大好きだよ!」
部屋の隅で膝を抱えていたベリアルが「大きいのは可愛くないと言ったか」と、アップを始めました。
「アコ殿! 隅ッこにいたベリアル殿が猛っておられるのであります!」
「ひっ!? お、大きいのも大好きだよ!」
「貴様……わたしはともかく、ニーナ様やステラ様をそのような目で見ていたのではなかろうなッ!?」
アコがどうみていたかはともあれ、ステラの身を案じて虚無の闇に身を投じようとしたのは、この時間の流れの中で、俺だけが知る“事実”だ。
「大きいも小さいもありません。光の神の御前では、みな平等ですから。それにお二人がケンカをすると悲しむ者がここに二人いるのです」
ニーナがそわそわしている。もうこれだけでベリアルは戦意喪失まったなしだ。
アコが首を傾げた。
「ニーナちゃんはわかるけど、悲しんでいるもう一人っていうのは?」
「当然、平和を尊ぶ大神官の私です」
「ええぇ……ダメだよセイクリッド神様の前で嘘ついちゃ。この中で一番ヤバイじゃん。ヤバイ人だし人としてもヤバイし、人間捨ててるっていうか超えちゃってるから」
不意に一瞬だけ大神樹の芽がかすかに光り輝いた。
光の神も同意します的なリアクションやめて。
やれやれ顔のアコに、女騎士と神官見習いまで意気投合した。
「うむ、確かに」
「ヤバさのベクトルというかレベルというかステージが違うのであります……い、良い意味で!」
なんでも良い意味でとつければ許されるわけではないのだが、今回は聞かなかったことにしておこう。
ニーナまで困り顔で俺に告げる。
「おにーちゃは……おにーちゃらしくがんばればいいと、ニーナはおもいます!」
「はい。自分らしくこれからも精進したいと思います」
「さすがセイおにーちゃ!」
幼女に褒められて嬉しい大人がいるらしい。俺である。
「ニーナちゃんは優しいなぁ」
「天使でありますな」
「当然だ。ニーナ様の優しさに触れて邪悪極悪非道なる神官が、今、こうして心を入れ替えたのだからな」
俺の心が入れ替わったことに気づいている様子ではないが、ベリアルの言うことに一理あり。
ともあれ、みな元通りだ。
自然と笑みが漏れたところで――
「そろそろキルシュさんから連絡がきても良い頃ですね」
再び大神樹の芽が光を帯びると、メッセージが転送されてきた。
アコが目を丸くして大神樹の芽と俺の顔を交互に見る。
「え? もしかして……本当にキルシュからなの?」
「そのようです。ちゃんとお二人に宛ててですね……えーと、“また明日、王都のいつもの場所で待ってますんで”……とのことです。オッケーと返信しておきましょう」
大神樹の芽に祈ると、すぐに王都の下町の教会から「╭( ・ㅂ・)و̑ グッ」と絵文字が返ってきた。
これ、どうやって向こうの神官に送ってもらうようお願いしたんだろう。
そういえば――姉上はどうなったのだろうか。
「みなさん今の教皇はどなたかご存知ですか?」
カノンがビシッと敬礼した。
「ヨハネ聖下であります! というか、いきなりどうしたのでありますか?」
「ご存命ですよね?」
「あたりまえでありますよ。セイクリッド殿……お疲れでありますか?」
「心配はご無用ですよ。教会の仕事は激務ですが、きちんと昼寝とおやつと読書タイムを設けておりますから」
「それは安心でありま……う、羨ましいであります!」
「がんばって大神官になってください。カノンさんなら数年修行すれば、きっと大神官になり身長も五メートルくらいになれますから」
「そんなに大きくなったら講壇に立てないでありますよ!」
なぜかベリアルが「大きい方が色々といいぞ。威圧感が出る」と、腕組みしながら独りうんうん頷いていた。
さて――
ヨハネの放った最終魔法は、まだ発動されていない。
が、すでに俺はその本質に触れて、見て、継承している。
今、この世界には最終魔法の使い手は二人存在していることになるわけだ。
当然、俺としてはヨハネに最終魔法を使わせるつもりはない。
と、決意したところで、カノンが聖堂内をぐるりと見回し俺に訊く。
「ところでステラ殿の姿がお見受けできないのでありますが?」
「前髪を整えるのに手間取っているそうです」
「ボクが来るって知ってたのかな?」
「アコ殿に残念なお知らせでありますが、自分たちが死んだのは偶然であります」
瞬間、勇者は膝を屈してorzした。もはや他に表現方法が見当たらないほどの絶望屈伸であった。
「そんな! それじゃあまるで、セイクリッドに会うのが楽しみすぎてオシャレに気を遣う女の子みたいじゃないか!?」
「まあまあ。ステラさんも、入り口で様子をうかがっていないで遠慮せずお入りください」
「ちょ! なんであたしが入るタイミングをはかってたのか知ってるのよ!?」
教会の出入り口の扉を少しだけ開いて、赤髪の少女がムッとした顔で俺を睨む。
魔王様はするりと聖堂内に滑り込むと後ろ手で扉を閉めた。
アコが焦りの表情を浮かべて、ステラの元に駆け寄る。
「ステラさん! セイクリッドのためじゃないよね!」
俺はアコに忠告した。
「走ると危ないですよ」
「え? あ、うん。そうだね」
アコは途中で早歩きになった。おかげか、転ぶようなこともなく無事ステラの元にたどり着く。
「アコのためでもないからね」
「じゃ、じゃあみんなのためってことで。かわいいステラさんは私物化できない公共のかわいさなんだ!」
「ちょ、ちょっとなによそれ……」
「ボクだけのものにするなんてもったいないよ!」
「元々アコだけのものじゃないんだけど……」
魔王様も、この勇者にはタジタジだ。溜息ついでにステラが確認した。
「で、今日はカノンと二人だけなの?」
「うん! 実は気づいちゃったんだ。全滅しないようにお金をキルシュに預けておけば、死んでも大丈夫って。セイクリッドも賢い節約方法って褒めてくれたし」
「え? セイクリッドがそんなこと言ったの? ……意外すぎるわね」
意外で結構。
魔王様……いや、ステラがこうしてここにいるだけで、俺はもうなにもいらないのだ。
「なにボーッとしてるのよセイクリッド? ほら、いつものアレはしないの?」
「ああ、そうでしたね。私と貴女の大事なやりとりです。ようこそ教会へ。ステラさん本日はどのようなご用件でしょうか? 毒の治療ですか? 呪いを解いてさしあげましょうか?」
「美味しい紅茶を飲みにきたのよ!」
「ええ、ではすぐにご用意いたしましょう。みなさんもどうぞ」
ニーナが入り口付近まで駆けていくと、ステラとアコの手を引いて講壇近くまで戻ってきた。
「おにーちゃ! ニーナもみんなでおやつタイムに賛成です!」
すると――
プシュー! と、講壇裏手に安置してあった黒曜石色の継ぎ目の無い棺から、白煙が上がった。
ニーナと同じくらいの小柄な影が白煙の向こうで身体を起こす。
「お茶の準備でしたら、わたくしもお手伝いいたしますわ」
魔法力充填を終えたロリメイドゴーレム――ぴーちゃん再起動である。
彼女が自分の意志に反して凶行に及ぶことも、防がなければならなかった。
カノンが楽しげに呟く。
「なんだか賑やかでありますな。これにキルシュ殿と、ルルーナ殿や教皇聖下にリムリム殿もいれば……」
「そうなると私の私室では手狭ですね」
ステラがエヘンと胸を張る。
「なら聖堂を食堂に改築しちゃえばいいのよ! ね! セイクリッド!」
「ね……ではありませんよまったく。とはいえ、落ち着いたらそういうのもいいかもしれませんね」
「え? いいの?」
「爆破改築でなければ良いかもしれません。聖堂も広さのわりに訪れるのは、いつもの顔ぶればかりですから」
いつもの面々。だが、誰かが足りていない。これも恐らくエミルカが仕掛けたものだろう。
何度か脳裏をかすめたのは、旅の占い師ルルーナと良く似た少女の面影だった。
「うーん、今日はなんだか変なセイクリッド殿でありますな。いつもはほどほどに優しいでありますが、本日は特別優しいのであります」
「ステラさんがセイクリッドのためにおめかししたのが恥ずかしいんだよ。先輩のことを察してあげなきゃだよカノンってば」
「そ、そうなのでありますかステラ殿!?」
「だ、だからそうじゃないって言ってるでしょ!」
「おねーちゃ顔まっかっか!」
「心拍数が上昇していますわね」
「セイクリッド……やはり貴様だけは生かしてはおけぬ……」
聖堂内に言葉が飛び交った。
この繋がりを失わないためにも、セイクリッド動きます。




