ぼくたちには火力が足りない
ある日のこと――
いつも勇者アコと仲良くセットで墜ちるカノンが、この日は一人だけ教会で復活した。
元暗殺者略して元暗のキルシュが生き残ることはままある勇者パーティーでは珍しい。
「蘇生魔法」
大神樹の芽に祈りを捧げて魔法を唱えると、光が集まり人の姿を成す。
青い帽子を目深にかぶった眼鏡の少女が復活した。
「おお死んでしまうとは以下略。珍しいですねカノンさん。いつもならアコさんが真っ先に死んで、その後を追うのが常ではありませんか」
カノンはぐっとうつむくと両肩をプルプルと小型犬よろしく震えさせた。
「見敵必殺……一撃爆殺……足りない……全然足りないでありますよ……」
何やらブツブツと独り言だ。
「どうしました? うつむいていないで顔を上げてください。今回は残念なことに死んでしまいましたが……あのカノンさん?」
少女は短杖を両手でぎゅっと、それこそ折るような力の込め具合で握り込む。
「足りない……足りない……火力が足りないのであります!」
がばっと顔を上げたカノンの眼鏡は、彼女の荒い鼻息で真っ白に曇っていた。
「落ち着いてください。どうされましたか?」
「セイクリッド殿! 支援や防御や回復ばかりやってきた反動で、最近なんだかスッキリしないのであります。聖なる破壊の力で敵を撃滅しなければならないのでありますよ!」
俺は講壇のテーブル代わりにしている朗読台の上に置いた、分厚い聖典を手にした。
その聖典の背で軽くコツンとカノンの脳天を叩く。
「あ痛ッ! セイクリッド殿が暴力とは穏やかではないでありますな!」
少女は帽子の上から頭を抑えるようにした。
俺とて本来なら愛すべき後輩にこのような仕打ちはしたくない。
「穏やかではないのはどちらでしょうね。最近は攻防の均衡もとれはじめていたというのに、また過去の破壊僧に逆戻りしようというのですか?」
破戒ではなく破壊。エノク神学校におけるエリートクラス――戦術教科二年の見習い神官カノンの困ったところだ。
ようやくパーティーでの己の役割に気づいて、戦い方も様になってきたようだというのに、勇者アコと出会った頃を彷彿とさせる、行動が攻撃全振りな彼女に戻ろうというのだろうか。
カノンは眼鏡を外して曇りをハンカチで拭うと掛けなおした。
「自分は先日、アコ殿と対立をしたのであります」
魔王軍と同盟を結んだリムリムにカノンが洗脳された一件のことだろう。吸聖能力を持つリムリムによってカノンは一度闇墜ちを体験したのである。
「リムリムさんとの一件では、貴女も壁を一つ乗り越えて成長したではありませんか」
色々あってリムリムとも和解したはずだというのに……。
カノンはしょんぼりと伏し目がちになった。
「あれで改めて気づいてしまったのでありますよ。攻撃する快感を。撃破の感動を」
俺が施した攻撃依存症治療計画は、思わぬところで躓いてしまったらしい。
「聖典の教えをもう一発差し上げましょうか?」
「ぼぼぼ暴力反対であります!」
「でしたら聖職者らしく、他者を慈しみ癒やしを与えてください」
「わかっているのであります! 頭では理解しているのに……ううっ……最近、アコ殿の後についていくのがちょっとだけ……大変なのであります」
思い詰めたようにカノンは呟く。これはどうやら、訳ありらしい。俺は手にした聖典を朗読台に戻した。
「どう大変なのでしょうか。ああ、ちょうど先日、王都で新しいフレーバーの紅茶を手に入れたので、良かったら付き合っていただけませんか?」
「お、お茶でありますか?」
「立ち話もなんですからね。あいにく、お茶菓子は切らしているのですが」
「お菓子なんてとんでもないであります! お茶だけでも嬉しいでありますよ!」
後輩の悩み相談を受けるのも大神官の仕事のうちだ。
カノンを私室に通すと「自分が淹れるであります」と、彼女は率先してお茶の支度をする。
こういうところは良く気が利くというか、それができるならどうして戦闘狂になってしまうのか不思議なところだ。
一説によると光輝くなんとやらの影響らしい。おのれデストロイヤー許すまじ。
と、自分の過去の恥ずかしい記憶を棚に上げつつ、二人でテーブルについた。
カノンが淹れた紅茶のカップに口をつける。
カノンも一口飲んで「とっても爽やかでありますな」と、ファーストフラッシュの茶葉に目を細めた。
「カノンさんと二人きりになるのは珍しいですね」
「いつもアコ殿が一緒でありますから」
「今日はまた、どうして?」
カップをソーサーに着地させて訊くと、カノンは一拍置いてから小さく頷いた。
「アコ殿が強くなったのであります。自分はその……体力も見習い神官並みで、魔物の放った炎のブレスで死んでしまったであります。ここにアコ殿がいないということは、アコ殿は耐えきったのでありましょう」
「それができたのもカノンさんがアコさんに防壁魔法などを施していたからですよ」
「ううっ……けどあの場面で自分も攻撃していれば、その隙を突いてキルシュ殿が魔物に止めを刺してくれたはずであります」
スピードで翻弄するタイプの闇討ち型戦士として、キルシュは完成していた。なのでカノンもアコの援護に集中できたのだが、そのバランスがアコの成長によって新しい局面を迎えつつあるのかもしれない。
「それで攻撃魔法への衝動というか本能に火がついてしまったというわけですか」
「未熟を承知でセイクリッド殿に伺いたいのであります。白魔法にもっと強力な攻撃魔法はないのでありますか?」
「ありますよ」
「な、なんですと!? そ、そ、それを教えて欲しいのであります」
俺が使う光の撲殺剣も、基礎となるのは光弾魔法だ。それを放つのではなく手中に止めて圧縮し、威力やリーチを制御している。
これを教えてもカノンに扱うのは難しいだろう。
「教えるのは構いませんが、あくまで噂といいますか……私もそういう魔法があると耳にしたことがあるだけです」
「そ、そうなのでありますか」
残念そうに眉尻を下げた少女に、俺はせき払いを挟んで続ける。
「そう気を落とさずに。恐らくその魔法は世界最強ですから」
途端にカノンの青い瞳がキラキラと輝いた。
「せ、世界最強! なんと甘美な響きでありましょうか? しかし、ちょっと待ってほしいのであります。まるでそれでは黒魔法よりもすごいという感じでありますが……白魔法最強ではないのでありますか?」
「いいえ。恐らく現存するどの魔法よりも強力でしょう」
「では、もしその魔法を使いこなせるようになったら……自分もアコ殿やキルシュ殿においつけるかもしれないのでありますな!」
二人三脚だったアコにおいていかれまいと、カノンはカノンで思い悩み苦しんでいる。優しい言葉を掛けるよりも、今の彼女の望むものを与えよう。
「残念ながら禁呪の類いですので、使い手も恐らくは世界に一人いるかいないかという魔法です」
「そ、その方に師事を仰げば……つ、強くなれるのでありますか?」
「ええ。そういった道もあるでしょう。オススメはしませんが」
ガタッと椅子を鳴らしてカノンは立ち上がる。
「是非その方を紹介していただきたいのであります!」
「アコさんもよくご存知の方ですよ」
「ま、まさか……セイクリッド殿でありますか?」
俺はゆっくり首を左右に振った。
「では、いったいどなたでありましょうか?」
「教皇聖下ですよ。そして、その魔法を受け継ぐということは次代の教皇になることと同義なのです」
カノンはぽか~んと口を開いたまま固まってしまった。俺も席を立ち彼女の顔の前で手を振る。
「もしもしカノンさん。どうしましたか?」
「はうっ!? あまりの出来事に意識が飛んでいってしまったであります」
「おかえりなさい。さあ、座って」
着席を促して俺も椅子に掛けなおした。
カノンは複雑そうな顔つきだ。
「さ、さすがにその……自分のような若輩者が聖下に教えていただくなど……いやいやそれどころか後継者だなんて無謀であります」
「カノンさんも成長すれば、いつか大神官になれるかもしれません。ですが、今すぐにとはいかないでしょう。人が伸びるタイミングというのはそれぞれです。自分のペースで成長してください」
と、聖職者の先輩らしく締めくくったところで、カノンの眼鏡のレンズがキランと光る。
「自分が浅はかでありました。ところでその、教えていただけないでありましょうか? その最強魔法というのは、いったいどれほどのものなのか。セイクリッド殿はその魔法を見たことがあるのでありますか?」
「ありませんが、歴代の教皇から口伝されるというその魔法の威力は絶大なものだそうです」
「ぜ、絶大というと……」
「条件が整えば世界を滅ぼすほどの威力だといいます」
「せ、世界をでありますか?」
「王都くらいは軽々吹き飛んでしまうでしょうね。おっと、この話は学校で広めてはいけませんよ。今日、この場で聞いたことは私とカノンさんだけの秘密です」
カノンは何度も首を縦に振った。
「なんと……そのように恐ろしい魔法であれば、光の神に誓って秘密は死んでも守るであります。墓までもっていくであります!」
「是非そうしてください。いいですか。世界最強の攻撃魔法を使えるのは黒魔導士ではなく白魔法を使う神官なんです。その事を胸に秘めて、今後も精進するのです。いいですね後輩」
「は、はいであります」
少女はビシッと敬礼をする。が、そのまま身体ごと傾けるように首を傾げた。
「しかしそのような魔法があれば、魔族との戦いに勝つのも容易ではないでありますか?」
良い感じに話を締めたつもりでいたのに、そこに気づいてしまったか。
この最強魔法は欠陥魔法なのだ。
「誰にも言わないと誓えますね」
「ち、ち、誓うであります」
見習いとはいえ、世界の命運を握る勇者に仕える神官のカノンになら、教えておくのも早くはないか。
「この魔法を使うと死ぬんですよ」
「ええっ!? 相手がでありますか?」
「相手もですが使った人間もです」
驚くかと思いきやカノンは気の抜けたような顔になった。
「はあぁ……そのくらいならバンバン使えるでありますな」
忘れていた。アコの影響で「死んできたであります」が日常になっていたのだ、この聖職者見習いは。
もう少しだけ詳しく説明しなければ、誤解したままうっかり何かの拍子にこの魔法を知って、使いかねない。
「もしカノンさんがその禁じられた最強魔法を知っても、使うことはオススメできません」
「というと……わかったであります! 無茶苦茶痛いのでありますな?」
「さあ、痛いかどうかはわかりませんが……その魔法の威力がどうして世界を滅ぼすほどなのか、秘密があるんですよ」
カノンはじっと俺を見据える。紙芝居の次のページを待つ子供のようだ。
「その秘密とはなんでありますか?」
「使って死ぬと魔法による蘇生ができないんです。魂そのものを捧げて放つ魔法ですから、大神樹に戻ることはないのですよ。自身の存在そのものを莫大な力に変えて解き放つ。使った人間には死すら訪れない。消滅してしまうそうです。使った人間の存在そのものが消えてしまう。場合によってはその人との思い出など、友人や家族ですらも思い出せなくなるそうです」
見る間にカノンの表情が青ざめる。
「そそそそそんな魔法はさすがに自分でも無理でありますよ!」
「安心してください。怖いと思うのはカノンさんだけではありませんから」
「あ、あの……お願いがあるのであります」
カノンが今度はゆっくりと静かに椅子を引いて立ち上がった。
「なんでしょう? 私にできることでしたらなんなりと」
「だ、だ、抱きしめてほしいのであります。自分がその魔法を使って消えてしまうと想像したら、とっても苦しくて……つらくて……寂しくて……アコ殿やみんなと離ればなれになって、もう二度と会えなくなって、忘れられてしまったら……自分は……自分はぁ!」
普段は遠慮がちなところもあってこういうことは言わないのだが、カノンは本当に辛そうだ。
「では、どうぞ」
もう一度席を立つと少女は小走りでやってきて、ぽふっと俺に抱きついて胸に顔を埋めた。
そんな彼女の背中を包むように軽くさする。
動悸が早く呼吸も荒い。なにより身体は冷たく震えは止まらなかった。
「温かいであります。この温もりもその魔法を使えばもう……ううっ……もう攻撃魔法をぶっぱしまくりたいなんてワガママ言わないでありますからぁ」
何やら勝手にお灸が据えられてしまった格好だな。
カノンが落ち着くまでしばらくこうしていよう――
と、思ったその時。
「ちょっとセイクリッド聖堂を空っぽにして今日も職務放棄なんて……ちょ、ちょっと後輩の聖職者をたぶらかしてなんてことしてるのよ!」
いつも通りのタイミングで魔王様が俺の私室に乗り込んできた。
この教会の聖堂及び私室が何者かの監視下にあってもおかしくない件。
「ふぁっ……ステラ殿おおおおお! 怖いであります寂しいでありますよおお!」
俺から離れてカノンがステラに泣きつく。これはいけない。大変危険な状況だ。
当然、勘違いの名手である魔王ステラが「女の子を怖がらせて泣かせるなんて、いったいどういうことなのか説明してくれるわよね?」と、ニッコリ切れたのはいうまでもない。
己の全存在を掛けて放つその魔法を知るものはこう呼ぶ。
最終魔法と。だが、そう呼称される以前には、その魔法はもっと別の名前だったらしい。
あるとき、誰かが真の名前もろとも使い、人々の記憶から消し去ってしまったと姉上は言っていた。
継承者だけがその秘密を知るのだが、前略姉上、それを知る前に魔王様との最終戦争が勃発しそうです。
今日(8/9)は11:00にコミカライズ版の更新があるのさヒャッホイ!
しかもオリジナルエピソードらしいとか……見るしかない!
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19200685010000_68/ (コミックウォーカー)
http://seiga.nicovideo.jp/comic/38521 (ニコニコ静画 ※要アカウント)




