表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
264/366

はじめての……

 知者の書塔を後にすると、俺は教皇庁の庁舎前で一人、空を見上げた。


 月の明るい晩だった。柔らかい光が王都に降り注ぐ。王都は中心に大神樹を抱えるように、街が同心円状に広がっている。


 王城や教皇庁に貴族たちが館を構える中央区画の夜は、外界の喧噪から切り離されたように静かなものだ。


 王都の下町では、候補者の誰が次の王になるかで盛り上がっていることだろう。不敬な事だが、ラスベギガス辺りでは賭けの対象になっていてもおかしくはない。


 教皇庁前の広場を抜けて、街路の並ぶ大通りを歩く。


 さて、どうしたものか。


 高度に魔法的な防御と警戒網が王城のみならず、この区画に張り巡らされている。いかにマーゴがバカであっても、ニーナやクラウディアに危害を加えるような真似はしないだろう。


 無論、外部からの招かれざる客――魔族の侵入など許すはずもない。


 魔法的な防御ももちろんだが、二十四時間体制で衛兵が交代しながら巡回し、要所を番兵が監視していた。


 時折すれ違う衛兵の敬礼に会釈で返しつつ、それでも王都に残って一夜を明かすか、一度“最後の教会”に戻るかと考えを巡らせる。


 ステラたちが……いや、ステラが心配だ。ニーナとは本当の姉妹ではないと知ってしまった彼女が、いったいどのような気持ちで今日の試練を見守っていただろう。


 直接会って様子を確認した方が良いかもしれない。


 また、別の衛兵とすれちがった。今夜は警備が普段にも増して厳重だ。


 王ディションという国を挙げての行事に、不測の事態が無いようにとのことなのだろう。


 通常時よりも一段高い警戒レベルなら、中央区内で転移魔法を使えば感知され、記録に残るやもしれない。あとで理由について確認をとられるのも面倒だ。


 転移魔法使うなら、警戒モードの中央区を出てからにするとしよう。


 下町へと続く城門についたところで――


 赤い髪の少女が、身長二メートルはあろういかつい番兵と対峙していた。


 騒ぎに衛兵たちが足を止めている。まずい。ここで大神官の俺が走れば、彼らが何事かと集まってきかねない。


 これまでより歩調をほんの少しだけ早め、歩幅を焦りが悟られない程度に大きくしつつ、俺は門へと急いだ。


「ちょ! 関係者なんだから中に入れなさいよ! だいたい門を閉めてないってことは、通っていいってことでしょ?」


 猫のようにひょいっと少女がすり抜けようとすると、巨体が素早く進路をブロックする。番兵に回り込まれる魔王の姿がそこにはあった。


「許可証の提示をお願いいたします」


 ひとまず擬態魔法で角と尻尾は隠しており、自作のローブで教会関係者を装っているのだが、優秀な番兵に止められて立ち往生といったところだろう。


 まだ騒ぎにはなっていないようだが、このままではまずい。あれほど来るなと念押ししたのに、無駄に終わったようだ。


「許可証を家に忘れてきちゃったのよ!」


「取りに戻ってください」


「ヤギが食べちゃったの!」


「ご愁傷様です」


 ステラの高速反復横跳びに、門番はぴったりとマークを外さない。二人の姿が分身するかの勢いで、中央区画と下町の境界線を往復し続けた。


 しかし、帰還魔法しか使えないステラがいったいどうやって王都まで?


 あっ……さては案山子のマーク2に祈ったな、コレは。どうやって説得したのかは不明だが、案山子には魔王城の秘宝ともいえる槍がボディーに採用された経緯もある。


 恩返しとばかりに、ステラを王都に転移魔法で送ってきてもおかしくはない。


 激しい攻防も、ステラが肩で息をし始めたところで終わりを迎えた。


 ゼーハーと呼吸を荒らげ、乱れた赤髪を手で整えながらステラの足が止まる。一方、番兵は呼吸、心拍ともに平常運転という涼しい顔だ。


 このまま俺がたどり着くまで耐えてくれプロ門番。


 魔王は憎らしげに番兵を睨みつけつつ、その顔をビシッと指さした。


「何度言わせればわかるわけ? 同じ返事しかできないなら立て看板と一緒よ! 上官でも上役でも責任者でもいいから呼んで来てちょうだい」


「許可証が無い方はお通しできません」


「いくら欲しいの? ねえいくらで買収されるのよ? 金銭が琴線に触れない人間はいないわ!」


 こんな時に魔王らしくなるとは、流石と言うべきかなんというべきか。


 もはや必死の域に達したステラに番兵は揺るぐことなく、眉一つ動かさなかった。


「自分はこの仕事に誇りとやり甲斐をもっています。金に目がくらむなどありません。さあ、お引き取りください」


 プロの仕事ぶりに心の中で敬礼。


 どうやら穏便に済みそうだ。と、安堵した矢先。


 ステラは強行手段に出た。


「門番のあなたに迷惑がかかるようなことはしないから……だからほんの数分だけ、うとうとしていたってことにしてちょうだい」


 はああぁぁっと、ステラが息を吐き出す。


 まさか魔王スキル――甘い息を使うつもりか。魔法を使わなければバレないというほど、この門は甘くない。


 異常を検知すれば衛兵たちが殺到するだろう。それを甘い息で一網打尽にしようものなら、蜂の巣を突いたような勢いで、警報が鳴り響き王城や教皇庁を守る結界が発動。それに合わせて宮廷魔導師団と聖騎士たちが緊急配備されて……etcetc。


 ステラに強制転移魔法を使おうにも、彼女に抵抗されては発動が遅れる上に、俺が魔法で何かしたことの記録が残る。


 まさか「侵入を試みた魔王を逃すために転移魔法を使用した」と、報告するわけにもいかなかった。


 俺は番兵の背後から歩み出る。


「ようこそおいでくださいました。すいません。彼女は私が呼び寄せたのです。少々込み入った大切なお話がありまして」


 大神官には通行許可証は必要ない。番兵はかかとを揃えるように直立すると俺に敬礼した。


「これは大神官様のお客人でしたか」


 俺はステラに向き直った。彼女は口を開けたまま、瞳に涙を浮かべている。


「ええと……ステラさん。とりあえず教会に戻りま……」


「あうっ……あっ……あっ!」


 ステラはふるふると首をかすかに左右に振った。


 直後に少女の口から漏れ出る――甘い息。


 かすかに漂った程度でも何が起こるかわからない。死の森に住む巨大蟲に攻撃を仕掛けるが如きである。


 風の魔法で吹き飛ばすのも、それ自体が不自然な行為だ。


 迷っている時間は無かった。俺は少女のあごにそっと指を添えて上に向かせると、彼女に覆い被さるようにする。


「――んんんんッ!!」


 ぷるんとした薄桜色の唇をそっと塞いで、俺は彼女の甘い息を体内に吸収した。


 さすがに漂わせる前の、魔王の魔力を帯びた吐息である。度数の高い酒を一気にあおった時のようだ。


 拒まず肺いっぱいに吸い込むと、頭がクラクラとして酩酊感に襲われる。


 立っているので精一杯だった。


 一方ステラはといえば、最初にビクンと身体をこわばらせ、暴れそうになったのだが、逃げられないよう俺が彼女の腰に腕を回して抱き留めると、それからはしばらく少女は目を閉じて、大人しく俺に身を委ねた。


 体内に魔王の甘い息を溜めに溜めきって、手足の指先まで彼女の魔法力に染められる。


 それを少しずつ分解するイメージで、状態異常の回復に努めた。


 月明かりの下で、魔王の放つ甘い息を完全に無効化するまで一分ほど、俺とステラの影は重なり一つになっていた。

今夜0時にも更新ありまぁ~す!

コミカライズ公開まであと三日!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ