マーゴの攻勢
「お待ちくださいマーゴ王子。そのような事は一切ございません」
「あん? 今はおれの時間だから座っとけよ」
「そうはまいりません。神の名において、この様子は世界中の教会にて包み隠さず公開されております。そもそも、隠したとおっしゃるのであれば、それはいったいどこの教会のことでしょうか? この場で知る術もありますまい」
マーゴは軽く舌打ちすると「こうやって教会の連中はおれらのこと騙そうとすんだぜ」と、吐き捨てた。
礼拝堂内に動揺が走る。ニーナ応援団に所属するエノク神学校の学生たちや、クラウディアのために集まった神官たちの表情がこわばりっぱなしだ。
大臣が「着席願います」と、淡々とした口振りで俺に命じた。この大臣にもマーゴ一派の息がかかっている可能性すらある。
ほんの数日で対抗するには、相手はあまりに周到で強大だった。
だとしても、ここで俺が声を上げなければ、世界中の教会で大規模な疑心暗鬼が拡散していたに違いない。
それでも教会に対する猜疑の芽はばらまかれた。
他の教会ではそういったことが起こっているかもしれない――と、王国民に疑念を抱かせた時点でマーゴの勝ちである。
そして、教会が後押しするクラウディアは国民を騙すことに加担する悪役とするのが、貴族たちの描いた筋書きだ。
さらにマーゴは続けた。
「つーかクラウディア叔母さんさぁ。さっきのスピーチも自分の言葉じゃなくて、そこの神官に考えてもらったんだろ? これから三つの試練を受けるのはおれら自身なんだぜ? そんな風に誰かに頼りっぱなしでいいのかよ?」
クラウディアはぎゅっと拳を握るとうつむいた。俺が再び腰を上げようとすると、大臣が視線でそれを制してくる。
動くことができない。大臣の牽制など本来ならものともしない俺だが、ここでクラウディアを手助けすれば、彼女が教会の神官に頼り切りという場面を世界に向けて公開することになる。
「わ、わわ、……わたしは……」
声を震えさせたまま、クラウディアはそれ以上何も言い返せなかった。
「ほら、やっぱだめじゃん。だいたい女に王様なんて無理っしょ。ほら、王様って男がなるもんだし。それにちびっ子がなんで候補になったのかわかんないんだよなぁ。たぶん、数合わせ的なやつだし、さすがに無理あるよね? ってなると、やっぱおれじゃん?」
これには次のスピーチのため講壇の下で控えていたニーナが、ほっぺたをぷくーっと膨らませた。
「ニーナはおねーちゃになったのに、ちびっ子じゃないのに。だけどニーナはおねーちゃだから、がまんしますから」
沸点にして焦点は“ちびっ子かいなか”の模様。一人前のレディーとして扱わなければ、ニーナの怒りは天を衝く。その衝動を自制心で抑え込みつつも、ニーナは悔しそうだ。
他二名の候補への攻撃を終えると、マーゴは政策をぶち上げ続けた。
「教会は規模縮小ね。文句を言うヤツは神官服をパンツ一丁にするから。で、冒険者へのサービスは無料化。これからは各地の上級魔族にガンガン攻勢かけていけるように国が支援するって感じで」
無償化の負担が国民の税収でまかなわれることには触れないのか。
「あと、教会で作ってる葡萄酒には税金かけるんで。ともかく教会が金を集めてるってのがよくないよね」
他にもずらずらと教会の既得権を解体して、世の中に還元するという体裁で、マーゴは並べ立てていく。
それらがどれも“彼自身の言葉”になっているのは、第一王子サンズによる教育の賜物なのかもしれない。
王を生み出すためにとんでもない化け物を育ててくれたものだ。
クラウディアの上がったばかりの支持率が急落し、マーゴが再び五割復帰である。
教会とは無関係な醸造元や、冒険者とそれに関連する商店や宿に酒場といった仕事をする人々の祈りが、マーゴへと注がれたな、これは。
教会を敵にすることで幅広い票田を掘り起こすのも、想定済みのようだ。ますます我が陣営は苦しくなってしまったところに――
「おれって平和主義者じゃん? だから早く魔族連中を倒して魔王とかやっちゃった方がいいって思うわけ。ガンガンいこうぜ! でなきゃ……また、七年前のノルンタニアみたいなことが起こるかもしれないし。これ以上、あいつらに好き勝手させるわけにはいかないっしょ? 大事な家族や仲間や恋人が魔族に奪われるのはまっぴらだからさ」
トドメと言わんばかりに、マーゴはかつて惨劇が起こり地図上から消えた小王国の名を口にした。
魔族の侵攻により、一夜にして滅びに瀕したその国は、侵攻を目論んだ魔族ともども消え去ったのだ。
未だに魔族が消えたという歴史の謎は解き明かされていない。
が、国が一つ、魔族によって滅ぼされたという事実をマーゴは不安と恐怖に変えて人々に伝播させた。
これにマーゴ陣営は大いに湧き上がる。
が、先ほどまでの無料攻勢に載せられていたアコはというと、そっと席に着き直して襟元を正していた。
「ほら、ボクらはニーナちゃんを応援しなきゃね」
アコが魔王を倒す勇者ということは、この礼拝堂に集った面々なら知っていることだ。
その勇者がトーンダウンしたことが、マーゴ王子には気に入らないらしい。
「ちょちょちょっ! おまっ! 勇者ならそこはもっとこうあるでしょ?」
壇上からアコを指さすマーゴだが、勇者様は「えー? 別にないよ。それにみんな死に方が下手なんだよねぇ。ボクなんてほら、宵越しの銭は持たないし。死ぬかもなぁって思った時は、ちゃんと銀行に預けるとか、アイテムに替えておいて現金を普段から持ち歩かないようにしてるし」と、あっけらかんと笑って見せた。
さすが勇者だ死に馴れている。
壇上で数字に満足げに目を細めて青年が勝ち誇る。
「つーわけだから、みんなの人気者なマーゴさまに清き祈りを捧げてくれよな?」
こんなチャラけた口振りも、語りかけることでかしこまった言葉より人々に直接浸透したというのだろうか。
マーゴの支持率はノルンタニア発言によって60%にまで達しようとしていた。




