とある魔王の過去回想 その1 (1/3)
リムリムもニーナもそれぞれ城へと戻り、ぴーちゃんが大神樹の芽の裏手に設置した棺型の調整槽で魔法力を充填し始めて、やっと彼女は姿を現した。
「ひ、久しぶりな気がするけど」
聖堂の赤いカーペットの上で、赤髪の魔王様は伏し目がちになる。講壇に立つ俺は、本日も平常運転だ。
「ようこそおいでくださいました魔王様。本日はどのようなご用件でしょうか。仲間の蘇生ですか? 毒の治療や解呪ですか? おお、なんと寄付をしてくださるのですね」
「し、しないわよ。もう、やっと二人きりになれたっていうのに」
ぷくっとほっぺたを膨らませて不機嫌そうなステラは、俺を手招きした。
仕方ない。二人きりになるのを待っていたようだし、久しぶりに外でタイマン張りたいというのであれば、相手をして差し上げよう。
手を組んで指をポキポキ鳴らしながら俺は講壇から降りた。
ステラの尻尾がビーンッ! と、驚いたように立つ。
「ちょ、ちょ、ちょっとなんでそんなに殺る気まんまんなの?」
「おや? 私と二人で魔王様がなさりたい事といえば、果たし合いかと思いまして。最近、少々たるんできておりましたし、たまには本来あるべき姿に立ち戻るのも良いのではと」
「良くないから! そうじゃなくって、えっとね、その……最近、ニーナに勉強を教えてくれてるでしょ。で、ニーナの邪魔はしたくないじゃない? だから、そんなに教会に来られないのよ。この敬虔なる光の神の信徒のあたしがね」
それでいいのか魔王様。今に始まったことではないので、言及はしないが。
ステラは早口でまくし立てた。
「だから祈り足りないっていうか、ほら魔王城でお祈りするのってなんか違うじゃない? ちゃんと祈るなら教会って気がするのよ。早く世界が魔王ステラにひれ伏しますようにって。ね? 毎日コツコツと祈りを捧げて努力する姿に、神様もきっと応援してくれてると思うの。魔王様ファイト! 世界はあなたに征服されたがってますよ! って」
俺は一度振り返って大神樹の芽をじっと見つめた。特に変化は見られない。
前に向き直ってステラに告げる。
「ええ、きっと神も魔王様の思いを聞いていらっしゃるでしょう」
「でしょでしょでしょ~!」
聞き流しているでしょう。そんな現実を彼女に突きつけられるほど、俺は冷酷な人間ではなかった。優しい嘘で魔王を包み込む神官の鑑である。
テンションアゲアゲだったステラが、しゅんと落ちこむ。
「けど、世界はなかなか手に入りそうにないし、ここのところお祈りもできてないじゃない? 別にさぼってるわけじゃないのよ。本当に。ニーナのお勉強の邪魔だけはすまいと、教会に来るのを我慢してるんだから」
「邪魔になど誰がするのでしょう。そうだステラさんも一緒に授業を受けてみてはいかがですか? ぴーちゃんさんもいらしてますし」
ステラがビシッと俺の顔を指さした。
「その必要は無いわ! そもそもあたしは知力も高いし、知識も常識も知性も人並み以上には備えているもの」
人並み程度で魔王が務まるのか。いや、常識に関しては孤島暮らしが長くて世間知らずではなかろうか。
ふふん♪ と、ステラは鼻で笑ってから、左右の手で肘を包むようにして軽く腕を組む。
魔王は胸の大きな女性がやると、色々と盛り上がるポーズを決めた。しかし何も起こらない。
「ねえセイクリッド、なに見てるのよ?」
「今日も魔王様の麗しいお姿に、目が離せなくなってしまいました」
途端に少女は耳まで赤くなる。
「ま、真顔でそういうこと言うの禁止よ!」
麗しいというのは事実なので、神に誓って嘘ではない。艶やかな赤い髪も整った目鼻立ちも、赤く大きなルビーの瞳もどれもが魅力的だ。
とはいえ、思い起こせば最初に出逢った時から、ステラとニーナは美人姉妹には違いないものの、似ているかというと雰囲気も含めてあまり重なる部分が無かったように思う。
互いが互いを思いやっているという点を除いては。
ステラが腰に手を当て胸を張る。
「ともかく、あたしがそばにいると、ニーナが授業であたしに気を遣っちゃうかもしれないでしょ? 毎日、お姉ちゃんに参観されたりしたらプレッシャーなわけじゃない?」
「だからしばらく教会に来ることを自重していらっしゃったのですね」
魔王様は「そういうことよ」と、深く頷いた。
「それがまた、本日はどのような心境の変化があったのでしょうか?」
「ちょ、セイクリッドあのね……あ、あたしが来なくて……」
「心配はしておりませんでしたが、少々寂しくは感じておりました」
言った途端にステラの目尻がとろんと落ちた。
「でっしょ~? なんだろ。魔王レベルは上がってないけど、新スキルの魅了みたいなのに目覚めちゃったのかしら。あ~もう自分の才能が怖いわね。これは世界征服待った無しかも」
デレデレとした表情の魔王様は、まるで何者かに魅了されてしまったような緩み具合だ。先日覚えた冥想で、心の状態異常を回復させてはいかがなものか。
しかし魔王的野心をここまでステラが表面化させるのも珍しい。
「ところで魔王様。どうしてまた世界を手中に収めることに、こうも意欲的になられたのでしょうか?」
俺の質問にステラは膝をモジモジとすりあわせるようにしてうつむきながら、上目遣いになった。
「だ、だってそうなればニーナも安心して、世界中のいろんなところに遊びにいけるでしょ?」
大事な妹のために世界を手に入れたいとは、親バカというか姉バカもいいところだ。
裏を返せば、ニーナさえ幸せなら世界の覇権などステラにはどうでもよい事なのかもしれない。
「そういえば、ステラさんとニーナさんのお父上……先代の魔王様はどのような方だったのでしょう?」
大神樹を抱える王都は現在、王の後継者が誰になるかでざわついている。普段ならこういった話は、ステラが語ってくれるまでしないのだが、つい俺は訊いてしまった。
魔王様が黙り込む。
「申し訳ありません。少々、立ち入りすぎてしまったようですね」
どことなく哀しげな瞳でステラはそっと左右に首を振ると、長椅子に腰掛けて隣のスペースを手のひらでパンパンと軽く叩いた。
「立ち話もなんだから、座ってセイクリッド。いつか、話さなきゃって思ってたし、今がそのタイミングなのかもしれないわね」
「あちらの部屋で紅茶を淹れましょうか?」
「ううん。ここがいいの。セイクリッドの部屋だと、リムリムが突撃してきたりするかもしれないし、神様にも聞いてもらえるでしょ」
突撃という意味ではアコたち勇者御一行様や、先日久しぶりに姿を現した占い師のルルーナの乱入もあり得るのだが。
それは俺が蘇生させない限りは、しばらく大神樹の芽に魂を留めておくことができた。
案山子のセイクリッドマーク2を講壇に立ててしまうと、自動蘇生してしまうので、壇上は空けたまま俺はステラの話に耳を傾けることにした。




