継承システム
他にもメイド女学院のメリーアン学長やら、開発部の眼鏡主任やらとも顔を合わせたのだが、以降もほとんど延々と事務的に貴族やら国賓やらの相手を続け、出棺の儀式まで俺は公務にいそしんだ。
夕暮れが訪れ、王都のあちこちに葬送の火が灯る。火は灯籠の小舟にのって大河から海へと流され、小さな気球にして空へと解き放たれた。
王都だけでなく、世界各国で王の死を悼んで光が川を下り天へと昇る。
大聖堂から棺は運ばれて、王家の人々に囲まれるように特別な馬車がゆっくりと、王都に笠のように広がる大神樹の巨大な根元に向けて進み始める。
その葬列の中には、クラウディアとバカ王子ことマーゴの姿もあった。ここから先は、貴族すら許されない王族のみのお見送りである。
俺の仕事もここまでだ。あとは向こうで教皇聖下が全てを取り仕切ってくれるだろう。
弔問の人の波もゆっくりと引けていき、静けさを取り戻した大聖堂で、列整理の仕事を終えた青年神官が、先輩らしき中年の神官に質問していた。
「王族の皆様方は、ずいぶんと平静を保っていらっしゃいますね」
「それは王家の人間として毅然としていなければならないからね」
「この先、王国はどうなってしまうのでしょう」
「後継者選びが始まるだろう」
「そ、そうです。次の王を決めねばなりません」
二人の会話が自然と聞こえてくるので、決して盗み聞きではない。やや焦り気味な若い神官に、中年神官は落ち着いた物腰のまま返した。
「あとは光の神の思し召しだ」
「あの、どういうことでしょうか?」
「ああ、これは一部の者にしか知らされていないことだったか。まあ、いずれ君も昇格すれば知ることになるだろうし、教えておこう。すでに次の王は決まっているのだ」
「でしたら、やはり第一王子のサンズ様が王位を継がれるということですね」
安堵したように若い神官は胸をなで下ろす。
「いや、そうとも限らない。と……おお、大神官殿、そこにおられましたか」
白々しい言葉がこちらに向けられ飛んできた。
俺を会話に混ぜるような気遣いはやめてくれ。
「お二人とも、本日はご苦労様でした」
立場上、俺は神官たちにねぎらいの言葉をかけた。
二人は並んで深々と一礼する。形式的であろうとも、敬意を払われるのも大神官の職務なのである。
「さて、では私はこれにて失礼いたします」
転移魔法で帰ろうとすると、中年神官が声を上げた。
「お、お待ちください大神官殿。この若い神官に、どうか王位継承について、お教え願えないでしょうか」
若いといっても青年神官だって三十手前といったところだ。俺の方が年下である。
ああ、こんなことになるならぼんやりせずに、とっとと“最後の教会”に帰っておくべきだった。
青年神官が瞳を輝かせて俺を見つめた。
「どうかお教えください大神官殿!」
隣の先輩に訊けと言うわけにもいかず、俺は青年に告げた。
「葬儀の当日に次の話というのは配慮に欠けるかもしれませんが、国の行方に関することですからね。王位の継承については、国王の遺言で決まるのが通例です。長子が家督を継ぐのも一般的でしょう。ただ、ハレム国王は遺言を残しませんでした」
青年神官は小さく首を傾げた。
「では、どうなってしまうのですか? まさか王家の人間同士が争い合うようなことになるなんてことはありませんよね? 我々はノルンタニア事変も乗り越えたのですから」
中年神官が小さく咳払いを挟むと「失礼した大神官殿。彼の故郷はノルンタニアなもので」と申し訳なさげに付け加える。
「それは大変でしたね」
国土まるごと消失したとはいえ、たまたま国外に出ていた人間も少なくはない。そういった人々は得てして生き残ったこと自体を罪と背負い込んでしまいがちだ。
「いえ、そんな……こうして光の神にお仕えできるのも思し召しですから」
ノルンタニアだけでなく、世界各地で街や村単位で同じようなつらく哀しい思いをしている人間は多く、帰るべき場所を失った人々を受け入れる王国の繁栄と安定は大事なのだ。“失われることのない第二の故郷”たる王都が、後継者争いで潰えるようなことなどあってはならない。
青年の瞳が、そんなことを語った気がした。半分は俺の思い過ごしだ。
俺は若い神官に続ける。
「ハレム王の棺が安置され大神樹の元で眠りにつくと、数日のうちに王家の血を引く者の中から、次の王たる資質、資格を持つ者に印が現れるそうです」
故に中年神官は言ったのだろう。光の神の思し召しと。
かつてハレム王もそうだったらしく、先代の王に選ばれたわけではなかったらしい。
青年は「では、神に選ばれたお方が王になられるのですね?」と、確認するように俺に詰め寄った。
「ええ、ですから心配することなどなにもないのですよ」
俺の言葉に青年は深く感動したような、何か不安やら憑き物が落ちたようなすっきりとした表情になって「さすが大神官殿。そのお言葉に私は救われました」と再び頭を垂れる。
そう、勝手に決まるのだから後継者争いなどほとんど起こりえないのだ。
十数代前に優秀な弟王子を後継者に指名して、兄王子と血みどろの戦いが行われ、そこを魔族に付け入られて人類が危機に陥ったということがあってから、以降は長子以外を指名しないようになったとも伝え聞く。
神に選ばれたのだから教会も選ばれし新たな王を支えるし、長子でない者であっても神の威光と意向によって選出されれば、他の王族たちは従うよりほかない。
たとえ王族の末席にいる者であろうと、それまでになんの後ろ盾がない人間であっても、大神樹という人知を越えた存在によって人は王になるのだ。
礼をしていた青年が顔を上げて俺に訊く。
「神はどのような基準をもって、新たな王をお選びになられるのでしょうか」
「その御心を知ることなど恐れ多いことですが、かつてハレム王は選ばれた際に、御自身の純粋さが神の寵愛を受けたと仰っていたそうです」
「純粋な王族。新たなる王……ああ、これは安泰ですね。王都は繁栄し続ける」
青年の表情は希望に満ちていた。中年神官はやれやれといった顔つきで「では、これにて失礼いたします大神官殿。さあ、仕事はまだ山積みだぞ」と、若い神官の尻を軽く叩いた。
二人が大聖堂を出て教皇庁の庁舎へと向かい、俺は独り取り残されたように、ぽつんと立ち尽くす。
一つ言い忘れていた。
この“後継者を選ばない”というやり方にも問題があるのだ。
光の神の気まぐれか、はたまた何らかの意志によるものなのか。
希に複数の王族の名が候補に挙がってしまうことがある。
王族全体の争いにはならないが、それでも選ばれた者たちの反目待った無し。
待つのは勝者が敗者のすべてを奪う、命を賭けた戦いだった。
王位継承デスマッチ――王ディションが開幕するのである。




