幼女VS王子 ~争いは同じレベルの者同士で起こるって本当ですか?~
マーゴは騎乗したまま上半身をひねるようにして振り返った。
「ん~? 今なんか声がしたなぁ。けど誰だ? 小さすぎてぜんっぜんわかんねぇ」
小さいと認識できている時点で、声の主が金髪幼女だということも解っているだろうに。
マーゴは平手を額のあたりに添えるようにして「おれを呼んだのはどいつだ~?」と、身体ごと右に左に向けながら、足下のニーナを無視して見せた。
「ち、ち、ちっちゃくないから! ニーナはここです! はい、ちゃんと見てください!」
腰にグーにした手をあてて、ほっぺたを膨らませるとニーナは胸を反らせて馬上を見上げた。
やっとマーゴは顔を下に向け、二人の視線がぴたりと合う。
俺はラステに確認した。
「性別反転の呪いを使った状態で、さらに擬態中ではありますが、甘い息は出せますか魔王様」
「できなくもないけど、もしかしたら擬態が解けちゃうかも。というかニーナを止めてぇ」
肝心なときに足がすくんでポンコツになる魔王様に、俺は「もちろんです」と返す。
ちなみにリムリムはといえば「ニーナは大人相手でも物怖じしなくて勇敢なのだ」と、うんうん頷いていた。
先日、俺に対して物怖じせずに挑みかかったお前が言うな。
ニーナが吠える。
「あやまって! クラウディアおねーちゃにごめんなさいして!」
「はいはいごめんなさーい」
意外や素直と思いきや、王子の口ぶりは完全に幼女を挑発していた。そのままマーゴは続ける。
「これで満足かなぁ?」
ニーナは小さな肩をぷるぷると震えさせた。
「あ、あやまったけど……なんだか……そういうのは、よくないのです」
マーゴは額に当てていた水平な平手を、今度は耳に当てるようにした。
「あん? なんだか? そういうの? もっと具体的に言ってくれなきゃわかんないなぁ。ほらほら庶民ちゃん。王族が特別に聞いてあげてやってるんだから、要望はちゃーんと伝えなきゃだめなんだぞ」
ニーナの瞳が涙に潤んだ。
「う、うう、ニーナだめじゃないから、えっと、ええっと……」
クラウディアが膝をついてニーナを背後からそっと抱き寄せる。
「もういいからニーナちゃん。それ以上、無理しないでください」
「あうぅ……だけど……だけどぉ」
マーゴは楽しそうに口元を歪ませ嗤う。
「おれさぁ、子供って大好きなんだよね。相手するとおもろいし。いやぁ、子供好きってことはさ、そのうち、きっと良い王様になると思うんだよなぁ」
ハレム王も若い頃はやんちゃしていたというが、その直系とはいえマーゴはあまりにも残念王子だ。
見ず知らずの幼女の言葉など本来なら取るに足らないものだろうに、こうしてムキになって反撃に転じたのだから。
が、それはそれ、これはこれ。
ニーナ、泣カセルヤツ、大神官、許サナイ。
これが街のチンピラなら、痛みだけを残して心に傷を負わせる回復魔法拳“改心の一撃”(たった今命名)で、意識を保たさせたまま指導(物理)をするのだが、二点ほど問題がある。
一つは相手が王族だということ。これはまあ、面倒かつ厄介なだけといえばだけである。
もう一つは、本当は違うとはいえ、一見すると「腕力で相手をねじ伏せているように見える」ような場面を、ニーナに見せるのは教育的配慮に欠けるということだ。
未来を担うニーナには、力こそがすべてという世界の業を背負わせたくはない。
マーゴが手拍子を叩きだした。
「ほーらほら、なにが違うのか言ってごらん? 言えるかな? 子供が大人に言えるかな? あそーれ、ちびっ子の♪ ちょっといいとこ見てみたい♪」
ニーナは……悔しそうに拳をぎゅと握りしめてうつむくと、ぽつりと呟いた。
「ニーナに……もっと力があれば……みんなを守れるくらい……力があればぁ……」
このままだと幼女が魔王的な存在と交信して「力がほしいか」的な展開になってしまいそうだ。ちなみに魔王様はすっかりポンコツと化して、あわあわまごまごと立ち尽くしている。
マーゴがさっと手を上げて、開いた指を折りながらカウントを始めた。
「はい五~四~三~」
「うううう」
「二~一~」
指を一本だけ立てて、マーゴはニーナを見下ろす。
「ほーら、あと一しかないよ~。反論できなきゃちびっ子の負けだかんな。そうだ、負けたらおれのお嫁さんになれ」
俺は即座にマーゴの馬に脚力強化の魔法をかけると、指弾サイズの光弾魔法を馬のお尻にビシッと当てた。
「ヒヒーン!」
いななくと白馬が走り出す。マーゴが慌てて手綱をとった。これでカウントはお流れだ。
「どーどー! おい! ちょっと馬! なに興奮してんだようわああああああああああああ!」
何が何やらわからないまま、猛然と走り出した白馬に振り回されて、マーゴは草原の彼方へと走り去る。
「なんだかわかんねぇけど覚えてろよおおおおおおおお!」
三下風な捨て台詞を残して。途中で落馬して踏まれて死んでも、それは事故だぞ事故だからな。大切なことなのでここに二回唱えて強調しておこう。
脅威は去ったが、幼いニーナに自分をかばわせてしまったことをクラウディアは悔いて気落ちしているようだった。
リムリムがお気楽に告げる。
「逃げた方が負けなのだ。あいつはどっか行っちゃたし、ニーナの勝ちなのだ」
だが、金髪幼女はふるふると首を左右に振ると、またうつむいてしまった。
「ニーナの……負けなのです。なにも……できなかったからぁ」
まるで闘技者が試合に敗北したかのような沈痛な面持ちだ。
なにもできなかったといえば、姉の魔王様も似たようなものだ。
せっかくの楽しいお出かけが、バカ王子マーゴの乱入によって、後味の悪さを残してしまった。
再びロッジに戻ると、クラウディアからマーゴの言っていた「館を引き払う」ことの詳細を訊くことができた。
クラウディアは隠棲してきた湖畔のロッジから、王都に移り住むことになったらしい。
俺たちを招いたのも、最後のお茶会を開くためだったとか。
その願いは叶ったのだが、どうして急にそんなことになったのかについては、クラウディアは貝のように固く口を閉ざしてしまった。
俺たちをこれ以上巻き込めないとでも言わんばかりだ。浮かない表情は、何もマーゴの一件があったからではなさそうに思えた。
夕刻前には迎えの馬車がやってきて、俺たちは湖畔のロッジを後にした。寂しげなクラウディアの憂鬱は、しばらく晴れることはなさそうである。
――翌日。
王都で買った小さな黒板を、同じく購入したばかりのイーゼルに立てかけて、聖堂の赤いカーペットの上に置いた。
なにもカフェなどである「今日は良い天気ですね。最近は朝夕冷え込むようになってきました。身体も心も温まるジンジャーティーがオススメです!」的な店員さんのメッセージを書くわけではない。
ああいった店の前に置くものの三倍ほどはある大きさの黒板を前に、俺は文字を並べる。
何をするのかと言えば、簡単な読み書きの授業だった。これまではニーナだけだったので、黒板など必要無かったのだが、本日の受講者は幼女三名である。
一番前の長椅子に座って、画板を膝の上において筆記用具を並べたニーナが、ぱっと手を上げた。
「おにーちゃ、それ読めますから」
「はい、ではニーナさん。読んでみてください」
「えっとぉ……ば、か、お、う、じ?」
「はい正解です。よくできました」
ニーナの隣でリムリムが「すごいのだ。ニーナは賢いのだ」と、金髪幼女を褒め称えた。たまには有能な大神官の俺を褒めてくれても構わんのだが。
「て、照れちゃうのです」
えへへと笑うニーナだが、うれしそうであり、そんなニーナにリムリムも一緒になって笑顔を見せる。吸聖姫騒動で成長したのは、どうやら勇者アコだけではなかったらしい。
そして長椅子に並んで座る第三の幼女はというと――
「さすがですわニーナ様。わたくしにも読めませんでしたわ」
おい、ぴーちゃんおいコラおいぃ。読めるでしょ。
なぜこの場にぴーちゃんが並んでいるのかというと「ニーナの妹さんなので勉強が必要だから」という、ゴーレムロリメイドの要望からである。
先日、ちょうど魔法力充填のタイミングとかぶって、湖畔のロッジに同行できなかったことを根に持っているらしい。主にその怒りは俺へと向けられていた。
ぴーちゃんが俺をじっと見据える。
「だいたい、わたくしが同行さえしていれば王族の一人や二人、闇に葬って差し上げましたのに」
ニーナが大慌てで「クラウディアおねーちゃはだめぇ!」と、声を上げた。
「うふふ、そんなこといたしませんわよ」
「んもー、ぴーちゃんは時々、ニーナよりもだいたんふてきなんだからぁ。もっと大人にならなきゃですよ」
なぜかニーナがぴーちゃんの頭を「よしよし」と撫でた。ぴーちゃんの頭から、ほんのりと湯気が上がる。オーバーヒートとまではいかないが、相変わらず発熱してしまうらしい。
俺は黒板を消した。
「では、今度は文字をみなさんで一緒に声に出して読んでみましょう」
俺はさらさらっと、文をチョークで描く。
「「「マ ー ゴ お う じ つ ぎ は ほ う て い で お あ い し ま しょ う」」」
「はい、よく読めました」
まあ、相手が相手なだけに、そんな裁判は起こせないのだが、気持ちの問題である。それに一文字ずつ区切っているので、国家反逆的なアレではない。
と、今日の授業もこれくらいにして、お茶の時間にしようかと思った瞬間――
大神樹の芽が光り輝き、迷える魂が送られてきた。




