♂湯の悪夢
装備:髪留め用縛り紐 手拭い
以上をもちまして、入浴時における最終装備と代えさせていただきます。
ポニーテール風に髪をまとめ上げると、裸一貫で内風呂のある大浴場に俺は足をふみいれた。
そこには筋骨隆々な男たちが、互いに筋肉の美しさを競い合うという、少々困った光景が広がっている。
さっそく大胸筋がパンパンに膨れ上がった大男が、俺の元へとやってきた。
「おう! なかなかいい腹筋してるじゃねぇかニーちゃん。だが、そんな細いマッスルじゃ、この足元つるっつるな戦場は最後まで駆け抜けられねぇぜ?」
筋パンマンは両腕を上げ力こぶを見せつけるように膨らませた。
風船でも仕込まれているのだろうか、汗か温泉かそれ以外の汁でテカテカ光沢感のある身体を、惜しげも無くみせつける。
いわゆるダブルバイセップスのポージングだ。その場で獅子が王者の貫禄を見せつけるように、ゆっくりとターンしてみせた。
「すいません。まず温泉に浸かる前に、身体を洗いたいので退いていただけますか?」
筋パンマンが頬を引きつらせた。
「ほほぅ、言ってくれるじゃねぇかモヤシボーイ。どうやらたっぷりと搾ってやる必要がありそうだな」
ふと、ステラたちとの別れ際に、アコが俺に向けてウインクした顔が思い浮かんだ。
あいつ、知ってたなこの男湯の状況を。
筋パンマンは俺の肩をぐいっと掴み、その取り巻きとおぼしきマッチョ集団が取り囲んで暑苦しくこちらに微笑みかける。
むせ返りそうになるのは、おそらく温泉の湯気の影響だけではない。見つめられるだけで体感温度が10℃は上がった。
「おうおうテメェせっかくオレらが誘ってやってんのに、スルーしようってのか?」
「アレックスさんはサウナ勝負を望んでおられるのだ! 勝つまで風呂に浸かれると思うなよぉ!?」
「まあ、アレックスさんに勝った人間なんていないけどなぁ! なぁにぃ!? 露天風呂に行きたいだぁ!? おめぇにゃ水風呂がお似合いだぜ!!」
こちらが言ってもいないのに、ベラベラとよく喋る手下どもだ。
ウナギのようなヌルヌルとした汗を垂らす連中に退路も絶たれてしまった。
筋パンマンことアレックスは胸筋をピクンピクンと動かしながら、それにアフレコするように俺に告げる。
「さあ勝負だ! 細マッスル! であえであえ者共であえいっ! 大胸筋に上腕二頭筋&三頭筋! 広背筋と僧帽筋も温まってるぜ!!」
腹直筋に腹斜筋や、大腿四頭筋にハムストリングも躍動させるアレックスを見ていると、ミートボールの甘酢餡かけに見えてくる。
こちらもポージングで応じるべきだろうか?
否。質量において我が軍の不利は自明の理である。
「さあ、サウナ勝負だ!」
筋肉ダルマたちが左右にザッと割れて、俺の目の前にサウナルームへと続く道を作り上げた。
このまま肉体美の花道を、屈強な男たちが敷いた無酸素運動のレールに乗っていくのは危険な賭けだ。
10対0でろくなことにならないことだけは間違いない。
ここは勝負にならないことを理解してもらうとしよう。
俺は初級氷結魔法を自分自身を包むようにまとう。
アレックスの部下がたまりきれず、俺の左肩に掴みかかった。
「おらいくぞーーッ!? あ、アニキこいつ、めっちゃ冷たい!」
他の部下が声を上げる。
「そういやこいつ、さっきからなんて冷たい目をしてやがるんだ」
「まるで俺たち人間じゃなく、路傍の小石か枯れた野菊でも見るような……」
「いや!? 仔牛だ! こいつの目は競りに出される仔牛を見送る目だ!」
俺は目を細めた。
「サウナでしたら魔法力が尽きるまでお相手しますよ」
人差し指と中指を立てる。いわゆるピースサインをアレックスこう解釈した。
「ほほぅ。20分か。甘いわ! オレの最高記録は32分57秒……ほぼ、33分だ。勝ち目ないぞヒョロガリーヌ」
「勘違いなさらないでください。冷気の魔法に身を包んだことで、この指一本が10時間。少なく見積もっても合計20時間は耐えることができますから」
魔法というやいなや部下たちが「い、インテリマッチョか!」「卑怯だぞ!」「純粋な筋力で勝負しろ!」と、騒ぎ立てた。
「あなた方のようなゴリラの体毛抜きな皆様にも、ご理解いただければ幸いです」
アレックスが吠える。
「ゴリラとご理解かけやがったな!? これだから頭のいい奴は大っ嫌いなんだ!」
すごく頭悪そうです。巻き添えなのに、まるで俺が大事故を起こしたような空気だ。
「ゴリラだけにコリゴリってかー!? 全然うまくねえぞーー」
知性派大神官やーめた。
冷気を纏わせた拳を手下の一人に叩き込む。
「ひえっ!? さ、さむいいいいいい! 血が凍ったみてえだよぉ」
「そこに温かい温泉やサウナがありますから、入浴をおすすめします」
と、俺が言う前にぶっ飛ばしたもとい冷徹なる氷結の説得に応じた部下の一人が温泉に飛び込んだ。
「ふえええ、生き返るぅぅ」
この手の輩には肉体言語が一番である。
そのあとは、なし崩し的に殴り合いというか俺による俺のための一方的な肉弾説法が、悪しき筋肉を正しきマッスルへと導いていった。
魔族に率いられた獣人たちもやっかいだが、人間も大差ないな。
俺の拳がアレックスの鋼のような筋肉の砦を撃ち破り、深々と鳩尾に吸い込まれた。
「カハッ!? ぐふふ、細身のわりにはやるではないか。どうやら、貴様には資格があるようだ。よくぞ我らを倒した……先に進むがいい」
別に許可を得ようが得まいが、最初から温泉を満喫するつもりである。
が、内風呂は死屍累々というか、筋肉累々状態で、どの浴槽にも筋肉の眷族たちが浮かんでいた。
冬場にみかんなど、柑橘の皮を乾かして浮かべた風呂のように、そこかしこに男たちが華を咲かせたのである。
いや、普通のことだ。なにもなければ男湯なのだから、男が入った湯に男が浸かるのが当然。
とはいえ、何も風呂は建物の中ばかりではない。
アレックスがどさりと倒れると、その向こうには“○○露天風呂→”と書かれたプレートのかかった扉があった。
新しい施設なのにプレートの一部の文字が滲んでしまっている。
こんな水場で水性塗料とは、看板を作った人間は素人だろうか。
まあ、そんな細かいことも、今はわすれよう。
思わぬ妨害にはあったが、やっとゆっくり温泉を楽しめそうだ。
大自然に抱かれて、格別の開放感を得るにはここはひとつ露天風呂しかあるまい。
男たちの流した脂汗を洗い落とし、身を清めると俺は海と空と大地と一つになるために、露天風呂へと続く扉を開いて外界へと乗り出した。
魂が解き放たれる。
露天風呂にやってきた俺を待ち受けていたのは、ステラたちだった。
アコがニッコリ微笑んで、ザバッと露天風呂から立ち上がると俺を手招きする。
「ほらこっちこっち! セイクリッドもおいでよ! 混浴だよ!」
ニーナとアコ以外の女子勢が、温泉に火照った顔をさらに真っ赤に染め上げる。
あまりの出来事に声が出ないのは、俺もステラたちもお互い様のようだ。
神に誓って申し上げたい。内風呂は修羅の国。そこから神官が避難してくるのは、どうあっても仕方の無いこと。
つまりこれは不可抗力なのであるーーと。




