入浴へ行きたいか
海ではしゃぐだけはしゃいだ後、海の水と汗ですっかり身体がベトついてしまったと、女子一同は俺に訴えた
その点はご安心あれ。一度、コテージに戻ってお風呂セットを回収すると、俺たちは管理棟に向かった。
ムーラムーラビーチリゾートの管理棟は、つい先日、落成式を終えたばかりの真新しい白い建物だ。
五階建てで上は宿泊施設。一階と二階がレストランや売店に遊技場という造りだった。
コテージ利用者もこちらの建物内の施設を利用できるという。
正面玄関からロビーに入ると、快適な冷気がお出迎えだ。
外は暑いが建物内は空調が効いている。
まあ、空調くらいは“最後の教会”にもあるのだが、この規模の施設に対して、どこから魔法力を供給しているのだろう?
と、まあ、島の村には不釣り合いのあ規模の管理棟だが、観光客で賑わっているのだから発展するのも当然と言えた。
一番の売りは、単純ナトリウム泉掛け流しの温泉だった。
内風呂に露天風呂、寝湯に座湯に足湯に打たせ湯と、バリエーションにも事欠かない。
色は透明で、海ぎわによく見られる泉質だそうな、美肌効果もあり、万病どころか恋の病すら効くとのことである。
村は教会いらず医者いらずというのも、この温泉が管理棟を始め村のあちこちにあるためらしい。
水着のまま一階ロビーから温泉に直行できるというのも嬉しい限りだ。
と、不意に鼻孔を甘い香りがくすぐった。
管理棟名物――蒸しパンである。
ロビーには蒸篭が備え付けられていて、源泉で蒸しあがったばかりの甘い香りは、あれが発生源のようだ。
施設が保有する源泉は高温で、その熱を利用して作られる蒸しパンや茹で卵は、島の魚介類やフルーツに並ぶ名物なのだとか。
自称、ムーラムーラ村観光親善大使のアコが、ロビー奥の売店を指差した。
「あとでみんなで蒸しパン食べにいこうよ!」
「ステラおねーちゃ! 虫のパンって美味しいの? セミかな? セミがはいってるのかな? クマゼミかな?」
幼女執拗なセミプッシュ。いったいセミのなにが琴線に触れたのだろう。
ステラが青ざめる。
「なにそれ怖いんですけど」
初歩的な勘違いをする魔王姉妹に、先ほどまで豪快に寝息を立てていたキルシュが「毒虫を壺いっぱいに入れて喰らい合わせて最後に生き残った一匹を蒸しあげたパンなんですよ」と、しれっと脅した。
かわいそうに。ステラとニーナの仲良し姉妹は抱き合って震えてしまった。
「せ、セミじゃないんだぁ」
「セミでも怖いから」
即座にベリアルがキルシュの顔面をアイアンクローで固定して「正直に吐け」と、尋問気味に脅すと、元暗殺者は「いや、これはカノン先輩から聞いた話ですから」と、口を割って真犯人の名をあっさり白状するのだった。
アメジスト色の厳しい視線が眼鏡少女に突き刺さる。
「眼鏡のレンズを割られたいようだな神官見習い」
「自分はそんなこと言ってないでありますよ!」
と言いつつ眼鏡が曇ってるぞ後輩よ。
「では、なぜ鼻息が荒い?」
「ちょ、ちょっとアレなだけであります。キルシュ殿にお説教のつもりで例え話をしたら、曲解されてしまったのでありまして」
「なんだと? そのような詭弁を弄してばかりだと、いつかセイクリッドのようなダメな大神官になってしまうぞ」
人聞きの悪いことを言わないでほしいものだ。
アコが「まあまあ、二人ともおちついて。それに、ステラさんにニーナちゃんも安心して。卵たっぷりの甘い蒸しパンだから大丈夫だって」と、珍しくフォローに入った。
蒸しパンは風呂上がりということで、男女に別れて風呂タイムだ。
宿泊期間中は、営業時間中であれば浴場は何度でも利用できるため、夕食前にまずひとっ風呂と相成ったのである。
ちなみに、六歳までの子供は男湯と女湯のどちらも利用できるらしい。
脱衣場の手前でニーナがそっと俺の手を両手でキュッと握った。
「おにーちゃ、ひとりぼっちでさびしくない? ニーナもそっちにいく?」
ああ、なんて優しいのだろう。
孤独な俺の身を案じてくれるだなんて、人間ができていなければ、なかなか出来ることではない。
お気持ちだけで十分ですと、返答する前に、俺の目の前からサッとニーナの身体がさらわれた。
「ニーナ様、お気を確かに」
「わーいわーいベリアルおねーちゃの抱っこだぁ」
抱っこというか、ニーナの身体を大きめのカバンよろしく、小脇に抱えてベリアルは女湯の脱衣場へと消えていった。
ステラが「じゃ、ゆっくりしていってね。ずっとあたしたちの監視で疲れたでしょ」と、ニーナに代わって俺の労をねぎらう。
「そうですね。では、時間まで骨休めさせていただきます」
そっと一礼して女子一同を見送ると、なぜかアコがチラリと俺に首だけ振り向いて、大きな黒い瞳をウインクさせた。
いったいなんの合図だろうか。
嫌な予感しかしないので、気づかなかったことにしよう。
脱衣場で脱ぐのは、ずいぶんと久しぶりである。
ここのところ、忙しない脱衣続きで、まともに服を脱げないことばかりだ。
ずらりとならぶ鍵付きロッカー。その一つに財布や服を入れて、俺は限りなく身軽になった。
と、一息つく間もなく、再び視線を感じる。
振り返ると、管理棟の従業員らしき村の青年と目が合う。
同時に青年は顔を反らして口笛を吹きながら、脱衣場にある大きな姿見を磨き始めた。
一度視線を外すと、再び気配が俺の背中に殺気ではないものの、なんとも形容しがたい感情をぶつけてくる。
振り返ると青年がその場でクルンとターンしながら、洗面台の拭き掃除を始めた。
確実に、こちらを意識した行動だ。
もう一度、視線を外す。と、見せかけて俺は青年の顔をガン見した。
まんまと俺の首だけ高速二度見フェイントに引っかかった青年は、大あわてで足下にあった水の入ったバケツをぶちまける。
「し、し、失礼いたしましたッ!」
大あわてで清掃用具庫にモップを取りに走る青年に、違和感しか覚えない。
普通であれば、あの年頃の青年なら、もっと見るべきものはあるだろう。
ま、まさか……先程ビーチで注がれた視線はステラたちではなく、狙われているのは……俺なのか?
これからたった一人、男湯に挑まねばならない。
ああ、こんなことなら無理にでも、ニーナに同行してもらうべきだった。
この脱衣所の先に広がるは、男たちの湯けむりパラダイス。
そこで大神官を待つのは悲劇か、喜劇か――
それとも新たな覚醒か。




