魔王VS勇者 ~直接対決~
アコの肩を揉み終えると、彼女は手のひらを組んで万歳するように腕を伸ばした。
肩のストレッチだ。大きな胸がぐいっと誇らしげに上がる。
「ほんとセイクリッドってなんでもできちゃうんだね。尊敬しちゃうよ」
素直な勇者に俺は目を細めて返す。
「過大評価ですよ。マッサージはできても、世界を救うことはできません。アコさんこそ選ばれし者なのですから、私などには果たせない大業を成し遂げてください」
アコは一瞬、ぽかんとした顔になったが、すぐに「うん! 任せて! 魔王を倒して、みんなが平和に暮らせる世の中にしてみせるよ!」と、笑顔を弾けさせた。
ベリアルが「なんだと」と言わんばかりにアコに迫る。
「ほほぅ。アコよ。きさまに世界が救えるというのか?」
ぐいっと胸を張るベリアルに対抗して、アコも同じく胸を張り返した。
「今はまだまだ未熟だけど、夢はデッカくいきたいからね!」
大きさでも良い勝負な二人の戦いに、なぜかステラとカノンが「ぶーぶー!」とブーイングを浴びせかけた。
こらこら親指とか中指とか立てるんじゃないお行儀の悪い。
キルシュが「まあまあ、お二人ともおっぱいの大きさが、恋愛力の決定的差じゃないですから。まあ、わたしはほどほどにありますけど」と、たしなめた。
空気が読めない。フォローで煽る。やりたいことと結果が逆転するという意味では、暗殺者なのに暗殺できないのも、キルシュ自身に問題があるのはもちろん、生まれながらの性格に起因するのかもしれない。
「フォローになっていませんよキルシュさん。そこは自分の話はせずに、ステラさんとカノンさんをそっと支えて差し上げるべきところです。これからきっと、成長しますよと」
キルシュは「なるほど」と、納得してしまった。
ステラとカノンが俺に詰め寄ると、握ったグーでポカポカと胸板を叩いてくる。
「トドメ刺しに来てるわよねセイクリッド?」
「キルシュ殿はもう天然なので要介護と諦めているでありますが、今のセイクリッド殿はわざとでありますよ!」
バレたか。カノンの言葉にキルシュは赤いカーペットに突っ伏して「知らなかった、そんなの……」と、こちらもハートブレイク状態である。
その一方で、アコとベリアルはお互いの胸を左右に振ってその震度を競い合うという、ダメさにおいてはハイレベルな戦いを始めていた。
「みなさん、落ち着いてください。はい、冷静になって。こんな小さな教会の中の平和も乱されているようでは、世界平和など夢のまた夢ですよ」
実は、ここにいるメンバーで世界平和が実現できそうなのは、勇者アコちゃんと愉快な仲間たちには秘密である。
俺は講壇に上がった。そっと案山子のマーク2を裏手側に移動させ、本来の仕事に戻る。
「コホン……では、改めまして。おお、仲間が新加入したというのに、全滅してしまうとは情けない。えー、先に伺っておきますが、今回もちゃんと所持金を減らしてから死にましたか?」
本来ならこんな確認はしたくもないのだが、もはややりとりが恒例となってしまった。
アコが元気に右手を「はい!」っと上げる。
「あ! 今日はね、パンを買うくらいのお金は寄付できるかも!」
カノンがうんと頷く。
「なにせ三人いるでありますからね!」
キルシュはというと――
「え? お金かかるんですか?」
ちゃんと教えておきなさいよ先輩方。俺はニッコリ暗殺者に微笑みかける。
「はい。この教会で復活した場合は、所持金の半分を寄付していただくことになっております」
キルシュはおずおずと、俺に財布を渡した。
「あ、あの、どうかコレで勘弁してください。ぜ、ぜ、全財産です……」
「いや、半分で良いのですよ」
「そうは言いますけど、本当は全部出さないとあとで……あとで利子とかついて、払えなくなると奴隷にされて売り飛ばされて……ううっ! ううっ!」
裏の世界に毒されすぎだ。
ブルッと震える元暗殺者。涙目な彼女をみて、ステラとベリアルが俺を遠目に指差しながら「犯罪よ」「無理矢理奪うとは……」「カツアゲってやつね」「神官とは度しがたい」「やっぱり裏で人身売買とかしてたのよ」「女を泣かせる事に関しては、あの神官の右に出るものはおらぬ」などと、噂し始める。
カツアゲではない。後半になるにつれて事実無根もいいところだ。
俺は溜息を混じりにキルシュの財布を突っ返した。
「今回は初回特典ということで、結構ですから」
同時に勇者と神官見習いがハイタッチをかわした。先ほどまで大きい小さいで争っていたのが嘘のようだ。
共闘できる大神官の存在が、二人の絆を復活させた模様。
「アコさんとカノンさんからはきっちり徴収するのでお忘れ無く」
「「え?」」
同じタイミングで同じような間の抜けた声である。
しかし、三人になったというのに、どうして勇者御一行様は全滅してしまったのだろうか。
「普通、パーティーメンバーが増えればそれだけ冒険も安定しますよね?」
危険が減っては冒険ではないかもしれない。そんな矛盾をはらんだ俺の言葉に、カノンが眼鏡のブリッジをくいっと指で押し上げて、レンズをキランとさせた。
「実はその点に関しては抜かり無いというか、キルシュ殿の戦闘力たるや凄まじいものでありまして」
キルシュが後ろ手に頭を掻きながら「おはずかしい」と顔を下に向けた。
「どういうことでしょう?」
元暗殺者は恥ずかしがっているので、カノンに説明を求めると――
「どうも人間の急所は外すみたいでありますが、魔物の急所や弱点を傘の先端で突きまくりなのでありますよ」
それはまた、才能の無駄遣い……と、いや冒険者としての高い適性を見せたじゃないか。
「素晴らしいですね。攻撃面で大幅な強化ができたようで」
アコが腕組みして下から前腕で自慢の胸をゆっさと押し上げながら、うんうん二度、頷いた。
「そうなんだよ。だからちょっとボクらじゃかなわない相手でも、単体に闇討ち仕掛けて一撃でキルシュが倒してさ」
カノンもアコと同じポーズで頷く。同じようにゆっさりできないところもある。
「そうなのであります。で、キルシュ殿が怪我を負えば自分が回復すると。なんというか、強い相手なので経験もお金もがっぽりで……」
「それでも全滅したのですね?」
アコが笑う。
「二体、強い魔物が出てくるとお手上げでさー」
「そこはアコさんがしっかりと引きつけるなりすれば良いのではありませんか?」
「それができたら苦労はしないよ。ま、それでもボクという優秀な司令塔があってこそ、カノンとキルシュが輝くことには変わりないけどね」
ぺろっと舌で上唇を舐めるようにしながら、ウインクしつつ親指を立てるアコ。
つい、俺の口から本音が漏れた。
「じゃあ、アコさんいらないですね」
同時に、気づいてしまったカノンとキルシュが、ハッと目を見開いてお互いに見つめ合い、うんと首を縦に振る。
「そういえば、アコ殿なにもしてないであります」
「そうですよ! これは由々しき事態ですよ?」
ステラまでそれに加わった。
「じゃあ、勇者パーティーをクビってこと?」
おいおい、ずいぶん性急だな。
カノンは「あー、残念ながらそういうことになってしまうでありますな」と、こちらも納得してしまった。
アコがどんどん肩身を狭めてしゃがみこみ、膝を抱えて座ると額を膝にぴたりとつけてしまった。
「ボクは……貝になりたい」
心の強さには定評があったのだが、これは少々効き過ぎてしまったらしい。
俺はそっと優しく告げた。
「まあまあ、アコさん。補欠ですけど勇者パーティーをがんばって支えてください」
顔を上げるとアコは立ち上がり、俺に向かって吼える。
「補欠ってなんでさ! 勇者あっての勇者パーティーでしょ?」
「その自覚があるのでしたら、今後はどうかパーティーの中心となって、がんばってくださいね」
「うー、わかったよぉ」
キルシュを使って格上相手の高効率狩りは封印だな。
しかし、意外やキルシュが役に立っているのには驚いた。
「良かったですねキルシュさん。冒険者として大活躍なされているようで」
すると、元暗殺者の表情が曇る。
「それじゃダメなんですよ」
「おや、なにがダメだとお思いで?」
「冒険者と暗殺者は両輪なんです。片方がよくても、片方がマズイとうまく前に進めませんから……あうぅ」
言いながら、キルシュはドクロの仮面をつけてうつむいてしまった。
俺はカノンに視線を送って説明を求める。
青い髪の少女は眼鏡を外してレンズを拭きながら吐息を漏らす。
「自分はキルシュ殿には、このまま冒険者をしてもらいたいのでありますが……」
言いよどむカノンを諦め、俺はアコに顔を向け直した。
アコの表情も曇りがちだ。
「実はさー。キルシュの暗殺なんだけどね、街とかでカップルを見つけると別れさせようとするんだ」
「ずいぶん迷惑な話ですね」
即座にステラから俺に「やれって言ったのセイクリッドでしょ」と突っ込みが入った。
「ええまあ、ですが無差別というのはいかがなものかと。で、どうなりました?」
アコが眉尻を下げた。
「誰も別れてくれないんだ」
「そうですか。きっとまだ、始めたばかりで慣れていないだけですよ」
あと五兆年ほど続ければ、きっと立派な別れさせ屋になるだろう。
すると、カノンが手のひらにぽんっと軽く握った拳をおくようにして、俺に告げた。
「あ! そうでありますよ! 信頼と絆の破壊者こと、セイクリッド先輩殿に、なにがいけないのかレクチャーしてもらうであります」
これにアコが「うんうんそうだね! セイクリッドにはキルシュをカップルキラーの道に引き込んだ責任があるよ!」と同調した。
ドクロ仮面を半分だけ外して、榛色の瞳が、チラチラと俺を見る。
「あー、はいはい。わかりました。良いでしょう。私は信頼と絆の破壊者ではなく、むしろ絆を結び信頼を築き上げる実績において、周囲の皆様方から高く評価されているのですが……」
再び魔族さんサイドから「ねえベリアル評価したことある?」「いえ、ステラ様こそ評価なさいましたか?」「そんなわけないわよね」「あの神官、ついに頭が……」と、噂が立った。
先ほどからひどい言われようだ。
アコがそっと俺の手をとる。
「んじゃあ、ボクが彼女役をやるんで、セイクリッドが彼ぴっぴね!」
ラヴィーナさんパクられてますよ。
と、俺の右隣にたって腕に巻き付くようにひっつき、SUGOI DEKAIを二の腕に押しつけるようにしてアコがスタンバイした。
カノンがそっと「ほら、キルシュ殿。いつも通り、この二人を別れさせようとしてみるであります」と、促したのだが――
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでアコがセイクリッドの彼女役なの!?」
ずっと距離をとっていた魔王様が、俺の左に立ってSUGOI USUIを押しつけてきたのだった。




