忍び寄る(´・ω・`)
アコとカノン、それに勇者パーティーに新加入したキルシュとは王都で別れて、俺はステラだけを連れて“最後の教会”に転移魔法で舞い戻った。
聖堂に続く正面口の前で、ステラがドッと疲れたように溜息をつく。
「ずいぶんとお疲れのようですね。マッサージでもして差し上げましょうか?」
ステラは自分の胸を両腕で覆い隠すようにして身じろいだ。
「べ、別にいいわよ」
「そうでしたね。肩こりとは無縁の……いえ、なんでもありません」
少女は尻尾をビンッ! と立てて抗議する。
「そ、そそそ、そういうこと言っちゃうんだ? あたしが魔王と知ってて、言っちゃうんだフーン」
「ああ、恐ろしい。魔王様のお怒りを買ってしまって、私の心は厳寒の凍土に放り出されたかのように震えております」
「心にも無いこと言ったでしょ。口元がにやけてるんだから」
おや、どうにもこの魔王様と行動を共にしていると、ついつい顔に出てしまうようだ。
今後はキルシュのように、仮面を着けて行動した方が良いかもしれないな。
ステラはぷいっとお尻と背中を俺に向けた。
「ま、刺客も退けたし紅茶も美味しかったし、良かったんじゃないの?」
キルシュの心配をする辺り、ステラの根っこの部分は善人なのだ。
今後とも、魔王として君臨してくださることを切に願うものである。
「と、お待ちください魔王様」
ジトっとした目で少女は首だけ振り返った。
「なによ? やっと、あたしの軍門に降る決心がついたっていうのなら、話くらいは訊いてあげるけど」
「それはまた別の機会に。ええと、せっかくですからベリアルさんに、先ほどのコレクションを持ってきてくれるようお願いしてはいただけないものでしょうか?」
少女の目が点になった。
「コレクションって……お父様のアレよね?」
「はい。アレらの中で、いくつかお借りしたいと思いまして」
「なにするつもりなのかしら」
「ご安心ください。世界平和のために利用することを誓いますから」
ステラはじーっと俺の顔を見つめると、小さく息を吐いた。
「嘘っぽくないのが逆に嘘みたい。わかったわ。とりあえず言っておくけどベリアルが嫌がったら、その先の事は知らないからね」
言い残して魔王は城へと帰り、十分ほどでベリアルが荷車を引いて教会前に戻ってきた。
褐色肌の美女は頬を赤らめる。
「き、き、きさま……いったい、わたしとこれらの道具で何をするつもりだ?」
「必要なのは道具だけです」
「なんだと!?」
何を驚いているのだろうか。俺は荷車の中から小型の水車を手にした。
小型といっても両腕で抱えるほどの大きさで、水車とついていながらも手回しハンドルがついている。
柔らかい毛の筆のようなものが取り付けられた刷毛水車。
「今回はこれでいこうかと思います」
それから適当に、口枷やら荒縄も手に取った。
ベリアルが半歩下がりながら、大きな胸をゆっさたゆんと揺らして及び腰になる。
「やはりその器具でわたしに何かするつもりでいたのだな」
「いいえ。お仕置きが必要なのは貴方ではありません」
「ではステラ様を狙うというのか?」
「まさかまさか。恐れ多いことです」
「に、ニーナ様を……許せぬ」
「落ち着いてください。これを使う相手はもう、私の心の中で決まっておりますから。では、お借りしますね」
俺は刷毛水車と道具一式を抱えて聖堂へと戻る。
「ああ、待て! 本当にわたしには使わないのだな?」
「ご安心ください。というか、先程から珍しくしつこいですね。まるで使ってほしいとでも言わんばかりで……」
「わ、わああああああああああ! 行け! 帰れ! 聖堂から二度と姿を現すな!」
顔を真っ赤にしてベリアルは、荷車をその場でドリフトターンさせると砂埃を上げながら、全速力で魔王城に帰還した。
「まったく、賑やかな人だ」
吹き抜ける乾いた風の中に俺の独り言は溶けて消えた。
あと準備に必要なのは、刷毛水車についた筆の数だけの毒蛇だな。
活きの良いのを八匹ほど捕まえてこよう。
それから、反教皇派であるナンバー2及び、その取り巻きについては、ぴーちゃんに協力してもらい、情報を集めておけば抜かりもない。
教皇庁でそれなりの地位にいる俗物どもなら、叩いて出ない埃はないのである。
仮にもし、それが本物の聖人であれば、俺に刺客を送り込むような恐ろしいことなどしないのだから。
理論武装完了にして証明終了。あとは実行あるのみである。
草木も眠る深夜の王都――
教皇庁のお膝元に俺はやってきた。
そびえ立つ大聖堂の鐘楼に登り、頂点から見下ろす王都は、しんと静まり返っている。
この平穏を乱すわけにはいかない。
迅速かつ静粛に事を進めねばならない。
闇夜に紛れるため、全身にぴたりと張り付くような黒いタイツを身に纏った俺を、月光が優しく照らす。
密着度の高いこのボディースーツは、身体のラインをトレースして腹筋や胸筋を浮き彫りにした。神官服に比べれば格段に動きやすい。多少、締め付けられるような感覚はあるのだが、装備するだけで身体のキレは二割増しだ。
ちなみに全裸ならキレッキレの五割増しになる。今回は機能性や夜間の隠密性をとってボディースーツの出番となった。
素性を隠すため顔には(´・ω・`)の仮面を装着する。
背負子に刷毛水車を搭載し、標的の住居を鐘楼の上から確認した。
筆の部分にはヘビを固定してあるのだが、今は魔法で眠らせて不活性状態にしておいた。
「私の命を狙わせたのですから、相応の対価を払っていただきましょう」
キルシュから主犯格の名は訊いている。ぴーちゃん経由で情報収集に抜かり無し。
首謀者は教会ナンバー2の大神官だ。すでに齢六十を超えており、ヨハネがいなければ彼が現在の教皇の地位にあった……そんな人物である。
「ミッションスタート」
鐘楼の上から飛び降りる。
両腕を開くと、腋の下から黒い膜が広がった。コウモリ系の魔物の翼膜である。ボディースーツの機能の一つだ。
風の魔法を駆使して音も立てずに滑空する姿は、闇夜のカラスといったところか。
魔法による結界や侵入者検知のために設置された光学式魔導器の配置は、すべて頭の中に入っていた。
風に乗り、縫うように監視の編み目をかいくぐる。
誰に気づかれることもなく、教皇庁エリア内でもとりわけ大きな邸宅の中庭に俺は降り立った。
番犬を眠らせ、警備の兵には手刀で気絶してもらう。この程度の事ができなくては、大神官は務まらないのである。




