大神官殺し(ネタバレ:失敗)
上級魔族は教会の聖堂に運び込んだ、刷毛水車を初めとする様々な呪いの道具類の満載された台車の回収に戻ってきた。
そんな褐色肌の女騎士に「あ! ボクも手伝うよ! どこへ運ぶんだい?」「自分もであります! 水くさいでありますよベリアル殿?」と、余計な事にばかり首を突っ込むもとい、健気に挙手したアコやカノンだったのだが、大して上級魔族は「却下だ」と冷淡に返す。
褐色肌の女騎士はたった独りで城へと引いて戻った。
なにせ勇者も神官見習いも、この教会の目の前に魔王城が建っていることを知らないのだ。
この世界のどこかには、仲むつまじい男女のみが入場を許される“愛の城”があり、その城の中には様々な呪いの道具が眠っているという噂話を、以前に街の酒場で耳にしたことがあった。
酔っ払いの与太話と思っていたのだが、もしかしたら噂の正体は、魔王城だったのかもしれない。
ともあれ、その後にベリアルとニーナがお泊まり会に加わったのは、必然と言えたかもしれない。
ちなみに、ぴーちゃんは本日、魔法力の充填をしてもらうことにした。有能な彼女がいると、こちらが隙を作っても、警告などをしてキルシュが俺に仕掛ける前に、未然に防いでしまう恐れがあるためだ。
なぜ、自分を襲わせるのにこうも気を回さなければならないのか。
ベリアルと手を繋ぎ聖堂にやってきたニーナは、ぴーちゃんの入った赤い鞄を大神樹の芽の脇にそっと置くと、赤いカーペットの上に戻ってきた。
両手でグーを握って腰に当て胸を反らすなり、俺を見上げて口を開く。
「もー! おにーちゃはすぐにかわいい女の子と仲良くなっちゃうんですからー」
ぷくっと幼女はほっぺたを膨らませた。俺の背後で傘を構え心臓を狙うキルシュが、慌てて両手両脚をバタバタとさせた。
「い、いえいえそんなおかまいなく。じゃない滅相もないです。か、かわいいなんて言われると恥ずかしいですよ本当に」
ニーナはニッコリ微笑み返した。
「えっとね、ニーナはニーナっていいます。ステラおねーちゃの妹さんです。こっちの髪の長いおねーちゃは、ベリアルっていうんだよ。ベリアルおねーちゃはお城の騎士様なのです」
俺は振り返るとキルシュに前に出るよう促した。おずおずしながら暗殺者はペコリとお辞儀する。
「わ、わた、わたしはキルシュっていいます。お仕事はその……あんさつ」
幼女の純粋なエメラルドグリーンの瞳が、興味深そうにキルシュを見上げた。
ささっと、アコとカノンがキルシュを両サイドから挟むように並び立つ。
「ボクらの友達で冒険者なんだ」
「実はそうなのでありますよ」
大神樹の芽が見守る神前で堂々と嘘をつく二人だが、今回はきっとみなかったことにしてくれるだろう。
素早いカバーリングにキルシュの方が面食らう。ニーナは「わああ! じゃあじゃあ、冒険のお話ききたいなぁ」と、両手を胸の前に組んでますます瞳をキラキラとさせた。
ベリアルはじっとキルシュを頭の上からつま先まで値踏みするように見てから、胸元を確認し……なにやら指で虚空を弾いて計算したかと思うと「フッ……」と小さく笑うのだった。
勝利を確信したのだろうか。大きさを誇るタイプではなかったが、最近はベリアルも丸くなったものである。
ステラが城からパジャマだのコスメだのをカゴいっぱいに持ってきて、キルシュのためのお泊まり会が幕を上げたのだが――
結論から言えば、何度かキルシュは俺に挑戦してきた。というか、わざと隙を作って攻めさせては返り討ちにした数が二十四時間中に三回。
最初にキルシュがニーナにあった時の、背後からの奇襲未遂も数に含めてこの数字だ。
これは驚くべき少なさである。こちらは四六時中、攻撃できるよう背中を晒したり裸体を晒したりしたのだが、俺が脱いだら悲鳴を上げて、ニーナ以外の誰もが近づかなくなってしまったのは誤算だった。
「おにーちゃのお腹ぼこぼこ割れてるね」
「腹筋ですよ触ってみますかニーナさん?」
「うん! わー! かっちかち。いいなぁ」
ニーナは俺の腹筋に興味を示した。どこぞの第十三王女とは、やはり親戚なのだろうか。
慌ててベリアルとステラがニーナを引き離したのも、一晩明けた今では良い思い出だ。
誤解を招かないよう補足しておこう。俺としては、脱衣=守備力減少というチャンスを暗殺者に与えたかっただけで、決して脱ぎたかったから脱いだといったことではない。
一度キャストオフしてからは、ステラに「脱いでいいのは上着まで」という、謎のルールを強いられてしまった。下半身は脱いでも脱がなくても心臓を突くことに支障はないという、ある種の正論に押し切られた格好だ。
だが、以降もほとんどキルシュは攻撃をしてこなかった。俺の半裸に臆したのでもないようだ。
二回の襲撃の内訳は、深夜に一度、全員が聖堂で長椅子をベッド代わりに寝入ったあとである。
残る一回は、朝食の席でキルシュが「女子会のお礼」と称して料理の腕を振るった時に、俺のスープの皿にだけ、隠し味の調味料と称した黒い液体を振りかけてきた時だった。
「これ美味しくなる魔法の汁です。どうぞどうぞ」
野菜たっぷりのポトフにキルシュが小瓶の液体を一滴垂らすと、途端に澄んだスープがどす黒く変色した。
「では、いただきます」
解毒魔法を自身にかけ続けて完食した俺を見る、暗殺者の絶望しきった表情はしばらく忘れられそうにない。ちなみに、キルシュが使ったのはドラゴンもコロリと殺す“ドラコロリ”という毒薬だそうだ。
糸ようじ的なネーミングセンスは嫌いじゃない。
そんなこともあって、一晩かけて俺を殺すという企画だったのだが、キルシュ自身はがんばったものの、あえなく失敗となった。
二十四時間が経過し、聖堂を片付け原状復帰させたあと、ベリアルには先にニーナを魔王城に送ってもらったところで、改めて俺はキルシュに訊く。
「もう少し仕掛けてくるかと思ったのですが、意外でしたね」
暗殺者は赤いカーペットの上でうつむいた。
「じ、実は途中から、女子会のお泊まり会が楽しくて楽しくて、これはもう、人を殺めている場合ではないと思ってしまいまして」
「そうですか」
「それに、ニーナさんに見つめられていると、仕事をしたくなくなるんです。ずっとニーナさんを愛でていたい気持ちになってしまうんですよ」
俺はそっと自分の胸に手のひらを当てた。
「そのお気持ち、このセイクリッド深く同意いたします」
幼女には心の毒気を抜いてしまうデトックス効果があるらしい。医学的な証明が待たれるところである。
キルシュは肩を落として力無く笑った。
「はは、やっぱり無理だったみたいです。一流の暗殺者になるなんて。実は薄々感づいてはいたんです。向いてないかもしれないなって。わたしって、おっちょこちょいだし。これまでの努力も全部無駄だったんですね。最後の毒殺で悟りました。向いてないんだって」
「あれは毒の使い方がいけませんでしたね。本人を目の前にして投薬するのはあまりに大胆すぎます」
脇でアコとカノンが「使い方以前に相手が悪すぎだって」「そうでありますよ並の人間なら死んでるであります」と、キルシュを勇気づける。
こらこら勇者ご一行様。暗殺者を励ますんじゃない。
とはいえ、人間向き不向きはある。魔王ですら現在、その座についている少女にはまるで適性がないものの、この世に生を受けた時から決まってしまった職業だ。
それは勇者アコにも言えるだろう。本来なら遊び人になっていたところを、うっかり聖印が浮かび上がってしまったのは、運命のいたずらと言えた。
カノンに至っては思考と嗜好は黒魔導士だ。なぜ神学校で神官見習いをしているのか、本人の口からはまだ聞いたことはないのだが、できることなら転科転職をオススメしたい。
俺とて、大神官より悪魔神官だの魔王だのが似合うと他の誰か(他ならぬ魔王)から言われる始末。
人間、できることと向いていることに、多かれ少なかれ誤差とは言い切れないズレがあったりするものだ。そんな人生は息苦しい。
ならば、迷える子羊を苦しみより解放し、より明るい人生の道へと導くことも、大神官の仕事のうちではなかろうか。
俺はそっとキルシュに会釈をした。
「では約束通り、私の言う通りにしていただきますねキルシュさん」
「は、は、はい。煮るなり焼くなりやること殺ってください」
ほほう。命を奪おうとして失敗した対価は自身のそれで支払うというらしい。
キルシュの瞳は怯えながらも、まっすぐに俺を見つめた。
俺が神官だから人間を殺さないと高をくくっているようなら、自ずと表情にも態度にも瞳の揺らぎにも出るものだ。
嘘のつけないマジなレスポンスしかできないキルシュからは、本気を感じた。
俺は口元を緩ませる。
「今から貴方の家になぐりこ……家庭訪問いたしましょう」
「はい?」
怯えた顔の暗殺者が、榛色の瞳をぱちくりさせて首を傾げた。
「ご両親を説得して、暗殺者には向いていないということを訴え自分の道を歩むのです」
「え、ええええ!?」
そんなことなど毛頭考えたことも無かった。と、驚きと悲鳴の入り交じった声を上げるキルシュだが、彼女を挟んだ左右の勇者と神官見習いにも俺は告げる。
「お二人にも付き合ってもらいますよ」
「なんだって!?」
「本気でありますか?」
頷いて俺は勇者と神官見習いに告げる。
「一晩とはいえ親交を深め、友情を育んだのですから当然ではないでしょうか? それともお二人は困っている友人を見捨てるのですか?」
二人は即答した。
「そんなわけないじゃん」
「言われずとも協力は惜しまないでありますから。ここは泥船にのったつもりで!」
いかん、沈むぞ後輩よ。二人だけに任せるわけにはいかないので、今回も俺が先陣を切って家庭訪問を成功させるしかないな。
アコとカノンには友達がいのあるところを、是非見せてもらうとしよう。
と、ステラが俺の隣に立って袖をくいくい引っ張った。
「あ、あたしも一緒に行ってあげなくもないけど?」
さて、問題は魔王様だ。人間同士の問題に、彼女を絡めていいものやら。
「ステラさんはお留守番ですね」
「な、なんでよ? あたしじゃキルシュの友達にはなれないっていうの?」
その言葉にキルシュがぶわっと涙を浮かべた。
「み、み、みなさん。わたしなんかのためにご迷惑をおかけして……も、申し訳ありませんごめんなさいぃ」
魔王様はぐいっと胸を張った。
「ま、アコとカノンだけじゃ心配だし、セイクリッドも何をしでかすかわからないものね。きっちり監視しつつ、あたしも一緒にキルシュのご両親を説得してあげるから」
もはや止めようとするほど、魔王様がしつこく食い下がるのは明白だ。ここで仲間はずれにしては、後々どのような禍根を将来に残すかわかったものではない。
「わかりました。ではステラさんには本作戦の参謀役を務めていただきます」
魔王様はポッと頬を赤らめた。
「さ、参謀って……知的なあたしにぴったりね」
喜んでいただけてなによりである。
「ねえセイクリッド! いつ出発するの?」
参謀ステラの声に、キルシュとアコとカノンの視線が俺に集中した。
「善は急げと言いますし、今からさっそく向かうとしましょう」
教会の管理を案山子のマーク2に任せ、俺は転移魔法で少女四人を連れてひとまず王都へと跳ぶのだった。




