突然の着○ (その時――サブタイネタバレ防止システムが発動した)
湖岸が遠のき、透き通った青い大きな水たまりの中に、ぽつんと小舟が浮かぶ。
沿岸部に近衛の姿がちらほら見受けられたが、湖上に至ってその監視の目もほとんど届かないといって良さそうだ。
まあ、山荘の警備も遠巻きには違いないのだが――
ともあれ、これを機に動き出す輩が小舟の舳先に約一名ほど同乗していた。
「っていうかね! 王女様いいんですか?」
「は、はい?」
舳先側に立ったラステが座った俺の背中越しに声を響かせる。
「暴れないでくださいね」
「むしろ悶絶するのはセイぱいせんの方ッスよ。実はこの人……裏で闇の組織と繋がりがあるかもしれないんです」
チクり始めたぞ、その闇の組織の元締めが。
おっとり落ち着いた雰囲気を崩すことなく、クラウディアは「はぁ」と気の抜けた声を上げた。
ラステは吼える。
「しかも究極のドS大神官で、その仕打ちに涙を枕で濡らした少女は数え切れないというわけです」
「ラステ君、それを言うなら枕を涙で濡らすですよ」
「ああ! また正論! 指摘! そうやって正しさを見境無しに振り回していたら、いつのまにか誰からも愛嬌が無いって愛想を尽かされるんだぜ!」
これではおちおち訂正もしていられない。
さらにラステは付け加えた。
「しかもねー! 訊いてくださいよ王女様。とっておきの極めつけなんですけど、この人ロリコン! ロリコンなんです!」
ド直球だな。クラウディアはぽかんとした顔で「はぁ」と、再び気の抜けた返事をした。
打てど響かぬ王女様にラステのイライラがマッハである。
「つまり! つまりですよ! セイクリッドぱいせんはドS極悪ロリコン大神官なんです! そんな人を政治的な理由から愛せますか?」
クラウディアは真面目な顔でラステに返す。
「お話した限りでは、セイクリッド様はそのような方ではないという印象です」
ラステは腕組みして口元を緩ませる。
「演技が上手いんです。本性ヤバキチですから。キチヤバガイですから。キチメンですから」
おう魔王様、あとで腹を割って話そうじゃないか。
どちらかの腸が物理的にはみ出るまで。
王女様がじっと俺を見つめた。
「ラステ君は少々誇張しがちなところがあると思います。それに王族であるクラウディア様とお会いするにあたり、私もどこか猫をかぶっていたと正直に申し上げます」
するとクラウディアは、うんと小さく頷いた。
「わたしもです。教会始まって以来の最年少大神官であるセイクリッド様とお会いすると思うと、その……緊張してしまって」
焼け石に水どころか、雨降って大地カッチカチの盤石さになった模様。
ラステ君のお見合いブレイク大失敗の巻。
ひとえに王女様がいい人だったというだけなのだが――
「うううう! どうしてそこまで純真な瞳ができるの! 人間を信じられるの!? 人間は欲望にまみれ裏切り傷つけあい憎しみに憎しみを重ねて滅ぶ愚かな種族なのに!」
唐突に王女は立ち上がり、小舟がバランスを崩して大きく揺れた。
転覆するようなことは無かったが、クラウディアは胸元で祈るように手を組んでラステに返す。
「それでもわたしは、人間の持つ優しさや勇気や正しい気持ちを信じます」
聖女の後光が射すかのようだ。
ああ、もしかしたらニーナが大きくなるとクラウディアのようになるのかもしれない。
ラステが手で顔を隠すようにして目を細めた。
「ま、眩しい! まともすぎて直視できないッ!!」
さらにキラキラな瞳で王女様はラステに手を伸ばして、そっと握った。
「お願いしますラステ様。もっともっとセイクリッド様のことを教えてください」
「え……ええ!?」
驚くラステだが、覚悟を決めたのか「じゃあ……面白凶悪ハプニングのエピソードを……」と、今日までともにした冒険の数々を脚色を交えて、少年は好奇心旺盛なクラウディアに語り出した。
結果――
「セイクリッド様はとても立派で優秀な方なのですね」
俺の株が爆上げである。ラステが正体を隠したことで、俺は上位魔族の脅威からマリクハの街を救った影の英雄になっていた。
ラステがげんなり顔で肩を落とす。
「こ、こんなはずじゃ……」
残念だったなラステ君よ。善意を信じる王女の前向きさは、悪魔神官の悪行の一つや二つや三つ四つは見なかったことにして、良い所ばかりに着目するのだ。
まさに泥の中にあって蓮の花を咲かせる美点の救済者――それが王女クラウディアと言えるだろう。
ラステの話を聞き終えると、クラウディアは一度寂しげな顔をした。
が、すぐに何か決心したような瞳になる。
「セイクリッド様。あの……お願いがあります」
「なんでしょうか王女様」
「まずはその、立ち上がってください」
三人がボートの上で立つというのは安定感がますます失われそうなのだが、俺は言われたとおりに立ち上がった。
「これでよろしいでしょうか王女様」
「はい。それではその……反対を向いてください。わたしに背中を向ける感じで」
何をするのかわからないまま、俺は言われた通りラステの方に向き直る。
「あの、お願いというのはいったい?」
俺が質問した瞬間――
殺気は無かった。気配はかすかに感じたが、そんなことをするはずがないという先入観が、俺の反応を鈍らせていた。
「えい!」
背後から少女の両腕が俺を押す。
不安定な足場だったことも災いして、俺はいきなり王女様の手で湖に押し出されるのだった。
バランスを崩しつつ振り返るが時すでにおそし。
身体をひねりながら確認したのだが、ラステは王女の行動に呆気にとられた顔で、クラウディア自身はというとなぜか涙目だった。
そのままきりもみ回転しつつ、俺……無事、着水である。




