お見合いなんてぶっ潰してやる!(フラグ)
大神官と語り合う王国の未来像――という建て前的なテーマのもと、話合いの席が設けられた。
もちろん、これが実質見合いの類いであることは、王家側も教会側も確認済みである。
王女クラウディアの待つ山荘へと四頭立ての馬車は行く。
豪奢な客室の椅子はソファーのような座り心地で、ラステはお尻を何度も上下させてシートの柔らかさを確認した。
その臀部はつるんとスッキリしていて、普段の自己主張が強い尻尾もどこへやら。
呪いで性別が男になった上で、擬態魔法により角を隠して尻尾も消したため、ラステ少年を疑う人間はいなかった。
もちろん、少年が最終的に同伴を許されたのは、大神官である俺の社会的信用度あってのことだが。
お尻を座面にぎゅっと押しつけて、ラステは溜息をついた。
「さすが王家所有の馬車って感じで、座り心地はまあ合格ってところかな」
「せっかくゆっくり馬車が走っているのに、揺らさないでくださいラステ君」
「べ、別に揺らすつもりじゃなかったし!」
「今の貴方は見習い神官だということをお忘れ無く。正体がなんであれ、教会の看板を背負っているのですからね。あまりおいたが過ぎると樽に詰めてぶっ転がしますよ」
「そ、そういう後輩の教育法やめて!」
「では、お行儀良くお願いしますね」
それきりラステは膝を揃えてちょこんと座ったまま、大人しくなった。
座り方は少女のそれだ。口調は男っぽくできても、身についた自然な振る舞いまでは意識しなければ変わらないようだな。
馬車は急ぐことなくのんびりとしたペースを崩さない。車窓を風景がゆらりと流れていく。
街を抜け肥沃な穀倉地帯を進み、森に至ると、ラステは再びそわそわし始めた。
「何をそんなに緊張しているのですか?」
「べ、別に緊張なんてしてないしー」
「貴方がお見合いするわけではないでしょうに。ともかく大人しくしていてくださいね」
うつむくとラステは足下に視線を落としたまま俺に訊く。
「で、セイぱいせんは……どうするの?」
「どうするもなにも、教皇様のご意向に従うまでです。弟の私が彼女の顔に泥を塗るわけにもいきませんから」
すると、ラステがゆっくりと顔を上げた。
「家族のためにってことか。そうだよねしょうがな……あ、そっかぁ! なるほどなるほどそういうことね。セイぱいせんってマジで素直じゃないんだから。ここはこのラステきゅんにばっちり任せて、どーんと泥船に乗った気持ちでいてくれればいいんだゼッ!」
自分から泥船と言い切るあたり、すがすがしいまでのダメっぷりだ。
本日の魔王様は実に浮き沈みが激しいが、俺に親指を立てて見せる彼女……もとい、彼は自信満々に胸を張るのだった。
山荘に到着するなり、玄関前で俺もラステも近衛の騎士に全身をチェックされた。
「神官様、このようなご無礼をお詫びいたします」
「おつとめご苦労さまです」
俺が危険物などを持ち込んでいないか、ローブの上から手で触って確認を受ける間に手荷物や道具袋もチェックを受けた。
問題無し。当然の結果である。
一方ラステはというと、騎士の青年の手を振りほどいた。
「無礼者! 触るな! おれを誰だと心得る」
いきなりトラブル発生とは恐れ入る。これには騎士たちも面食らったようだ。
俺は振り返るとラステに告げる。
「恐れることはありません。形式的なものです。それとも、何か見られていけないような持ち物でも持っているのですか?」
“最後の教会”を出発する前に、何も持っていかないよう言い含めたのに……。
まあ、何を持っていなくとも、ラステのままでも強力な黒魔法が使えるのだから、危険人物に違いは無いのだが、ボディーチェック担当の騎士にラステは「ぐるるる!」と牙を剥いた。
野犬か。
俺は騎士の青年に小さく頭を下げてから、ラステに向き直る。赤毛の少年は鼻息も荒く、顔も赤い。
「セイぱいせんがやって! そのボディーチェックとかいうの!」
「第三者がやるからこそ意味があるのですよ」
と、言ってようやく理解した。なるほど、中身が少女だということを俺もすっかり失念していたのだ。
近衛の騎士といえど、衣類の上からといえど、男性に触られたくなくて拒絶してしまったに違いない。
のであれば、俺に頼むのもおかしな話だが。
ともあれ、このままではらちが明かないので、俺はラステの耳元で助言した。
「きゃ……息! 吐息くすぐったい!」
「失礼。ええとですね……」
小声で呟くとラステは「そ、そそそ、そういうこと!」と、近衛の騎士ではなく王女付きのメイドを指差した。
「へい! そこの彼女! お団子シニョンがかわいーね! おれの身体を隅々までまさぐらない? 今なら柔肌すべすべな所までおさわりオッケーだぜ!」
指名されたエプロンドレスのメイドは目を丸くした。俺はそれとなく女性を指名してボディーチェックしてもらえとは言ったのに、どうしてそうなるラステ君や。
性格はアレなラステだが、その顔はあどけない少年らしさを残しつつも美少年である。
困惑するメイドに騎士が嘆息混じりに頷いた。
若いメイドにラステは頭の先からつま先に至るまで、隅々チェックを受ける。
特に問題が無かったことをメイドは騎士に目配せと会釈で伝えた。
騎士が俺に告げる。
「ど、どうぞ。お入りください」
「行きますよラステ君」
「もっと触ってくれてもいいんだぜ!」
玄関先からきびすを返して、俺はラステのローブの首根っこを掴むと、少々荒々しく引っ張った。
そんな俺たちの姿を、建物二階の小窓から見下ろす視線に気づきながら。
サロンは調度品も落ち着いた物で統一されており、金銀細工など豪勢さで言えば馬車の方が華美に思えるくらいだった。
内装も洗練されていて、森の静かなたたずまいにマッチしている。
大きな窓から、広がる湖を一望できた。
そんな窓から後光を浴びた少女の姿は、どことなく神々しさすら感じられる。
透き通る金髪。白い肌。青い瞳は深い海のようだ。おっとりとした優しい眼差しは実物の方が慈愛に満ちていた。
ドレス姿の胸元は開放的で、寄せてあげた谷間が女性らしさを感じさせる。
ゆっくりと俺に頭を下げる第十三王女――クラウディア。
「この度は遠路はるばる、ようこそいらしてくださいました」
前に屈めばゆっさりと胸も下を向き、たわわに揺れる果実のようだ。
なぜかラステは俺の尻をぎゅっとつねった。
「きっとなにかトリックがあるに違いないわ」
口調がステラに戻ってますよ魔王様。
しかし、王族だというのに先に頭を下げられてしまっては、むしろこちらの立つ瀬が無い。
「どうか頭をお上げください。この度はお招きいただき光栄の極みにございます」
そっとこちらも頭を下げて、ついでに隣の生意気な赤毛の少年の後頭部も掴んで、ぐいっと頭を下げさせる。
すると、王女は少しだけ愉快そうに笑った。
「ふふ……お二人とも大変仲がよろしいのですね……あっ……初対面なのに笑ってしまうだなんて、とんだご無礼を。失礼いたしましたわ。そのようにかしこまらず、そちらも顔を上げてください」
正直な感想を述べれば、王女は大変感じの良い人物だ。物腰は柔らかく、威圧感は欠片もない。それでいて、気品の高さに由来するのだろうか、動じたり慌てたりしない余裕を感じた。
是非、魔王様にも身につけていただきたいものだ。
「ちょ、ちょっとセイぱいせんさー! 頭くらい自分で下げるってば!」
頭を上げるなり、ラステは俺に向けて口を尖らせた。
魔王ステラが持っていないもの。気品、品格、余裕、優雅、清廉、洗練、見習うべきところは一つ二つではなく、なによりも胸囲が足りない。
王女の視線は俺ではなく、じっとラステに向けられていた。
「ご紹介が遅れました。本日、私の付き添いとして細々とした雑用などをさせるため、彼に来てもらった次第です。さあ、自己紹介を。くれぐれも失礼の無いように」
ラステは腰に手を当て胸を張る。
「おれはラステ! 次期幹部候補の若手優秀神官見習いだぜ! その有能さを買われて、辺境送りにされたとはいえ一応大神官の称号を持つセイクリッドぱいせんの、専属アシスタントをしてるってわけ。いやー優秀優秀! たぶんなんだけど、ぱいせんの持つ最年少大神官の記録は、おれが塗り替えちゃうと思うんだよねー。そこんとこよろしくッ!」
王女は一度驚いたように目を皿にしたが、すぐにニッコリ微笑み返した。
「将来がとっても楽しみですね。セイクリッド様の眼鏡にかなうだなんて、それだけでも素晴らしいことなのに、さらに夢に向けて邁進なされるだなんて、憧れてしまいます」
途端にラステが視線を背けた。
「どうしましたラステ君?」
「な、なんか……眩しすぎて直視できない」
王女は「あら、ちょっと日射しが強くなってきたのかしら」と、大きな窓にレースのカーテンをして、再び俺とラステに告げる。
「今日はとても楽しい一日になりそう。すぐにお茶をご用意しますね」
「王女様の手を煩わせるわけにはまいりません。ここは私が……」
キッチンに向かおうとする王女につい手を伸ばす。と、彼女が立ち止まり振り返って俺の手をそっと両手で包むように握った。
「お二人はお客様ですもの。それに初めてのお台所では、どこに何があるかもわからないでしょう。あの……この部屋の中だけですけど、わたしのことを王女ではなく、友人の一人と思っていただけると……とっても嬉しいです」
ラステの自由すぎる振る舞いに緊張がほぐれたのかクラウディアの口振りも率直なものになる。
とはいえ、彼女にやらせてしまっていいのだろうか。
高貴な立場の人間なのだから、お茶の支度もメイドにやらせるのが普通だろうに。
王女は続けた。
「今日はお食事も、僭越ながらご用意させていただきますね。お疲れでしょうから、ソファーでおくつろぎください」
ラステが目を白黒させた。
「ま、まさか王女様……自ら!? そういうのって下々の者にやらせるもんでしょ王族的に考えてッ!?」
珍しく魔王様と意見が一致したな。
俺の手を離して膝頭をこするようにしながら、クラウディアは恥ずかしそうに頬を赤らめ視線を足下に向けた。
「昔からお料理やお菓子作りは大好きで……王族らしくないと兄や父は仰るのですが……わたしもラステさんのような自信と勇気が持てたらいいなと思います」
先ほどから俺よりも、王女の視線はラステに吸い寄せられがちだ。
「ど、どどど、どうせ黒焦げクッキーとか作ってるんだろ?」
激しく動揺しながら王族を指差す見習い神官。不敬罪上等の挑戦者に対して、王女は「最初はいっぱい失敗しました」と、正直に回答した。
「ふ~ん。それじゃあ一丁、見せてもらおうじゃありませんかね! 王女様の実力ってやつを!」
死亡フラグっぽい。小物のセリフ感満載だな魔王様。
そして――お茶の準備が整い、談話室でソファーに身体を沈めて紅茶と焼き菓子を囲むこととなった。
クラウディアが俺とラステをもてなすために淹れた紅茶は味も香りも温度も完璧で、出された手作りの焼き菓子も、まるで王都の菓子店顔負けだ。
打ちのめされたラステを「あの、お口に合いませんでしたか?」と、心配する王女様の優しさが、さらに魔王を敗北感の泥沼に沈める様は、見ているこちらが気の毒になるほどである。
しかし、このような麗しい淑女が、なぜ神官の俺と縁組みなどされたのだろう。
紅茶の美味しさはハッキリとわかるのに、その一点が謎のままだった。




