着いていくこと子アヒルの如し
何度事情を説明してみても、ステラは着いて来るの一点張りである。
聖堂の長椅子に腰掛けて足を組むと、赤い髪をたくし上げるようにして、ふわりとフローラルな香りを漂わせながら少女は口を尖らせた。
「だいたい、ヨハネちゃんが婚約でもなんでもすればいいじゃない! 順番的にはお姉ちゃんが先でしょ?」
「教皇という立場上、それはできませんから」
「そうなの?」
「そういうものなのですよ」
ステラは腕組みするとうつむき気味になって「うう~! ちゃんと説明して!」と唸った。
美味しいお茶と紅茶以外では、テコでも動かないという気迫である。
「あたしだって魔王城の秘密とか、いっぱい教えてあげたでしょ! 公平に情報開示を要求するわ」
「こちらから魔王城の秘密を知りたいと申し出た訳ではありませんが……仕方ないですね」
収まりそうもない魔王様に、俺はしぶしぶ説明した。
教会の最高位につく者は、神と結ばれた存在とも言える。
特定の愛する人ができてしまうと、もはや平等ではいられない。
だから教皇はその身も心も魂も、大神樹と光の神に捧げるために孤独なのだ。
ステラがゴクリとつばを呑み込んだ。
「じゃ、じゃあ……ヨハネちゃんはずっと独りぼっちなわけ?」
「周囲に誰もいないわけではありませんから、寂しいということもないでしょう。こうして“最後の教会”にも顔を出すようなりましたし」
「ふーん……けど、アレはゴーレムなんでしょ。家族と会えないなんてやっぱり寂しいわね。もし、あたしがニーナと会えなくなったら……会えなくなったら……ううぅ」
ステラはルビーの瞳に涙をにじませた。光と闇、正反対の立ち位置とはいえ頂点に立つ者同士、通じ合うものがあるのかもしれない。
「私の姉を心配してくださって、感謝の言葉もございません」
「教皇なんて辞めちゃえばいいじゃない」
「そうもいかないのですよ」
任期は公務ができなくなるまで。たとえば、突然、魔法力を失ってしまったり、不慮の事故に遭った場合など。
神の御許に召された場合も公務不能に該当する。
仮になんらかの理由でヨハネが退位し、彼女が後継者を指名しなかった場合には、教皇庁は大荒れに荒れるだろう。
魔族に対する強硬派の代表が教皇に選ばれようものなら、長らく続いた“なあなあな平和”が終わるかもしれない。
といった事からも、ヨハネにはこれからも末永く教皇でいてほしいのである。
俺の説明を聞き終えて、ステラは眉尻を下げながら「なんか人間って面倒くさいわね」と、興味を無くしつつあった。
お前が質問したから回答したのに、なんて態度だ。
「まあ、様々な重責を独り背負っておられる教皇聖下の頼みですから、無碍にもできないというわけです」
お見合いに話を戻すと、赤毛の少女はガバッと勢い良く長椅子から立ち上がった。
「そうそうそれよ! 重要なのはセイクリッドのことだったわ! 危うく騙されるところだったわね」
神に誓って騙すようなことは一言とて口にしていない。
「はて、騙すなどとは人聞きの悪い」
「惚けても無駄よ。あたしが付き添いでついていってあげるわ。もし、勝手に一人でお見合いに行ったら、ニーナやベリアルにあることないこと言いつけてやるんだから! セイクリッドはあたしたちを捨てて人間の女の子にうつつを抜かす、悪魔神官の風上にも置けない悪い人間になったって!」
「悪魔神官は悪いものではないのでしょうか? それに人間が人間とお付き合いするのは、普通の事かと」
「じゃあなによ! 魔王やその妹と付き合うのは駄目で、人間の王族とお付き合いするのはいいってわけ!?」
この娘は何を言っているのだろう。重ね重ね、その通りとしか返しようがない。
「いったい何が心配で着いて来ると仰るのですか?」
「だ、だって……いい人かどうかわからないでしょ? セイクリッドって女の人の気持ちとかに鈍感だから、猫かぶった王女様なんかだったら、コロッと騙されて手玉にとられて一生働かないでグータラできる堕落の極みのようなぬるま湯生活に陥る可能性が高いじゃない」
夢のような暮らしぶりだ。そのままエンドマークをつけてしまいたい。
「人を見る目はステラさんよりあると思いますよ。積んできた人生経験が違いますし」
「むー! だったらなんで気づいてくれな……なんでもないわよ! ともかく行くったら行くの。たとえそれが、どんなに険しい場所だとしても!」
いったいどんな場所で会うのを想定しているのだろうか。
場所は王家所有の山荘だ。
豊かな緑の森に守られた湖畔にあるという、静かな保養地である。
「険しいもなにも山荘ですよ」
「なら、警備も王宮に飛び込むよりはゆるゆるでしょうね。擬態魔法で人間に化ければ余裕じゃない? 愚民どもの節穴のような目には、恐ろしい魔王も可憐な美少女にしか映らないでしょうね」
俺はコホンと咳払いを挟む。
「警備に関しては聖騎士の称号を持つ屈強な近衛が、百人単位で護衛に当たるそうです。ちなみに一聖騎士はそうですね……百アコさんくらいの強さでしょうか」
勇者は戦闘力の単位にクラスチェンジした。本人のあずかり知らぬところで。
魔王は赤毛をブンブン振るう。
「たいしたことないじゃない! 聖騎士の百人がなんぼのもんよ! みんなまとめて吹き飛ばしてあげるんだから!」
「倒してどうするのですか?」
「え、えっと……護衛を倒したらぁ……魔王らしく王女様を誘拐しちゃう……とか?」
両手の人差し指を胸元でツンツンさせて、ステラは凹んだように頭を垂れた。
「それからどうします?」
「ど、どうって……どうしよぉ」
ステラの父親――先代魔王も同じようなノリでニーナの母親を攫っていったのだろうか。誘拐大好きすぎるだろう魔王一族。
後先考えないあたり、ステラは捨て犬とか捨て猫とか捨て大神官とか、際限なく拾ってきてしまう性格なのかもしれない。
いや、俺は教皇庁から派遣されたのであって、廃棄されたわけではないのだが。
「ともかくご遠慮ください。これは私の問題です。魔王様のお手を煩わせるようなことではございません」
赤い瞳が俺をにらみつける。
「やだやだやだー! あたしも行くのー! メイドになって付き添ってあげるからー!」
「教会関係者以外の同伴者というのは……」
「だったらシスターに変装するわ! 幸い、メイドでもシスターでも服の型紙は、ぴーちゃんから教われば自作できるし」
しまったこの魔王、裁縫スキルMAXだった。
仕方あるまい。少々言いにくいことだが、断るには避けて通れない言い分で引導を渡すとしよう。
「いいですかステラさん。今回は王族に会うというだけでなく、相手は王女様なのです」
いつになく真面目な口振りで告げると、ステラはたじろぎながら半歩下がった。
「し、知ってるわよそれくらい」
踏み込んで距離を詰め、彼女の顔をのぞき込みながら俺は言う。
「場合によっては、私の伴侶になるかもしれない方です。そんな女性と会うのに、どうして貴方のような少女を連れていけましょう。先方に入らぬ心配をかけ、あらぬ不興を買うことにもなりかねないのです」
ステラは涙目で俺を睨み返す。
「女の子と二人で会うのに、あたしは邪魔者って言いたいのね!?」
「ご推察の通りです」
ステラはくるんと俺に背を向けて、赤いカーペットを走り出した。
「セイクリッドのばかああああああああああああああああああああああ!」
甲高い罵声を聖堂の天井に響かせて、少女は荒々しく正面口の扉を開くと、叩きつけるように閉めて魔王城に帰っていった。
邪魔者とは言い過ぎだが、ともかくトラブルの原因は排除して事に望みたいのだ。
ともあれ、これで諦めてくれればいいのだが――
そんな淡い期待は五分もしないうちに溶けて消えた。
「いやー久しぶりッスねーセイクリッドぱいせ~ん! 今度なんでも王女様にカチコミかけるって聞いて、いてもたってもいられないみたいな? 自分も同伴していいッスか?」
赤毛の少年がどこで仕入れてきたのか、見習い神官服姿で颯爽と“最後の教会”の聖堂に乗り込んできたのだった。
ラステ君、まさかの 緊 急 登 板 である。




