聖下、再び
聖堂で独り神に祈りを捧げていると、いつものごとく大神樹の芽が光り輝いた。
蘇生を求める魂ではなく、どうやら教皇庁から“転送”されてきたもののようだ。
光は人の形に集まると、赤いカーペットの上に美しい彫像のような女性の姿となって現れる。
最上級を意味する純白に金縁の聖衣に身を包んだ教皇――の、ゴーレムである。
「セイくんさぁ。ちゃんとおつとめしてるぅ?」
いきなり馴れ馴れしいのだが、このゴーレム素体を遠隔操作しているのは何を隠そう、俺の姉君であった。
そっと跪いて頭を垂れる。
「教皇聖下におかれましては、このような辺境に玉体お運びなされま……」
「カタッ苦しいのはいいから、ちょっとねえセイくんに相談があるんだけど。ほらほら立って! 顔上げなきゃ見られないでしょ?」
聖衣の下からヨハネは一枚のファイルを取り出した。開くと中に金髪に青い瞳のしとやかそうな少女が、そっと椅子に座ってこちらに微笑みかける姿が写されていた。
「写真集作れちゃうような美少女よねぇ」
ヨハネは自慢げに笑ってみせる。いったいどこのご令嬢だろうか。
整った気品のある顔立ちだ。大きな瞳はやや垂れ気味で、どことなくおっとりとした印象を受けた。母性的というか女性的というべきか、この“最後の教会”に訪れるどの女性たちにもない、品の良い包容力と柔和さを感じさせる。
が、相応に幼さも覚えた。年の頃なら15、16歳といったところか。ステラやアコたちと同じくらいだろうに、百合の花のようなしおらしさから年齢以上の大人な印象だ。
「こちらの淑女がどうなさったのでしょう?」
教皇は俺の胸にファイルをぐいっと押しつけると、やれやれといった顔で告げる。
「どうもこうもないわよ。本当にセイくんって王宮に興味ゼロなのね。第十三王女のクラウディアちゃんよ」
「それは失礼いたしました」
俺は姉ではなく、写真の人物にそっと頭を下げる。
するとヨハネはうんうん頷いた。
「さっそく写真相手に尻に敷かれちゃうなんて、本当にドMなんだから。それじゃあ! 結婚……いってみっか?」
「はい?」
「良かったじゃないのセイくんさぁ。王族の仲間入りよ?」
「私の理解力が足りないのでしょうか。聖下の仰っていることの意味が、今一つわかりかねるのですが」
俺の隣に立って肩をポンポン叩くと、ヨハネは「だーかーらー!」と前置きしてから口元を緩ませる。
「セイくんとクラウディアちゃんが結婚するの! 挙式は教皇庁でズバッ! と大々的にやってあげるから、全部ヨハネにお任せよん♪ 式の日取りが決まったら、盛大に説法でアゲアゲなセレモニーにしてあげるから!」
「また勝手に約束を交わしましたね……姉上」
「どうして不機嫌なのよ? もしかして、他に好きな女の子とかいたりしちゃうの?」
イタズラっぽく笑う教皇だが、こちらとしては一向に笑えない。
「仮にもし、婚礼などということになった場合、この過酷な“最後の教会”の任務は誰がこなすというのですか?」
「ん~なんで急にそういうこと言い出すかなぁ。ここに任地が決まった時とか、あんまり乗り気じゃなかったクセに。っていうか人事権はヨハネが持ってるんだから、適当に引き上げてもらっちゃっていいわよ。ほら、開発部の記憶水晶だっけ? あれをおいて置けば問題ないんだし」
ヨハネは銀髪を指でつまむようにしていじりながら、青い瞳でじっと俺を見据える。
「今さら王族と縁戚関係にならずとも、十分な権力をお持ちでしょうに」
「ヨハネは心配なだけなの。セイくんってほら、アレじゃない……世間様にはちょっと言えないっていうかもう、ぶっちゃけロリのコンでしょう?」
「何を根拠にそのような……誤解があったことを誠に遺憾に存じます」
教皇は人差し指を立てて「チッチッチ!」と左右に振った。
「ニーナちゃんのこと好きすぎるの、見ているこっちがハラハラするんだから! だからセイくんは早く身を固めて、自分の娘を溺愛するような素敵なパパになるんだよぉ!」
語尾が完全に脅迫です本当にありがとうございました。
眉一つ動かさず、俺は即答する。
「お断りいたします」
「ヨハネの言うこと聞けないって言うわけ?」
「これ以上、私を左遷しようにも行かせる先もないでしょうし。まさか教皇聖下ともあろうお方が、清廉潔白の大神官を罰することなどあるでしょうか」
教皇は腕組みをして首を傾げる。
「ん~~セイくんさぁ……これは教皇からっていうよりは、家族として姉として言ってるんだよねぇ。まあ、自由恋愛には賛成よ。好きな人と結ばれるべきだと思うの。だけど犯罪は良くないわ。セイくんが早まったことをする前に、未然に犯罪の芽を摘むのも姉の使命だと思うわけ」
今回はずいぶんと食い下がるな姉君よ。
「そもそも婚姻などは相手あってのことです」
「それなら大丈夫! クラウディアちゃんはとーっても良い子よ! セイくんのことに興味しんしんみたい。最も危険な前線で教会を守る信仰の守護者様って。あははは! セイくんやるじゃないの! この天然ジゴロ神官! スケベ人間! 女ったらし! ロリコン!」
おい殺すぞ……おっと、つい本音が口から暴発しそうになった。目を丸くして教皇は締めくくる。
「早く甥っ子か姪っ子を抱っこしてあげたいわぁ。もう祝福しまくっちゃうんだから! 良い名前も贈るし、チューだってしちゃうし!」
実に気の早いことだ。
とはいえなるほど、相手は俺の噂などを人づてにしか聞いていないようだ。実像は小さいのに、大きくなった影を見ているに過ぎない。
この影は大きければ大きいほど、実際に会った時の違いに落胆するものと相場が決まっている。
「わかりました」
「じゃあ、さっそく式の準備にかかりましょう!」
ゴーレムの馬鹿力な腕が、俺の右手首を折る勢いで掴みかかってきた。
「お待ちください。性急すぎます。人間同士なのですから、まずは会って話してみないことには……」
スッと俺の右手を解放して、ヨハネはパンッと胸の前で手を打った。
なにやら錬金術でも発動しそうな動作だが、次に彼女が口走ったのは、ある意味こちらの思惑通りというべきか。
いや、もしかしたら俺は乗せられてしまったのかもしれない。
最初に無茶な要求をしておいて、こちらに敢えて妥協案を提示させるのだ。
誰に似たのか。こういうところは姉弟だと、我ながら思う。
「じゃあまずはお見合いね! セッティングは任せてバシッとやるから! それじゃあ覚悟しておきなさいよ! アディオース!」
ヨハネは実に満足そうな笑みを浮かべて、転送でゴーレム素体を教皇庁に戻すのだった。
騒がしい姉の来訪から解放されて、ホッと俺が安堵したのもつかの間――
聖堂の正面口の扉が少しだけ開いており、赤い瞳がじーっと俺を見つめていた。
魔王ステラその人である。きっと彼女はこう言うのだろう。
「話は聞かせてもらったわ! あたしもその“お見合い”とかいうのに同行させなさい!」
――と。




