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年会費無料の罠

 ある日のこと、魔王ステラが妹君を引き連れて、いつものように“最後の教会”へとやってきた。


「おはようセイクリッド! 今朝も暇そうね」


「おはようございますセイおにーちゃ!」


 腕組みして高低差の少ない平原のような胸を張る魔王の隣で、金髪碧眼の幼女はちょこんとお辞儀をした。


 すると、ニーナの胸元で小さな紐付きの小袋が揺れた。財布にしては薄っぺらく、コインを六枚長方形に並べたくらいの大きさだ。


 講壇に立ち聖典を小脇に抱えて、俺も小さく会釈する。


「おはようございますステラさん、ニーナさん。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 するとステラがニンマリ口元を緩ませて、俺に手もみしながら近づいてきた。


「今日は暇を持て余している大神官の方だけに、特別なサービスをご用意してあげたのよ」


「あげたのですー」


 若干、ニーナの口振りが棒読み気味なところをみるに、どうやらステラに言わされているらしい。


「いえ、結構ですのでお引き取りください」


 講壇に上がるとステラは俺に肩を並べるようにしてひっついてきた。


「そう言わないで、まずは話だけでも訊いてみてよ?」


「みてほしいのですー」


 俺が断ることも想定済みのようだな。レベル80以上の勇者の来訪を待つ司祭もヒマなら、それを迎え撃つ魔王もヒマらしい。


 このまま断り続けて持久戦を待つのは得策ではないかもしれない。


「わかりました。お話をうかがいましょう」


 ステラは俺の腕を抱くようにして講壇から引きずり下ろす。


 ああ、もう少し谷間があれば危うく挟まれていたところだ。


「そうこなくっちゃ! それじゃあ、あちらに部屋を用意してあるので、座ってゆっくりお話させてね」


 魔王が指差したのは俺の私室のドアである。抗議しようとすると――


 ステラがニーナにアイコンタクトを送り、ニーナは「はっ!」とした顔をしてから、ステラとは反対側の俺の手を両手で包むように握った。


「お話させてねなのー」


 魔王姉妹に完全拘束された大神官の運命やいかに。




 目が覚めて頭が回るように、今朝は紅茶にベリーのジャムを加えて二人に振る舞った。


「おねーちゃ紅茶美味しいね」


「とっても美味しい! セイクリッドでかしたわね。うんうん……これこれ!」


 テーブルについてニーナは嬉しそうに目を細め、ステラは少々鼻息荒く天板に上半身を乗り出して俺に迫った。


「セイクリッドは普段はいじわるだけど、時々優しくしてくれるじゃない?」


「いつだって私は優しいですよ」


 むしろ生やさしいというか生ぬるいというか、きちんと距離をおきつつご近所付き合いをしているという自負がある。


 ステラはビシッと俺の顔を指さした。


「その優しさを視覚化することに、我が魔王軍はついに成功したのよ」


「はぁ……」


 つい、素っ気ない声が出る。


 ニーナが首にかけている小さな小袋から一枚のカードを取り出した。


 厚紙でできたカードは二枚貝のように折られていて、開くと枠線で升目が二十個ほど並んでいた。


「なんでしょうこれは」


 ステラがエヘンと胸を張る。


「これがMポイントカードよ」


「はぁ……」


「さっきから気のない返事ばっかりね。これは魔王が配下のモノの功績を認めた時に、血の印影によって空白を埋めるものなの。その功績に応じてスタンプも増えるわよ」


 ステラはいつのまにか、小さな判子スタンプを手にしていた。


「今日は早起きできたから、ニーナに一つしてあげるわね!」


 すると幼女が今度は棒読みではなく、普通に両手を万歳させた。


「わーいわーい! おねーちゃのぺったんこだー!」


 幼女様、それ以上いけない。


 ステラの顔が耳まで赤くなった。


「ぺ、ぺぺぺぺったんこじゃないわよ印影よ! い ん え い! はい、よくできました」


 魔法でもかかっているのか、カードの枠に判子を乗せると、赤い紋様が綺麗に浮かび上がった。


 幼年時代、夏期休暇に早朝体操に参加するともらえるスタンプのようだ。


 ニーナは喜んでいるようなのでいいのだが、まさかそれを俺にも強要するつもりだろうか。


 俺の顔をじっと見つめて魔王は言う。


「そう、そのまさかよ!」


 ついに俺の内心を看破するまでに至った魔王だが、ならばこちらの考えもくみ取れるに違いない。


 なのにステラは付け加えた。


「ぴーちゃんだってベリアルだって、ハーピーも会員登録したのに、まさかセイクリッドが登録しないわけないわよね?」


 わかっていて訊いているなら強引であり、わかっていなくて訊いていたのなら傲慢だ。


 さすが魔王様というべきかなんというか。


「私はあくまで教会に所属する大神官ですから、立場上そういったスタンプ集めをするわけにはまいりません」


 ニーナが俺の顔をじーっと見つめた。


「おにーちゃ、ステラおねーちゃのぺったんこしないの?」


 哀しげな瞳、止めてくれその技は俺に効く。


「ええとですね……そう、そのスタンプというのはつまり、魔王軍にどれほど有益な行動をできたかという類いのものですよね?」


 赤毛の少女は「うんうん」と二度、うなずく。


「その通りよ」


「集めると何かメリットがあるのでしょうか?」


「もちろん! 五ポイントごとに褒めてあげるわ。十ポイントで頭撫で撫で。十五ポイントまでいくとハグね! 満足するまでギューってしてあげる。それで二十ポイント集めるとなんと……あたしがマッサージしてあげちゃうのよ!」


 Mポイントカードではなく、肩たたき券デラックスと名称を変えるべきだ。


「もっと魔王らしい、邪悪な呪いのサービスなどないのですか?」


「え? あ……こ、これは秘密なんだけど二十ポイント溜めたカードを五枚揃えると……」


 ステラがモジモジと膝を擦るようにして尻尾を揺らす。


「揃えるとどうなるのでしょう?」


 古の破滅の魔人が復活して、どのような戦いであろうと勝利を確定する……ということではないようだ。


「猫の姿になった魔王様を一日モフリ倒せるのよ!」


「はあ……」


「な、なによー! 他にあたしに何ができるっていうのよ!? 魔王って言っても女の子なのよ? できることにも限度があるんだから! 破壊!? 爆発魔法!? そういうのはポイント溜めなくても使ってあげるしいいじゃないの!」


 逆ギレである。


 ニーナが「おねーちゃよしよし」と、落ちこむステラの頭を撫でた。そんなニーナの優しさに触れて、ステラが幼女のカードにもう一つスタンプを捺す。


 このままだと幼女は今日中にポイントカード一枚カンストする勢いだ。


「特にデメリットもありませんが、メリットもないので辞退いたしますね」


 ステラが口を尖らせた。


「むぅぅ……ニーナを連れてくれば100%加入すると思ったのに……いいわよセイクリッド! シェアを拡大してセイクリッドだけ加入してない状態にしたら、さすがに持ちたくなるでしょ!」


 魔王が言ったそばから聖堂の方が騒がしくなった。




『おはよーセイクリッド! ボクら死んだよ!』


『モーニングオブザデッドであります!』




 聖堂に戻った俺がアコとカノンを蘇生させるやいなや、魔王の勧誘が始まったのは言うまでも無い。


 そして――


「ニーナちゃんが入ってるなら、もちろんボクも加入するよMポイントカード会員!」


「自分も参加するであります。けど、目指すは猫モフモフでありますよ!」


 MポイントのMが魔王のMだとつゆ知らず、ステラの正体を隠した外部向けセールストークに勇者も神官見習いも、コロッと転げてしまうのだった。


 二人にカードを渡すと再びステラが俺に迫る。


「さあ! 諦めてセイクリッドも加入しなさい!」


 アコとカノンも「そうしなよ」やら「みんなで入るであります」と、外堀を埋めてくる。


 最後はニーナの「おにーちゃだけ仲間はずれはよくないからぁ」の一言に――


「わかりました。ご自由に」


 ニコニコ顔のステラから厚紙で作られたカードを受け取った。


 ちなみにカードの有効期限は無いらしい。


 飽きっぽいステラのことだから、そう長く続く遊びではないだろうが、しばらく何かするたびにポイントが加算されるかもしれないな。

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