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深淵門みんなでくぐれば怖くない

 ステラが玉座に向き直り、祈るように言葉を並べる。


「無限なる深淵より我が願いに応じて目覚め、顕現けんげんせよ誇り高き闇の眷属……封印されし力、今こそ解き放たん! 召喚サモンッ!!」


 魔王の玉座から闇のオーラが立ち上り、二つに分かたれて人の姿を形取った。


 一つは白目が黒く、赤い瞳をした青白い角の長身の魔族。整った顔立ちだが憎らしげに俺たちを睨む。


 もう一つは豚顔で、右目に眼帯アイパッチをし、左手がかぎ爪の巨漢だ。


「我が眠りを覚ました代償は高くつくぞ……」


「せっかくラヴィぴっぴとのあま~い夢を見てたのに、起こすなんてひどいぷぎー!」


 氷牙皇帝アイスバーンと海賊船長ピッグミーだ。


 二人は揃ってステラに視線を集めた。


「おや……チンチクリン魔王ではないか。ついに己の非力さを自覚して、玉座を我に禅譲するつもりになったようだな」


「爆裂小娘魔王が、今さらなんの用だぷぎー!」


 俺は光の撲殺剣を抜き払うと、ステラの後ろでゆっくり素振りを始める。


 アイスバーンが青ざめた。


「え、ええと、本日はどのようなご用件でしょうか魔王様」


「な、ななななんでも相談するといいぷぎーよ! オレぴっぴを倒した魔王ぴっぴには、一定の評価をしてるぷぎー」


 俺とステラの背後では、さらに深淵門アビスゲートが巨大化しつつある。まもなく天井に球体が触れて、玉座まで呑み込む勢いだ。


 と、アイスバーンとピッグミーがお互いの顔を見合わせた。


「ほほぅ。貴様は我の後輩だな? 我は氷牙皇帝アイスバーン。頂点にして絶対零度の支配者よ」


「先に魔王ぴっぴに倒されたってことは、そっちの方が雑魚ぷぎーな! オレぴっぴはピッグミーぷぎー! 自由と略奪を愛する砂漠の烈風シムーンだぷぎー」


 二人して魔王の玉座に封じられている間に、自分につけるキャッチコピー作りに余念がないようだ。


 言葉の名刺交換を終えたところで、アイスバーンがニヤリとわらう。


「良かろう。どちらが上か、この場で決めようではないか」


「気が合うぷぎーね。叩き潰してやるぷぎーよ!」


 アイスバーンが両手に氷結系の魔法力をまとわせ、ピッグミーの上半身がズンッと肥大化した。


 ステラが吼える。


「ケンカしてる場合じゃないのよ! どっちが上かは活躍次第で決めてあげるから、あたしの言うことを聞きなさい!」


 アイスバーンが魔法力を雲散霧消させた。


「命拾いしたな豚骨豚野郎。どれ、小娘……話してみるがいい」


 ピッグミーも「ぐふふ、弱いヒョロガリほどよく吼えるぷぎー」と嗤う。


 この二人は魔王ステラに敗れて軍門に降った元魔王候補だ。


 倒されて力を失ったとはいえ、上級魔族には変わりない。その高い能力を鉄砲玉にできるという観点からも、前人未踏の地へと向かうのにうってつけと言えるだろう。


 ステラが命じる。


「二人のうち、どっちでもいいから深淵門に突っ込んでいってちょうだい! ちゃんと帰ってこられたら、あたしが頭を撫でてあげるわ」


 アイスバーンが豚顔をにらみつけた。


「良かったな。貴様の出番だぞ」


「おまえが行くぷぎー。やれっていうやつがまずはやってみせるぷぎーよ」


「ふむ、そういうことであれば命じた魔王ステラが行くべきだ! さあ行くがいい魔王よ!」


 全員偉そうにふんぞり返るばかりで、話がまとまらない。


 ここは俺が助け船を出そう。でなければ、放っておいても部屋ごと黒い球体に呑み込まれるだけだ。


 そっとステラに耳打ちした。


「ひゃっ! ちょ、ちょっと鼻息がくすぐったいのだけど?」


「それは失礼。ええと……ごにょごにょ」


 俺のアドバイスを受けると、ステラは元魔王候補二名に告げる。


「じゃあここは一つ、公平にじゃんけんで決めましょう」


 アイスバーンが口元を緩ませる。


「良かろう。運も実力のうちというからな。我が貴様に勝利した時、それすなわち下克上の時なり」


「魔王ぴっぴがどうしてもって言うならOKぷぎー」


 赤毛の少女はピンッと人差し指を立てた。


「そのかわり二人はグーとチョキ禁止ね。はい、出さなきゃまけよーじゃんけんぽん!」


 ハッとした顔でアイスバーンとピッグミーは、揃ってパーを出す。


 ステラはチョキで、その背後に立つ俺もチョキを自分の目に沿わせるように裏返して全員に見せる。


 とっさにじゃんけんをした場合、パーを出す確率は高い。


 アイスバーンが吼えた。


「ひ、卑怯だぞ! 純真無垢な小娘の魔王に大人の悪しき入れ知恵などッ!」


 ピッグミーも鼻息を荒くした。


「ぶひひひん! ずるいぷぎー! 今のはノーカンぷぎーよ!」


 俺はピースをアイラインに添えたまま、二人をそれぞれ見据える。


「今、もう一度死ぬのと生きて戻れる可能性がある選択の、どちらを選びますか?」


 アイスバーンとピッグミーはお互いに顔を見合わせた。


「ここは我と貴様で大神官を倒すべきだ。さあ、お先にどうぞ砂漠の烈風さん」


「いやいや、そこは譲るぷぎーよ。譲り合いは大事ぷぎー。ささ、氷牙皇帝陛下」


 らちが明かないため、俺は元魔王候補の背後に回り込むと――


「とっとと行ってみてください」


 丸太サイズに巨大化させた光の撲殺剣で、二人の背中をどつき……ぐっと押した。


 そう、あと一歩踏み出せない人を後押しするのも、大神官の務めなのだ。


「やめろきさまなにをすr……」


「おまえも道連れぷぎー! みんなで不幸になるぷぎーよ!」


 氷牙皇帝の身体は深淵門に押し込まれたのだが、ピッグミーが俺の丸太な撲殺剣を脇に抱えて引っ張り込んだ。


 予想外の行動に一瞬、反応が遅れる。俺も前へと押し込もうとしていたのもあって、するりと身体が闇に呑み込まれた。


 つい、腕を伸ばしてしまったのが運の尽き――


「セイクリッド待って!」


 その手を掴んでステラも深淵門に飛び込んでしまった。


 地面の感触が消えて、俺たちは落ちて行く。墜ちて行く。堕ちて行く。


 ステラの身体を呑み込んだところで、床に描かれた魔法陣は光を失い、蛇のようにのたうっていた漆黒の稲妻も消え去る。


 門は閉ざされ、誰もいなくなった玉座の間がシンと静まり返ったのを、落下する俺たちは知るよしもなかった。

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