コーヒーブレイク
ある日の午後――
ステラが聖堂にやってきた。ニーナがお昼寝してしまい退屈なのだというので、お茶でも出そうと思ったのだが……。
「おや、買い置きの茶葉を切らしてしまいましたね」
お湯を沸かしていた後で、発覚したのも間が悪い。
私室のテーブルについて、ステラが頬杖をついて俺に告げる。
「せっかく遊びにきてあげたのに、この教会はお茶も出ないのかしら?」
「お湯でよろしいですか?」
ステラは立ち上がったかと思うと、俺のベッドに背中からどさっと倒れ込んで、その場で手足をジタバタさせた。
「やだやだやだやだー! お茶かコーヒーか甘い果汁かシュワシュワしたのが飲みたいー!」
ダイナミック駄々っ子な魔王に俺は溜息をつく。
「仕方ありませんね。そうだ王都にでも向かいましょう」
赤毛の少女はベッドから跳ね起きて尻尾をブンブン左右に振った。
「お茶とお菓子を買いに行くの!?」
「茶葉を買うついでに、たまにはオープンテラスのカフェでお茶でもいかがでしょう」
うんうんと何度も少女は首を縦に振る。
「いいわよ! そんなにセイクリッドが独りでカフェに入るのが恥ずかしいっていうのなら、あたしがお付き合いしてあげるわ」
任せてと言わんばかりに胸を張る少女に、俺は溜息交じりで「ぜひお願いします」と返した。
町娘風の服装に着替えたステラは、擬態魔法で角と尻尾を隠してしまえば赤い髪も美しい、ごくごく普通(?)の美少女だった。
王都の教会前に転移魔法で到着するなり、少女はハッとした顔で俺を見る。
「ねえセイクリッド。ニーナがいないわ」
「城でお休み中なのですよね。それでヒマを持て余してステラさんは教会にやってきたと、ご自分で仰ったではありませんか」
ステラはモジモジと膝をすりあわせた。
「え、えっと……ベリアルもいないし……アコとカノンもいないじゃない? ニーナもいないから当然、ぴーちゃんもいないわけで……」
「何を当たり前のことを並べ立てているのです?」
俺から視線をそらしてうつむくと、ステラは「ばか」と小声で呟いた。
「意味がわかりませんが……ともかくこちらです」
早速魔王様をカフェのある通りに案内しようとしたのだが、普段よりも人混みで街全体が混雑しているようだった。
王都に不慣れなステラが人の波に呑まれて迷子になっては困りものだ。
まあ、最悪彼女には帰還魔法があるので心配しすぎかもしれないのだが、あとで「王都に置き去りにされた! 訴訟!」なんて言われるのもやっかいだ。
「失礼します。人混みを抜けるまでこうしていましょう」
俺はステラの手をとって、彼女の半歩先を歩く。
「ちょ、ちょっと! 急にびっくりするじゃない」
「しばらくの辛抱です」
少女の小さな手がこちらの手を握り返した。
「べ、別に……嫌とかじゃないけど」
人の流れを縫うようにして、俺はステラと手を繋いだまま目的のカフェを目指す。
その間、ステラは伏し目がちで、それでも俺の手をぎゅっと握り返していた。
テラス席で、本の一冊とホットのコーヒーか紅茶があれば、幸せな時間を過ごせるとは思うのだが……今日のカフェは少々“特別”なものだった。
王都に出来たばかりのその店は、様々なコーヒーを取りそろえているというのだ。
世界中から様々なコーヒー豆を取り寄せているに違いない。
そういった店であれば、本日のオススメかブレンドを注文すれば、まずハズレを引くことはないはずだ。
店は女性客ばかりというか、男独りの利用者はおらず、テラス席から中のソファーシートまで、いつも賑わっていた。
ステラが俺の手を離れて、店の前に行くなり香ばしいコーヒーの香りに鼻をひくつかせる。
「へー。セイクリッドの事だから、てっきり紅茶のお店かと思ってたのだけど」
「たまにはコーヒーも良いではありませんか」
「お気に入りのお店なの?」
「実は、ずっと気になっていたのですが、なかなか利用する機会がなかったものでして」
世間の評判は良く、いつも賑わっているので味も問題ないだろう。
ステラは「ふーん」と、店の周囲を見渡してから、俺に告げる。
「女の人が多いけど、男の人もちらほらいるわね。あ! ……え? その……」
「どうかしましたか?」
「男の人と女の人がみんなペアだなぁ……って、偶然よね」
「実は男が一人で利用しているのを見たことがないので、今日はこうしてステラさんとともに、堂々と乗り込もうと思った次第です」
ステラの顔がみるみる赤くなる。
「そ、そそ、それって……えっと……デートみたいなんですけどぉ」
「大神官と一緒では困りますか?」
「こ、困らないわよ! けど、ふらっとお茶飲みに来たのに、なんだかイベント発生しちゃって……」
「まあ、せっかくここまで来てしまったのですから、最後までご一緒願います」
「あうぅ……もうちょっと可愛い服にすればよかったかも」
先ほどから笑ったり赤くなったり不機嫌になったりと、本日の魔王様は情緒不安定だ。
店先から店内に入ると、五分ほど列に待たされた。
王都の名店で限定スイーツを買い求めるのに比べれば、待ち時間などあっという間だ。
カウンターで注文を受ける女性の店員が愛想良く挨拶をする。
「いらっしゃいませ~♪ ご注文をおうかがいします」
瞬間――
俺もステラも凍り付いた。メニューが理解できないのだ。
隣の注文カウンターでは、常連とおぼしき女性客が呪文を唱えていた。
「グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノ」
意味不明だ。ああ、きっとクレーマー的な客か、魔法で混乱しているのか、普通に頭のおかしな客なのだろうと思ったのだが。
「かしこまりました~!」
店員に通じていた。わからない。意味がわからない。
ステラが心細そうに俺の腕を掴んで身を寄せる。
「ど、どうしよう! メニューの文字は読めるけど、何をどうしていいのかわからないわ!」
「落ち着いてくださいステラさん。こういった時こそ取り乱してはいけません。相手の思うつぼですから」
「じゃ、じゃあどうしたらいいの!?」
俺は再び、カウンターの上のメニューに視線を落とした。
コーヒーとおぼしき文字列だけでも多岐にわたる。だが、本日のオススメもブレンドも存在しなかった。
紅茶党というほどではないのだが、もう少しコーヒーについて学んでおくべきだったのかもしれない。
店員の女性は笑顔のままじっと待っている。が、振り返れば俺とステラの注文が滞ったことで、注文待ちの列が店の外まで伸びていた。
ステラが俺の身体をゆさゆさ揺らす。
「は、早くしないと迷惑な客だと思われちゃうわよ!」
「わ、わかっています。ええと……ブレンドを二つ」
店員の女性は首を傾げた。
「ドリップでよろしいでしょうか? それともプレスになさいますか? アイスでしたらコールドブリューがオススメとなっております」
呪文だ。何がどう違うのかさっぱりだった。
ステラが今にも泣き出しそうである。カフェでコーヒーを飲みに来ただけだというのに、魔王と大神官がここまで追い詰められるとは大誤算だ。
「いや、ええとですね……一番良いものを頼みます」
「当店のコーヒーはどれもお客様に満足いただけるよう、精魂込めて最高の一杯を提供させていただいております」
いや、そういうことじゃなくて。
背後の列がざわつきだして、ついに魔王様がこらえきれずに声をあげた。
「と、ともかく最強よ! あたしに見合うだけの一番強いやつを頼むわ! セイクリッドのと合わせて二つね!」
「か、かしこまりました~!」
魔王の覇気に当てられたのか、それでも店員には伝わったらしい。
――五分後。
テラス席で俺とステラは、小さな小さなカップに満たされたタールのように真っ黒な液体――エスプレッソを前に、呆然自失となるのだった。
「めっちゃ黒いんですけどぉ」
「最強とは言い得て妙です」
通常のエスプレッソの三倍の濃度で、間違いなくこの店において最強の一杯だそうな。
本日、午後のコーヒーブレイクはハートブレイクな苦い味に終わるのだった。




