※ままごとです
俺とアコの視線がぴたりと合ったところに、聖堂の扉が少しだけ開いてステラがするりと中に入ってきた。
「今日はアコとカノンも来てるのね? あ! みんなでおままごとしてるんだ」
本日は擬態魔法も使わず、普段通り尻尾を揺らして赤毛の少女は軽い足取りでやってくる。
と、講壇の上からアコが颯爽と飛び降りて、ステラの前に立った。
「ちょ、なによセイクリッドいきなりアクティブね?」
中身が入れ替わっていることに気づいているのは、俺とアコだけである。
説明しようと立ち上がったのだが、それだけで揺れる胸につい意識をとらわれてしまったところで――
俺の姿をしたアコは魔王の前に跪き、そっと手をとって、その甲に口づけをした。
「きゃ! ちょ! 急にどうしちゃったの?」
火が灯ったようにステラの頬が赤く染まる。
顔を上げてアコクリッドは赤毛の少女に告げた。
「ステラさん……私と結婚してください」
カノンが絶句し、ぴーちゃんが「ガガガガガガ!」と、処理能力を超えてしまって投影映像が乱れ硬直する。
告白されたステラも耳の先まで真っ赤だ。
ニーナだけは「わぁあ」と、驚いた顔で呟いた。
「前のお父さんがステラおねーちゃと結婚して、複雑な家庭環境なのです」
幼女だけは、ままごとの新しい設定だと思っているようである。
アコクリッドを止めなければ。俺は向き直り銀髪に青い瞳の青年の顔を指さした。
「ちょっと待ってください。その告白……異議ありッ!」
するとステラが顔を赤くしたまま、唇を震えさせて俺に訊く。
「え、えっと、もしかしてアコも……セイクリッドのこと好き……だったの?」
「いやその、そういうわけではありませんが……」
ステラは呼吸も荒く、ツインテールを振り乱すように首を左右に振った。
「口調とか、いつものお気楽なアコっぽくないわよ? そんなに真面目になるなんて……セイクリッドのこと本当は好きで好きで……だから復活地点の教会も変えないし、死ぬほど好きだから死んでまで会いに来てたのよねッ!?」
アコクリッドが俺に告げる。
「そうだったのですかアコさん。貴方の純粋なお気持ちに気づかなかったことをお許しください。しかしながら……私はステラさんを心の底から愛してしまいました。この胸に湧き上がる情熱の炎は、もはや上級氷結魔法ですら鎮火しきれないほどに燃えさかっているのです。アコさんに好きになっていただけたことは、これに勝るもののない光栄なことですが……」
言葉を濁すアコクリッドのセイクリッド口調再現ぶりは、中々のものだった。と、感心している場合じゃない。
俺は一歩踏み出しステラに迫る。
「ステラさん。まずは経緯を説明させてください」
赤毛の魔王の表情が青ざめた。
「ど、どうしちゃったのアコ? あんまりにもセイクリッドの事が好きすぎて、喋り方までそっくりに……そこまでセイクリッドの事を思ってたの?」
「違います。落ち着いてください。ええと……先ほど、アコさんが特殊な魔法の宝玉を使ったのです。何が起こるかわからない不思議なその魔法によって、アコさんと私の身体が入れ替わってしまいました。今、ステラさんに告白したのはアコさんで、私が本物のセイクリッドです」
俺は自分の胸に手を当てて恭しく一礼した。身体は変わっても大神官の身のこなしからにじみ出る品位は変わらないはずだ。
ステラは視線を床に落としてオドオドする。
「ありもしない魔法の宝玉の話をして……そんなにショックだったんだ……アコ、本当にセイクリッドのこと……好きだったんだ」
これでは俺が妄想にふけりがちな可哀想な人扱いである。
アコクリッドは立ち上がると、ステラの肩を引き寄せるように抱きしめた。
「ステラさん……いえ、これからはステラと呼ばせてもらいますね。さあ、そうと決まれば挙式しましょう。ちょうど祝福してくださる皆さんもここにいらっしゃいますし……ああ、この中にどなたか他に神官の方はいらっしゃいませんか?」
悪乗りも過ぎるのだが、ステラは身じろぐどころかアコクリッドの胸に耳をぴたりと寄せて、逃げようともしない。
カノンが俺をじっと見つめる。
「あ、アコ殿。セイクリッド殿とステラ殿はその……じゅ、純愛であります。どうか……お二人の間を取り持つことを許して欲しいであります。お互い気持ちの通じ合ったお二人を祝福できることは、見習いといえど神官冥利に尽きるでありますから!」
カノンは講壇の上に立ち、聖典を手にした。
ぴーちゃんは相変わらず硬直したままだ。
ニーナがそわそわし始めた。
「セイおにーちゃが結婚しちゃう。ニーナの元旦那様なのに……うう、なんだか胸がもやもやするかもぉ」
幼女、突然の架空寝取られに困惑。
カノンが聖典を掲げた。
「では、早速ではありますが……誓いのキスを!」
忙しい人向けの挙式にしたって、展開が早すぎる。
ステラは伏し目がちになって瞳を潤ませると「なんだか……みんなの見てる前で恥ずかしい……」と、いつものツンをどこかに置き忘れてきたかのようなおとなしさだ。
アコクリッドとステラが向き合い、二人の眼差しがお互いだけを見つめ合う。
力尽くで止めようにも、ニーナがいるので無茶はできない。
こんな時、止めに入ってくれそうなベリアルも乱入してこなかった。
「城門は堅牢なり。右よし、左よし、教会に異常なし。本日もご安全に。はぁ……昼間からお酒だけ呑んで暮らしたいものだ」
巨獣がのんびり指差し確認して、城門前であくびをしている姿が思い浮かんだ。
肝心なときにつかえ……頼りにならないものである。
もはや信じられるのは自分だけだ。
「ともかくその婚姻、待ったッ!」
俺は二人の間に割って入った。ステラが慌て出す。
「あうぅ……アコ……ごめんね。けど、あたしだってアコに負けないくらい、セイクリッドのこと好きだから……許して!」
おい魔王しっかりしろ魔王だろうに。目の前のいかがわしい大神官風の男に騙されてるぞ。
こうなったら最後の手段だ。アコが俺を再現するなら、こちらも同じ戦い方をするまでである。
「違うんだ! ボクが好きなのはセイクリッドじゃない! 愛してるんだ……ステラさんを!」
瞬間、アコクリッドの顔が真っ赤になった。
「ちょ! セイクリッドずるいよ! それはずるいって!」
お前が言うなダメッ子勇者。
アコクリッドの口振りの変化に、カノンもハッと我に返った。
「今の喋り方……間違い無くアコ殿であります。まさか、本当にお二人の中身が入れ替わったと?」
ステラは俺とアコクリッドから同時に求愛されて、どうやら心の許容量をオーバーしたらしい。
「あばばばくぁwせdrftgyふじこlp」
そのままバタンと後ろに倒れて魔王は気絶してしまった。
ニーナが「おねーちゃ! ステラおねーちゃ!」と、慌てて駆け寄る。
勇者アコのなりきり神官生活は、これにて終了。終了だ。
ほどなくして、ステラが意識を取り戻し、俺とアコの肉体入れ替わりの魔法効果も終息した。
本来の身体に戻ったアコが口を尖らせ俺に言う。
「もうちょっとでステラさんと結婚できたのにぃ……というかセイクリッド、もったいないよ? せっかく女の子の身体になったんだから、もっとこう、揉んだりとか、楽しみ方ってものがあるんじゃないかな?」
「ありません」
ずいぶんと俺の身体で好き勝手エンジョイしてくれたものだ。
ステラはというと、事情を察しつつニーナの頭をそっと撫でてこう告げた。
「どうだったニーナ? あたしがセイクリッドと結婚しちゃうっていう設定だったけど、なかなかの演技力だったでしょ?」
ニーナが笑顔を弾けさせた。
「うん! ニーナはとってもドキドキしちゃいました。おねーちゃとおにーちゃがチューしちゃうかもっておもったし、セイおにーちゃはニーナの前の旦那様だと思ったら、いっぱいいっぱいドキドキしちゃったのです」
幼女にとっては目の前の出来事すべて、絵空事と地続きだった模様である。
全部本気じゃなかった。演技だった。
そういうことだ。
ステラがニーナの元から俺の目の前にやってくる。
「だいたいおかしいと思ったのよね。セイクリッドなのにロマンチックなこと言い出すし。と、当然、全部見抜いた上で演技してあげたのよ? 本当よ!」
「流石です魔王様。迫真の演技に圧倒されてしまいました」
魔王はプルプル震えながら胸を張った。
「だ、だから勘違いしないでよね! その……こ、これからもお互い、良き隣人でありましょう?」
「ええ、もちろんですとも」
ステラは「フンッ!」と鼻を鳴らして背を向けた。普段は元気に揺れている尻尾が、だらりと下を向いている。
今日の出来事で心に傷を負ったのは魔王だけではない。
カノンはといえば、聖堂の隅っこで膝を抱えるようにして座ったまま「自分は何も見抜けなかった節穴であります」と、独り反省会モードだ。
そんな中、ぴーちゃんは――
「あら? 途中から記憶が途切れていますわね。何かとんでもないような出来事が起こったような気がいたしますのに……」
本当か嘘かはともかく、ニーナに質問されても知らぬ存ぜぬで通すための理論武装は完璧なようだった。
アコが楽しげに笑う。
「いやー! またギャプルンテの宝玉見つけなきゃね。次は誰の身体と入れ替わるのかなぁ」
「次にその宝玉を持ち込んだらかち割りますよ。貴方の頭を」
「ひいいッ! セイクリッド目が怖いよ? 冗談だよね」
今回の騒動を起こした張本人はこの調子だ。死ななきゃ直らないという言葉があるが、これで何度となく死んでいるのだから……勇者は手遅れなのかもしれない。




