ぅゎょぅι゛ょすごぃ
ステラが席から立って、ニーナ用の座面が高い椅子を用意する。
俺はニーナの分のお茶を淹れ直した。ついでにアコやカノンのお代わり分も作る。
教皇が「ヨハネの分はもちろんあるわよねセイくん?」と、念押しした。
早く帰って、どうぞ。
カップに注いだ紅茶をふーふーしてから、ニーナが一口飲む。
「あちあち! まだ熱かったかも」
ヨハネが目を細めた。
「ニーナちゃんっていうんだぁ。ヨハネのことはヨハネちゃんって呼んでね」
「はーい! ヨハネおねーちゃ!」
素直なニーナに教皇は満足そうに口元を緩ませてから、ステラに訊く。
「姉妹なのに、あんまり似てないわね。ステちゃんは赤い髪で、ニーナちゃんは金髪なんて不思議」
「え、えっとそれはそのあの……そ、染めてるんです! あたし!」
「瞳の色も違うのね」
「あたしがお父さん似で、ニーナがお母さん似なんです」
どうやらヨハネの興味は俺いじりから、ニーナに向いたらしい。紅茶の注がれたカップを両手で包むようにして、教皇は質問を続けた。
「そういえば、ご両親もこの近くなのよね?」
「し、死にました。流行り病で。今はその、親戚と一緒に暮らしてます」
どんどん設定が積み重なっていくステファニーに、全部承知でヨハネは「それは大変ね。セイくんはちゃんとそういうご家庭も支援しなさい」と、俺に命じた。
アコとカノンは状況を静観している。と、カノンがポツリと呟いた。
「親戚というのはベリアル殿のことでありますか?」
「え、ええ! そうそう! あ、ニーナ……ベリアルはどうしてるのかしら?」
「えっと、ぴーちゃんと一緒だよ」
幼女の視線が聖堂に続くドアをちらりと見る。
聖堂で赤い鞄を大神樹の芽の近くにおいて、魔法力の充填でもしているのかもしれない。
ステラが「ちょっと様子を見てくるわね」と、部屋を出ようとしたその時――
「ずいぶんと人数が多いではないか」
ドアが聖堂側から開かれて、薄い褐色肌の美女が顔をのぞかせた。今日も露出度の高いタイツ風に黒の甲冑姿だ。
そのアメジスト色の瞳が教皇の視線とぴたりと合う。
「な、なぜ、きさまがここにいる!?」
「あらぁ……セイくんさぁ……こちらの美女はどちらさまかしらぁ?」
美女と言われた途端に、ベリアルが身じろぎした。「だ、騙されんぞ」と、身構える。
俺は溜息交じりにヨハネに告げる。
「彼女がステラさんとニーナさんの親戚にあたるベリアルさんです。ご両親が不在の姉妹お二人の、親代わりのような方です」
ベリアルの顔がキョトンとしているので、俺は「そうですよね」と念押しした。
「あ、ああ、そうだぞそうだとも」
そのままベリアルは俺の隣に立って、耳打ちした。
「なぜ教皇がここにいる」
俺は隠し立てもせず平然と返した。
「視察にいらっしゃっいました。ええ、安全面についてですがご心配は無用ですよベリアルさん。こちらにおわすは教皇様ご本人ではなく、遠隔操作している人形ゴーレムですから。ベリアルさんも賢人超会議の説法はご覧になったでしょう?」
と、くぎを刺した。ベリアルがステラとアイコンタクトを交わす。
「な、なるほど。では倒しても無駄か……」
途端にステラが声を上げた。
「きゃー! ダメよベリアル! 押し倒すだなんて! ほら、ちょっとあたしたちは向こうに行ってましょ」
そのまま腕を掴んでステラがベリアルを部屋から引っ張り出した。話が余計にややこしくなる前に、魔王が未然に阻止する好判断を下すとは、正直意外だ。
あたふたしっぱなしのステラにニーナが笑う。
「ステラおねーちゃいつもよりあわてんぼうさんかも。あのねあのねヨハネちゃん。ベリアルおねーちゃね、ヨハネちゃんのキラキラが本当は大好きなのです」
ヨハネは「輝いてるのはいつものことだけど、どういうことかしら?」と、ニーナではなく俺に説明を求めた。
「先日の賢人超会議での説法に、ニーナさんともども、ベリアルさんも大変深い感銘を受けたそうです」
「あらあら、ところでセイくん、押し倒すって?」
聞き流してくれれば良いものを……。
アコがニッコリ笑顔でお茶受けのマドレーヌを頬張った。
「もぐもぐ……えっとね……むぐむぐ……セイクリッドが……」
「アコさん紅茶のお代わりいかがですか?」
「いただきまーす」
カノンが下を向いてオドオドする。
「し、知らなかったであります。アコ殿を押し倒していただなんて」
勝手に物語をねつ造補完するんじゃない。
ヨハネの疑惑の視線に俺は咳払いを挟んで返答する。
「えー、オホン。そのような事実は光の神に誓って一切ございません」
アコが紅茶でマドレーヌを流し込んで口を開いた。
「けど、ボクのおっぱいは見たよ! 生で!」
ん~事実だなぁそれはぁ。
さらにニーナまで瞳をまん丸くする。
「おにーちゃ、おっぱい好きなの? あははぁ、ちびっ子みたい。こんどのおままごとは、おにーちゃが子供役かもぉ」
ニーナ監督の次回作では配役に大きな転換が行われそうだ。
アコが挙手をした。
「じゃあじゃあ、ボクがお父さん役ね!」
「やったぁ! おにーちゃパパがアコちゃんせんせーだよ!」
大神官株が滝のようなチャートを描くの待った無し。俺から配役を奪ったアコには今後、さらに強めの指導を心がけよう。
ヨハネは「ハァ……なんだか心配するだけ無駄だったかも」と溜息交じりに俺を見る。
「心配……ですか教皇聖下?」
「セイくん、なんだかんだでちゃーんとお仕事できてるみたいじゃない」
「当然です。これでも大神官なのですから。私の身を聖下が案じてくださるとは至極光栄ですが、今後はいらっしゃる前に連絡いただけますと……」
カップを置いて教皇は「アポ無し突撃じゃないと、普段のセイくんの暮らしぶりがみられないじゃない?」と、まあ、はい。そう言われては反論するだけ無駄である。
教皇はそっとニーナに手を伸ばして、包むように幼女の小さな手を握った。
「ところでニーナちゃんは、ヨハネの説法に来てくれたのよね? どうだった?」
あの日は鬼魔族ラクシャや仮面の男の乱入で途中になってしまったのだが……そういえば、仮面の男の詳細について教皇は何か知らないのだろうか。
今、この場で質問する空気でもないのだが……。
俺の不安などかき消すような、とびきりの笑顔でニーナはヨハネの手を握り返した。
「とってもキラキラで、ニーナは本当に驚きました! ヨハネちゃん、とってもとってもかっこよかったのです」
ヨハネの青い瞳が輝いた。ゴーレムながら息づかいが荒くなり、視線も熱を帯びてニーナをじっと見つめっぱなしだ。
この症状、当方にも心当たりあり。
「そっかぁ……ニーナちゃんね、何か困ったこととかあったら、セイくん経由でヨハネちゃんにも相談していいからね」
「困ってないよ?」
「なんて謙虚なのかしら!? 教皇の権力なんて眼中に無い感じ……ただ者じゃないわね。ニーナちゃん……困った時には力になるから! 困ってなくてもなんでも言ってね!」
幼女スキル――魅了にかかった教皇。その気持ちはわからなくもない。
教皇が力になるということは、教会の権勢をほしいままにできるということだ。
ぅゎょぅι゛ょすごぃ。もちろん、そんな権利を行使するニーナではないのだが――
「じゃあじゃあ、ニーナも……大きくなったら教皇様みたいになりたいなぁ。キラキラして、みんなを幸せな気持ちでいーっぱいにしてあげるの!」
教皇がニーナの手を握ったまま、顔だけこちらに向けた。
「セイくん。今すぐニーナちゃんにレッスンを受けさせた方がいい。教皇庁にいらっしゃいな♪」
「え、えぇ……あうぅ」
これには幼女も困惑を隠しきれない。
いかん。というか、いいのか教皇よ。ステラの正体はもちろん、ニーナの事も把握しているはずだろうに。
ここは俺が止めるしかないようだ。
「ニーナさんはまだステラさんと一緒に暮らす方が良いと思いますよ……姉上。姉妹兄弟が幼い頃に離ればなれになるのは、あまり良いこととは思えませんから」
終始、俺を圧倒してくる教皇聖下には明確な弱点があった。俺に姉扱いされると、途端に弱くなるのである。
使う度に、俺の人としてのプライドが砕けていくのだが、引き換えにしてでも守りたいものが、今この場にはあった。
ヨハネは下唇を噛んで、そっとニーナの手を解放した。
「んもーしょうがないわね。スカウトはニーナちゃんがもう少し大人になってからにするわ。それまで教皇の座はヨハネちゃんが守るから」
ニーナは眉尻を下げた。
「えっと、えっと、ニーナはいっぱいなりたいものがあるからぁ……こまっちゃうのです」
レディーで冒険者でダンサーにもなりたい幼女の夢に、教皇という新しい職業が書き加えられてしまったようだ。
いいんだろうか魔王軍。可愛いは正義だが、姉妹が両方の頂点に立ってしまって……おや、これはこれで平和な世界になるかもしれない。
と、ヨハネが突然、独り言(?)を始めた。
「え? ちょっと、まだ時間あるでしょ? だめ? 公務? あぁんもう! 最近ラヴィ……あ、うん。名前言っちゃだめなんだっけ。はいはい……しょうがないなぁ」
なにやら教皇庁でトラブルでもあったのだろうか。飲みかけの紅茶を残してヨハネが席を立つ。
「今日はとっっっても楽しかったわ! ニーナちゃんっていう未来のスター候補にも会えたし。ちょーっと立て込んできちゃったから帰るわね。セイくん、しっかりみんなの力になってあげなさいよ! 教皇命令だからね!」
俺にウインクしたかと思うと、教皇聖下のゴーレムの身体が光に包まれ消えた。
あまりにも唐突すぎて、俺もアコもカノンも置いてけぼりの中――
「わああ! ヨハネちゃんキラキラぁ」
ニーナだけはただただ、マイペースだった。
このあと、戻ってきたステラにこっそり甘い息を使ってもらい、ニーナはそのままお昼寝のため魔王城へとベリアルが運ぶ。
アコとカノンが眠ったところで女子会ティーパーティーの痕跡をすべて消し、二人にはしばらく赤いカーペットの上で眠ってもらった。
そして――準備がすべて整ったところで、勇者と神官見習いを魔法で目覚めさせる。
「ふあ? あれ? なんでボクら床舐めてるの?」
「おかしいであります。さっきまで教皇聖下とお茶をしてたはずでありますのに」
俺は講壇に立ち聖典を携えて二人に告げた。
「おお死んでしまうとは情けない。光の神の元に復活せし者たちよ。再び立ち上がり使命を果たすのです」
そう、アコもカノンも夢を見ていたのです。ステラがステファニーになったり、ヨハネとお茶をしたことは遠い白昼夢の幻だったのだと、俺は幻惑魔法(物理)を二人に施したのだった。




