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おにーちゃといっしょ

「お歌をうたうの~!」


「では伴奏は私がいたしましょう」


 信者が祈ることもない聖堂に、調子の外れたオルガンの音色を響かせる。


 講壇は今や、魔王の妹君のステージだ。


 伴奏に合わせて幼女が小さな口をいっぱいに開いた。




 あーかいマカロンいちご味~♪


 きいろいマカロンぱいなっぽ~♪


 みどりは野菜でヘルシーよ~♪


 つぶして食べるとノーカロリ~♪




 幼気いたいけな妹に堂々と嘘を教える悪い姉魔王にマイナス15点。サンドウィッチでもなんでもパンを潰せば減るのはかさだけで、栄養価は変わらない。


 満足そうに歌いあげ、えへんと胸を張るニーナに伴奏を止めると拍手をする。


「大変お上手でしたね」


「えへへぇ。セイおにーちゃのほめろーす」


「それを言うなら褒め上手ですよ」


 ぴょこんと講壇から降りると、ニーナは講壇の脇に置いていた本を手にして長椅子の端に座る。開いている隣をぽんぽんと、優しく撫でるように叩いて俺をじっと見る。


「おにーちゃ、今日はご本を読んでくれますか?」


「ええ。たしか絵本を持ってきたんですよね」


「これなの。魔王様のだいぼうけん!」


「それは楽しそうですね」


 ニーナから本を受け取り開く。絵柄は水彩画のやわらかいタッチのもので、文章も言葉をかみ砕いてわかりやすく、それでいて優しい。


 魔王様はみんなと仲良くなりたいので、色々とがんばるものの誤解されてばかり。


 それでもひたむきにがんばる魔王様は、だんだん受け入れられていくという内容である。


 ずっと俺の隣にぴたりとはりつくようにして、絵本の中に飛び込んでしまいそうなニーナが一度長椅子から立ち上がった。


「どうされましたか?」


「セイおにーちゃ、お願いしていい?」


「ええ、なんなりと」


 モジモジと膝をすりあわせて、恥ずかしそうにうつむきながらニーナは言う。


「あのね、あのね、ニーナね、おにーちゃのお膝の上に座りたいなぁ……けど、セイおにーちゃ、ニーナが座ったら重たいよね」


 お願いしておいて心配というか、俺を気遣う幼女の優しさプライスレス。


「さあどうぞ。好きなだけ座ってください」


「わーいなの! おにいちゃだーい好き!」


 眩しすぎる笑顔でニーナは俺の膝の上にちょこんと座ると、軽くもたれるように体重を預ける。


 幸せな重みだ。


「では、お話の続きを読みましょうか」


「早く早く!」


 ウキウキするニーナの前に絵本をもっていって、次のページを開いたところで――




『セイクリッドいるんでしょー! また死んじゃったから生き返らせてー!』




 大神樹の芽が光を帯びて、死せる冒険者の魂を運んできた。


 光が溢れて壁に文字が投影される。


 死者からのメッセージ付きというのは初めてだ。


 大神樹管理局は無駄な機能追加アップデートよりも、先にやるべきことがあるだろうに。


 膝の上にニーナを座らせたまま、俺は大神樹の芽に告げる。


「この本を読み終えるまでお待ちください」




『えー! ちょっと早くしてよ! あんまり長くこのままだと魂が溶けて消えちゃうんだけど!』




 そのまま召されて大神樹の養分になってしまえ。


 俺はゆったりとした口振りでニーナに物語を読み聞かせた。


 が、幼女はそわそわしている。


「おにーちゃお仕事しなくてだいじょうぶなの? ニーナはご迷惑ですか?」


「いいえ。ニーナさんは何も心配しなくていいんですよ」




『うわあああ溶ける! 溶けちゃうう! 助けて神様ぁ!』




 俺は渋々、座ったまま蘇生魔法で勇者アコを甦らせた。


 光が人の形になり、肉体が再構築されて勇者は復活を果たすと俺を見る。


「ありがとうセイクリッド! ボクは信じてたよ。ちょっと怖かったけど」


「礼には及びません。仕事ですから」


「ねえ、ところでセイクリッドはロリコンなのかい?」


 膝の上のニーナが不思議そうに首を小さく斜めにした。


「ろりこん?」


「耳を傾けてはいけません。悪魔の言葉です」


 アコが声を上げ抗議する。


「ひどいよセイクリッド! 悪魔じゃなくて勇者だよ!」


 銭袋はぺたんこで相変わらず文無しのようだ。レベルも据え置きで武器すら持っていないなんて、まるで成長していない。


 アコは俺からニーナに視線を落とす。


「ところでこの子は? 近所に住んでるの?」


「ええまあ」


「そういえば毎回誰もいないから気になってたんだけど、セイクリッドって大丈夫なの? この街の人たちとうまくやれてる?」


 まだ外に街があると思い込んでくれているようで、なによりだ。


 アコはエヘンと胸を張って揺らした。


「うちの教会なんか、毎日スって懺悔したりギャンブル運が上がるようお参りする人たちでいっぱいだよ。あとみんな昼間からお酒臭いんだ。っていうか、司祭の神官様が葡萄酒の瓶を手にして回転説法スパイラルプリーチするんだから! 口から赤い噴水出したりもして、もうちょっとしたショーなんだよねぇ」


 勇者は目を細めて笑った。


 次にまたどこかに左遷……もとい栄転する時には、どんな手を行使してでもラスベギガスはリストから外すよう担当者に働きかけよう。


 ニーナが俺の膝から「よいしょ」っと降りて、アコの前に駆けていき瞳を輝かせる。


「もっと、もっとお話聞きたいの~」


「いいよ。ボクは勇者アコ」


「ニーナはニーナだよ」


「あははぁ可愛いなぁ。ちょっとセイクリッドだけずるくない? ニーナちゃんみたいな育てたくなる子まで膝の上にのっけるとかさぁ。ボクものせてよ!」


 のせるものか。


 ニーナは両手を万歳させて「わーい! ニーナ育つー!」と、なぜか喜んでいる。


 俺は溜息とともにアコに告げる。もはや所持金の確認さえも面倒だ。


「では勇者アコよ再び立ち上がり使命を……以下、略式にて転移魔法」


「ストーップ! そんなに焦ることないじゃない。ニーナちゃんはボクの生まれ育った街の事を知りたいんでしょ?」


「うん! ニーナね、ずーっと同じとこにいたから、冒険したいけどちっちゃいの。だから、大人のれでぃーになるまでは、お話をいっぱいきくの!」


 アコは腕組みをしてうんうんとうなずく。


「勉強熱心なんだねニーナちゃん。将来が楽しみな冒険者の誕生だ! そうだ! ここは先輩冒険者であるボクがアドバイスをしてあげるよ。ニーナちゃん……最初にもらった軍資金は大事に使うんだよ」


 お前が言うな。その反省は自身に活かせ。


「はーい! アコちゃんせんせー!」


「おっ! 師匠と呼んでくれてもかまわないよ! これからも時々様子を見に来てあげよう」


 俺はアコをじっと見据える。


「時々来るということは死ぬ前提じゃありませんか。無償で蘇生させられる神官がいるということをご存知ないのですか?」


「セイクリッド。光の神の愛は降り注ぐように無償で人々を照らし続けるんでしょ?」


「聖典の一節から引用するだけの知性があるのに、どうしてこうも残念なのでしょうね」


 やはり苦手だ。この勇者は。


 そんなアコの服の裾を幼女がくいくいっと引っ張る。


「アコちゃんせんせー、冒険者のお仕事しなくてだいじょうぶ?」


「ウッ!? だ、だだ、大丈夫だよニーナちゃん」


 俺が甲高い裏声で付け加えた。


「アコちゃんせんせーはニーナさんの手本にならないといけませんね。ハハッ!」


「甲高い声やめて!」


「ニーナもやるー! はは! はは! はは!」


 俺とニーナが追い回し、アコは「うあああああ! 助けてステラさあああん!」と、あろうことか赤絨毯を駆け抜けて教会の外に出ようとした。


 勇者が金属製の扉を開くとそこには――


 紫色の巨体がどしんと入り口付近を塞ぐようにそびえ立っていた。


 まさか実在したのか「扉を開けたら二秒でベリアル」現象。


 アコがプルプルと震えながら扉をそーっと戻すように閉めようとする。




「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」




 ベリアルが野太く吼えた瞬間――


 アコはその場で失神した。


 ニーナがアコとベリアルの間に入って言う。


「もう! ベリアルおねーちゃはすぐおっきな声だすからぁ」


 半歩下がってベリアルは「すまない」と呟いた。


 ベリアルお前……女だったのか。




 ニーナはベリアルに連れられて魔王城に戻っていった。


「おにーちゃまたねー!」


「いつでも遊びにきてくださいね」


 手を振って見送ると、床に転がる勇者を見下ろす。


 完全にノビちまってるな。


「転移魔法……っと」


 気絶したアコをそのまま転移魔法で地元に送り返した。


 これで少しは懲りてくれればいいんだが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 玄関開けたら2秒でベリアルは草
2019/12/28 18:00 退会済み
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