27 兵士たちの戦い
カナンの城に乗り込む10人に選ばれなかった近衛兵たちは当初落胆していたのだが、悲壮な形相をしてロープを身体に巻く仲間たちの姿を見て「選ばれなくて良かった」と心から思っていた。
ジークフリートも入念に胴体にロープを巻き付けている。彼の場合、腕や足に巻き付けても、元々着脱式なのでそれごと外れる可能性があるからだ。
クロードたちは身体に巻かずに、ただロープを掴むことを選択している。そのへんはアウトローの意地みたいなものがあるようで、皇帝たちの様子を見て笑っていた。
「まったく意気地がない連中だと」
若干足を震わせてはいたが。
準備が整ったと見るや、青龍は巨大な羽根をはばたかせて一瞬で空を駆け上がる。
それは想像を絶する体験だった。
まっさきに悲鳴をあげたのはオイゲン。上手く背びれに掴まり切れず、
「ぎぃやぁぁっ!!」
と叫びながら丸い身体を宙に舞わせた。ロープが無かったら墜落していたことだろう。
ジークフリートにもいつもの余裕はなく、無言で必死に背びれに掴まっていた。
近衛兵たちも似たようなものだった。
クロードたちだけが片手で背びれにつかまり、豪胆に空の旅を楽しんでいるように見せていた。
「飛空艇で高いところに慣れておいて良かったぜ」
とうそぶきながら。
青龍はロープを用意したことでサービス精神を使い果たしたのか、背に乗る人間たちのことなど気にも留めずに風を切って空を疾走していた。それは人にとって拷問にも等しい所業で、罪の告白を迫られたら全員が先を競って自供していたことであろう。
幸いなことに、目的地であるカナンの城はすぐに見えてきた。タテス王国の上空から移動して、今は海に至っている。
飛来してくる物体の存在を感知すると立て続けに光の矢を放ってきたが、青龍はそれをひらりひらりと華麗に避けた。「こんなものに当たるものか」と嘲笑うかのように。
ただ、城の上層部に近づけば近づくほど攻撃が激しくなるので、結局着地できたのは城の一番下の階層だった。それは奇しくもガーネッツたちが最初に足を踏み入れた場所でもある。
ついにカナンの城に降り立ったジークフリートたちだが、そこに感動はなかった。
ただただ青龍から生きて降りることができたことに、神に感謝したのだった。
固く結んだロープを外すのに若干手間取ったものの、選ばれた10人はひとりも欠けることなく、カナンの城の上部を目指して歩み始める。
青龍はそれを黙って見送り、皇帝たちの姿が見えなくなると人の姿に──ラクシュに形を変えた。
「まあ、わたしとしてはどっちが勝ってもいいんだけどね」
人ならぬ龍であるが故に、ラクシュは皇帝とガーネッツたちの争いにそれほど興味はない。
ただ、実はカナンの城が何のために作られたかは知っていた。
「さて、今回は上手くいくのかしら」
カナンの城の最上層を眺めながらつぶやいたラクシュだったが、近くにあった石板が突然光を灯した。
そこに映っていたのはガーネッツの姿だった。
「青龍の化身とお見受けしたが、少しお話してもよろしいかな?」
「よく端末を使えたわね。それに免じて、お話してあげても良いわよ?」
ラクシュは素直に感心した。カナンの城の設備を今の時代の人間が使うのは容易ではない。
「一応、わたしは古代文明の研究者でもあったからな。それはいいんだが、実は今上層部に行くのに手間取っていてね」
「当然よ。この城が主と認めるのは代々のタテス王国の王族くらいなもの。部外者のあんたたちには防衛機構が盛大に反応しているでしょうね」
ラクシュの言葉通り、ガーネッツたちは鉄でできた人形に襲われたり、光の矢で狙われたりして思うように進めずにいた。黒騎士と死神たちが片端からそれらの防衛機構を破壊しているのだが、かなり時間がかかっている。
「先ほど陛下たちが到着したのを確認したが、このままでは追い付かれてしまう。何せ防御機構は我々が破壊してしまったのだから、後を追う連中は簡単に進むことができるだろうからね」
「でしょうね」
第三者であるラクシュは気楽そうに微笑んだ。
「そこでだ。あなたには我々の味方になって、陛下たちの足止めをして欲しい」
「冗談でしょ? 何でわたしがあなたたちの味方をしなければならないの? わたしは皇帝陛下と契約したのよ? 契約を破ることは商人としてできないわ」
ラクシュは鼻で嗤った。
「その契約は陛下たちをカナンの城に送り届けることだろう? 必ず味方をしろ、とまでは誓約してないはずだ」
「それは……まあそうだけど、契約相手との信頼関係は重要なものよ?」
目線を上に向けて、少し考えてからラクシュは答えた。
「それにこんなものに頼って世界をどうにかしようとしているあなたたちには、あまり協力したくないわね」
「ああ、やはりあなたはこの城の本来の目的を知っているのか」
ラクシュのつれない返事にもかかわらず、ガーネッツはにこやかに笑った。
「なら話は早い。事が成就した暁にはあなたに報酬を支払おう」
「……報酬? どんな?」
強欲な商人は報酬という言葉に興味を惹かれた。
「世界のすべての宝石をあなたのものに」
青龍の化身の瞳が欲にまみれた。
──
一方、ガーネッツたちが切り開いた道を、クロードたちは何の苦もなく進んでいた。
「鉄の人形におかしな銃の残骸。さすが古代文明の遺跡といったところか?」
それでもクロードは道中に散乱している見たこともないモノの数々に目を奪われ、売ったらいくらになるのか下世話なことを考えていた。
「ガーネッツも苦労しているようだな。ついでにヤツの死体が転がってくれていれば、余の治世の最大の笑い話として石碑に刻んで後世まで語り伝えてやるのだが」
ジークフリートが口の端をゆがめた。
それを咎めるように銃声が響く。
皇帝を狙った銃弾は、一瞬で前に立ったムラクモが斬って捨てた。
「ジークフリート殿をここで殺させるわけにはいかん」
神剣を借り受けたムラクモは、やはり皇帝に恩義を感じているようだ。
銃声は足止めに残っていたガーネッツ派の兵士たちによるもので、いたるところに設置されている機械人形などのオブジェや、通路脇にある部屋の扉に隠れ、ライフルで皇帝の一行を狙っている。
「おまえたち、余に何の不満があって反乱に加わった? 今投降するなら罪には問わんぞ?」
ジークフリートが多少芝居がかった声で呼びかけた。
それに対する返答は苛烈な銃撃。ガーネッツたちに付いてきた兵士たちは30人ほどおり、しかも精鋭揃いである。対してジークフリートたちは10人。この場ではガーネッツ派が数で圧倒しているのだ。
だが、皇帝を狙う銃弾はことごとくムラクモによって弾かれていた。
「何であいつらが皇帝と行動を共にしているんだ?」
皇帝たちが到着した様子を見ていたガーネッツから盗賊たちが一緒にいるとは聞いていたものの、ガーネッツ派の兵士たちは思わず舌打ちする。
そこに近衛兵たちが反撃を仕掛けてきた。
ジークフリートが連れてきた近衛兵は、黒騎士や死神をのぞけば帝国最強の騎士5人である。
しかも銃の訓練も相当積んでおり、剣も銃も巧みに使いこなした。
ムラクモに気を取られている隙をついて、ガーネッツ派の兵士たちが潜んでいた場所のいくつか制圧して道を切り開いていく。
「陛下、ここは我らにお任せを!」
白い軍服に誇りを抱く5人の近衛兵たちは、ガーネッツ派の兵士たちと互角の戦いを演じている。
「行かせるかっ!」
ガーネッツ派の兵士たちは吠えたが、皇帝たちの道行きを阻止するほどの余裕はない。
クロードたちにしても相手は決して弱くなく、しかも立て籠もっているために全員を倒すのは容易ではないことはわかっていた。
「任せるぞ」
皇帝は近衛兵たちに声をかけて先を急いだ。オイゲンもそそくさと後に続く。
クロードは近衛兵のひとりが自分に親指を立てたのを見た。皇帝を任せた、というサインだろう。クロードは苦笑してから同じように親指を立てて、その場を去っていった。




