24 大艦巨砲
ガーネッツたちから遅れること数時間。
皇帝ジークフリートの乗る飛空艇二号機が、タテス王国の上空に到着した。
平原の中に着陸していた一号機の姿を発見し、すぐ近くに降下して近衛兵たちが突入したが、中には誰の姿もなかった。
「とりあえずは無事に取り戻せて良かった。あれは余の宝であるからな」
飛空艇の前方に備えられている艦橋。そこから様子を見ていたジークフリートは満足気である。
「しかし、皇帝さんよ。ここにガーネッツたちがいないということは、古代文明の遺跡とやらに行っちまったんじゃないのか? それはそれでヤバいと思うんだが」
一緒に艦橋にいたクロードが気安く声をかけた。近衛兵たちが苦虫を噛み潰したような顔でにらんでいる。ムラクモは部屋で剣の鍛錬、ユーリはオイゲンたちと魔法の研究をしているため、ここにはいない。
「まずは良いことを見つけるのだ、盗賊よ。悪いことなどいくらでもやってくる。そんなことばかり考えていては、人生は楽しめんぞ?」
お気楽な王様だ、とクロードは一瞬考えたが、皇帝の手足を見て考えを改めた。
生まれた瞬間から四肢がなかったこの皇帝は、「気楽」などという言葉からもっとも縁遠い存在だったに違いない。
恐らくこの皇帝ジークフリートは、ずっと絶望を味わっていたのだろう。その絶望から自分を救うために、様々な手立てを考えて生きてきたはずだ。
それを思えば、先ほどの皇帝の言葉は軽いようで重たかった。
「……あんたの言うことはもっともかもしれないが、肝心の古代遺跡の場所は知っているのか?」
「知っておる。ガーネッツが言うには、瓦礫と化したタテス国の城の下にあるらしい」
その場所ならクロードたちも飛空艇で空の上から確認していた。城を構成していたであろう石材などが山と化していた。その下に遺跡があるらしいが、入り口を発見するには大規模な撤去作業が必要となるだろう。
「盗賊としての勘だが、あいつらはきっと秘密の抜け道か何かで先に行ったと思うぜ?」
勘と言うより、状況的にはそう考えるしかない。誰もいない飛空艇が城から離れた平原に着地していたのだ。この近くに遺跡に通じる何かがあるに違いない。しかし、情報がなければ、その何かを探しようがなかった。
「奇遇だな。皇帝の勘もそう告げておるわ。盗賊と皇帝が同じ意見など、早々無いことだぞ?」
ジークフリートが声をあげて笑った。それから、再び飛空艇を出発させるよう命じた。
「どこへ行くつもりだ?」
「決まっておろう、崩れた城跡よ。あの下にこそ遺跡はあるのだからな」
「行ってどうする? 今からあれを掘り返して遺跡への入り口を探していたら、とても間に合わないぞ?」
ガーネッツが何をするつもりかわからないが、タイムリミットはあるはずだとクロードは考えていた。
「掘るなど悠長なことをするつもりはない。吹き飛ばせば済むことよ」
「吹き飛ばす?」
「飛空艇の一号機と二号機の違いがひとつだけある。この二号機には砲台を備え付けておるのだ。それも帝国の技術を結集させて造らせた最高の大砲がな。その威力をもってすれば、瓦礫など簡単に片付く」
皇帝の意図を理解した部下たちが、すぐに艦橋から飛び出していった。砲撃の準備にとりかかるつもりなのだろう。
「結局、戦争に使うつもりだったのかよ」
クロードが顔を歪めた。少しだけこの皇帝のことが気に入っていたのだが、結局は戦争屋なのかと失望したのだ。
「何を言っておる、盗賊よ」
ジークフリートは盗賊のつれない態度を鼻で笑う。
「飛空艇に大砲が付いていた方がカッコいいからに決まっとろうが!」
(こいつは本気でそう思っていそうで困るな)
短いジークフリートとの付き合いの中で、偉大と謳われている皇帝が意外と子供っぽい感性で物事を判断していることをクロードは感じていた。ただ、その子供のような感性は怜悧な知性によって裏打ちされており、現実的なバランスは取れている。
「カッコいいから」という理由は本当だろうが、飛空艇に大砲を備えるメリットも同時に頭の中で織り込んでいるのだろう。そして、その判断は実際に役に立とうとしていた。
飛空艇はすぐにタテス国の城跡の上空に到着した。
こげ茶色の船体の側面には跳ね上げ式の扉が何十と付いており、そこが開いて巨大な大砲が砲身をのぞかせていた。
クロードたちの砦を攻めたときに黒騎士たちが持ってきた野戦用の大砲よりもはるかに大きい。
移動させる必要がないので、皇帝の方針によって極力大きく作られたそれは世界最大である。
(こんな重たいものを大量に搭載しなければ、もっと早く移動できたんじゃないか?)
クロードはそう思ったものの、言うだけ野暮なだと思って言葉を呑み込んだ。
飛空艇は目標のタテス城の跡地にできるだけ近づいてから旋回して、大砲が狙いやすいように側面を向けた。砲身がぐっと伸びて、数人がかりでないと持つことさえできない巨大な砲弾が装填される。
『狙え!』
鉄の管に音を反響させて声を伝える技術・伝声管を使い、ジークフリートは艦橋から命令を下した。
『撃てっ!』
飛空艇の大砲が一斉に火を噴いた。皇帝がわざわざ指示を下す必要はなかったのだが、ジークフリートがどうしても最初の号令を下したいと主張したのだ。
凄まじい轟音と共に、城の跡地に山積していた瓦礫が簡単に吹き飛んでいく。
それどころか、地面に大きなくぼみがいくつも出来ていた。
あまりのうるささに指で耳に栓をしていたクロードは、大砲の力に戦慄した。
「帝国は世界を滅ぼすつもりか?」
こんな武器があったら、他の国はひとたまりもないだろう。クロードが根城にしていた砦など、一撃で破壊されていたに違いない。
──
オイゲンは自室の窓からその光景を愕然として見ていた。
「何と言うことだ。あの大砲の一撃一撃は、我らの魔法の力をはるかに超えているではないか……」
飛空艇に続いて見せつけられた科学の力の前に、オイゲンは崩れ落ちるように膝をついた。
ユーリの持ち込んできた飛行魔法の開発に集中することで、余計なことを考えないようにしていたのだが、大砲の轟音によって無理矢理意識を引き戻されてしまったのだ。
山をも崩さんばかりの大砲の破壊力。それが数十門も用意されているのだ。どんな大魔法でもかなうはずがない。
「そうかな? 別に大したことないんじゃない?」
オイゲンたちの部屋でずっと飛行魔法の開発に取り組んでいたユーリは、瓦礫ごと大地を削るような大砲の力を横目で見ると、すぐに作業に戻った。オイゲンの弟子たちはすっかりユーリに顎で使われ、忙しなく働いている。彼らは大砲に驚きはしたものの、今は飛行魔法の完成に全力を注いでいた。
「どこが『大したことない』だ! おまえにあんな芸当ができるのか! あの一発一発が我らの魔法をはるかに上回っているのだぞ? 何百年、何千年とかけて紡いできた魔法の歴史が、科学という力によって簡単に覆されかけているのだ! おまえにはその重大性がわかっておらん! 何にも責任を負わないおまえにはな!」
大砲によって穴だらけとなったタテス城の跡地を指さして、オイゲンはわめいた。
「別にいいじゃない、どうだって」
ユーリは魔法の理論を記した書から顔も上げずに答えた。
「だって君は魔法であんなことをしたかったわけじゃないだろう? それとも本当はあんな下品な破壊がしたかったのかい?」
その言葉にオイゲンは虚を突かれた。
「魔法は自分のやりたいことをやるためのものさ。何かに責任を負うようなものじゃない。とりあえず、僕は今空が飛びたいんだ。早く制御魔法の理論を完成させてよ。あと少しだろ?」
ユーリにせかされて、オイゲンは書物の前に戻った。
頭の中では自分が何故魔法使いになりたかったのかを、ぼんやりと思い出していた。




