閑話:信頼と確かな絆
第13話、第14話(ep14~15)のキャメル視点です。
ウォッチャー戦に臨む直前から、エースキラーへ落下矯正の連携攻撃を叩き込む瞬間までを描きました。
※本エピソードはあくまでウォッチャー戦のキャメル視点となっており、読まなくても続編(第二部)の理解に差し支えはありません。
※本エピソードは、本編を読了済みの前提である程度端折って描写しております。
ウォッチャー戦当日の早朝。
まだ日が昇らぬ内に共同ガレージへと向かう。
「今日はあたいにかかってる」
自分を鼓舞するため、意気込みを呟いた。
異名持ちの仲間は全員マークされているし、イカロス戦でのチーザの指揮にも注目が集まっている。
ノーマーク選手としてどれだけチームに貢献できるか。
「大丈夫。気負いは無い」
ナックたちベテラン陣に基本技術では敵わない。
若手である、チーザたちのセンスやストロングポイントにも。
だからこそ以前は焦っていた。
結果を出そうと藻掻いて、口先だけで後輩たちを信用すると言い、頼らなかった。
先輩なのだと自らに変な枷を課して。
後輩は導くべきとの観念に囚われて、ますます結果は出せないし、より自分一人でどうにかしようとする悪循環に陥っていた。
それをソルティに指摘されたことを思い出す。
歴戦の猛者には気負いがバレていて、洞察の鋭さに改めて気付かされる。
指摘された日の記憶が蘇り、工具キットとバスケットを持つ手に思わず力が入った。
口角を上げ、日課の笑顔作りを意識する。
そうして視線を上げた時には体の強張りは抜けていた。
「もう電気がついてる。ナックさんかな?」
朝食のホットサンドを二人分用意してきた。食べて貰いたくて好物のチェダーチーズを使って。
バスケットの隙間からはチーズと焼いたトーストの香りが漂う。
美味しいと言って貰えるだろうか。どうしても胸は高鳴る。
既に灯りの見えるガレージに近寄ると中からは話し声がした。
ナックとアカトだ。
ガレージ脇で二人のやり取りを盗み聞く。
「あー可笑しい! 笑った笑った! 勝ち続けりゃメディアと政府だけは黙らせられんだろ」
「おい、俺は本気で……」
「なら、次のウォッチャー戦。必ず勝てよ。その先で待つ」
「あぁ」
アカトらしいし、ああいった男同士の約束は羨ましい。
立ち去るアカトを木陰に隠れてやり過ごし、気持ち普段より明るい笑顔になって、足取りを弾ませながらガレージへと入った。
「おはよう、ナックさん」
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試合直前のオープン回線でのやり取りは、ハーベストがウォッチャーを手玉にとって非常に好感触で終えた。
ナックが天才と評する訳だ。
技術はあっという間に追い越され、経験も破竹の勢いで積み上げている。せめてメンタルで上回ろうと思ってもこれだ。
正直、嫌になる。
味方だから頼もしい。けれど、ハーベストはきっと今後多くの選手たちの心を折り、夢を砕く。
今までの競技の常識さえ破壊していくのが目に浮かぶ。
妬くなというのは無理があるだろう。
「ハーベスト、今日はヒートをしつこく狙われるけど、いけそう?」
『ええ! ウェハーさんから休ませかたを伝授して貰いましたし、任せて下さいよ!』
「そう。お互い頑張りましょ」
不安があっても前向きに。それが既に出来ている。
ナックが「数年後にはハーベストを中心にセブンスカイズは回るだろう」と語っていたけれど、本当にそうなるかも知れないと最近思う。
敵わない。でも、負けられない。
同じエクリプスのメンバーだ。先輩としてもう少しだけカッコつけたい。せめてナックの前では一秒でも長く良い所を。
やる気を高めていたところへチームの決まり文句が飛ぶ。
『チームエクリプス、日食の時間だ』
「了解!」
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《見て下さい! この素晴らしい連携! これが暴言王と、“元”最強の死神です!》
『チッ』
無神経な内容の実況が大音量で鳴り、ナックの舌打ちが小さく響く。
エクリプス内で『死神』の単語をナックに言う人は居ない。そんなことをしたらソルティから鉄拳制裁される。
だけど、それだけじゃない。
一番の理由はナックが痛ましい表情をするから。
どうして異名が嫌いなのかは教えてくれないけれど、あんな表情は見たくない。チームが禁句にするには充分な理由だった。
『ナック! 余計なこと考えんじゃねー! お前は俺の尻だけ求めてればいーんだよ!』
『ったく、訴えるぞ?』
磁石コンビのやり取りが通信で飛ぶ。
相変わらずの雰囲気に何か口を挟む余地などない。
ナックが完全に背中を預けるのがソルティだけなのは、嫉妬の想いも僅かに過る。
ただ、二人が安心して飛べるよう全力でサポートするだけだ。
「あたいが左翼。フォローお願い!」
『あいよ!』
敵の放ったグレネードが空で大輪の花を咲かせ、爆音の振動をコクピットのシート越しに味わう中、磁石コンビが、ジェットコースターの波打つ軌道を思わせる縦の高速スラロームを描く。
こちらも連動し、逃げ場を抑えるべく先回りする。
しかし、敵の立ち回りの方が優れ、連携は巧くいなされた。
次第にクロワが追い詰められ最少失点の貢献の流れとなり、予定していたキーパーへの強襲を試みるも失敗。
ウォッチャーは何気なく落下矯正の連携攻撃の中断をしたけれど、正直あり得ない。
大幅得点が狙える局面は、どれだけ経験を積んでいても緊張するし、冷静さも失う。その好機を手放す際に、一糸乱れぬ連携を保つのは本当に難しい。
簡単にやってのけるウォッチャーを睨み、唇を引き結んだ。
ロースコアの試合展開が続き、ブーイングの声はモービルギアの駆動音をかき消す勢い。
耐える展開に口の中は渇き、背中にもびっしょりと汗が伝う。
状況を打開したくてグリップに力を込め、ナックの銀色の機体と並走した。
「ナックさん、あたいが活路を開こうか?」
気づいたら口を開いて出た言葉。
『いや、問題ない。このままチェイサー主体で攪乱を続行する。いくぞチーザ、ウェハー』
積極的に提案するも、すげなく断られた。
けど、気落ちしている暇はない。
今は遠い背中。その背を必死に追い続ける。いつか本当の意味で肩を並べて戦える日を夢見て。
戦局はクロワが堕とされ、苦しい中でソルティの叱咤が飛んでいる。
戸惑い気味のナック。
『……皆、俺が自由に動いても良いか?』
この問いに否を唱える者など、エクリプスのメンバーには一人も居ない。
ナックが本音を吐露してくれたことに、思わず顔が綻んでしまう。
「勿論、あたいがフォローする」
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戦場で最強と呼ばれた男の本気。
銀色のモービルギアは、右肩に搭載したパワースラスターを起動し、圧倒的な技術と動きで空間を支配する。
敵陣を切り裂く姿はまるで荒れ狂う竜巻。交差するたびに敵エースへとダメージを蓄積させていく。
数度の激しい衝突を繰り返し、戦局はナック優位へと傾き出した。
観る側も高揚して浮足立つほどの強さ。
ナックは敵のチェイサーも同時に難なく捌き、誘いに引っ掛かりそうだった味方を止める指揮も見せる。
『各機、キーパーへのプレスを継続』
あぁ、頼もしい。
これがエクリプスのリーダーだ。
世界中へ自慢したい気分を抑え「了解!」と通信を返した。
ナックが戦場で暴れ回る影に潜み、敵キーパーのオーバーヒートを狙うべく追い続ける。
観客の瞳は、両エース対決へと釘付けだ。
それで構わない。チームの一員としてここでしっかりと仕事をする。最後にナックが見てくれたらそれでいい。
グレネードを撒き、爆発で逃げる方向を制限していく。
敵は、無理して爆風を突っ切る選択を選んだが、確実に熱負荷は高められた。
チーザやウェハーと連携し、敵の逃走ルートの頭を押さえて逃げ道を歪ませていく。
決して楽はさせないように。
敵味方のマイクロミサイルが入り乱れ、機内温度も急上昇。ヘルメット内の汗の匂いも強くなり、唇を舐めれば塩の味がした。
こちらのオーバーヒートも気にし始めた頃、ふとナックの戦闘を見やる。
どうやら決着は近い。
『赤のベッドに誘ったのはそっちだろう? 逃げるなよ、エースキラー』
ナックの通信が届いた瞬間、即座に全体の位置関係を判断し、勝った時に赤サークルが狙えるポイントへと全速力で飛ばす。
いの一番で信頼に応えたい。その一心で。
気持ちが逸るままグリップを起こし、機体で大きく弧を描く。
……届け! 間に合え!
ナックは勝つ。
どれだけ苦しくともエースキラー如きに負けるわけが無い。エクリプスの面々が一番良く強さを知っていた。
だから必ずそこへ敵がくると確信できる。
内臓を揺さぶられつつも最速でポイントへ到達し、スラスターを吹かして機体姿勢を直す。
心臓の鼓動が早い。
心の中を落ち着かせ、息を整える。
だけど、ここから一人で補正しても赤には届かない。高度が足りず、一撃入れるのが関の山だろう。
決め手を欠く中、右斜め後ろにモービルギアの駆動音が聞こえた。
振り向いて確認するまでも無い。ウェハーだ。
ベテランの彼ならば、瞬時に距離が届かないと判断し、きっとフォローに入る。
……あたいとは違う。
ナックもソルティもウェハーには絶対の信頼を寄せているし、どんな局面でも「ここに誰か居て欲しい」と思ったところにウェハーは居る。
チーザの高い空間把握能力が無くても、ハーベストやクロワほどの技術が無くても、助けが必要なところには顔を出す。
経験?
そんな安易な言葉では片付けられない。
彼は最強の磁石コンビが頼る凄腕のチェイサーだ。
かつて敵チームとして何度も対戦したが、当時は凄さが分からなかった。
味方になってその凄さを初めて知る。
皆が凄すぎるから、焦りと気負いで後輩も頼れず、結果も出せなかった。片や頼りになるウェハーは常にチームを優先。自分一人でどうにかしようと固執したりはせず、チームをいつも下支えしている。
頼もしいウェハーの存在に落ち着きを取り戻し、カメラ中央にエース対決を捉えたとき、ナックの繰り出したラリアットが見事に決まる。
『ここだ、キャリブレ開始』
スピーカーから声が聞こえた時には既に照準を合わせていた。
「了解、任せて」
信頼に応えて放つ。赤サークルへと運ぶ一射を。
キャメルが物語の序盤になぜスランプだったのか。
他のメンバーをどのように捉えていたのかが伝わると嬉しく思います。




