第24話
《おおっと! 黒雷による、アンチウェポンへのアンチウェポン返しだぁ!》
実況が興奮の声をあげている。まさにお株を奪われた感じの超絶技巧。遠距離を完封され、距離を詰められたクロワは今、完全に格闘戦へ引きずり込まれた。
全速力で翔けるソルティ。
『ちょっとは振り向けや、コラァ!』
必死に追いすがるも間に合わず、ラグビーのトライに近い形で赤へと連れ込まれ、最高得点へと叩き込まれた。
異例だと叫ぶ実況。
《ゴーーール! アンチウェポンが堕ちました! 両チーム、キーパーとバックスが0枚という異常事態です! 荒れた決勝戦となりましたーーー!》
キーパーとバックスが全機堕ちる試合など記憶にない。
一時仕切り直しをしたいところだが、黒雷は勢いのまま瞬く間にフィールドを一周して、体勢を立て直したばかりのチーザを強襲してきた。
黒雷のフルブースト運用は、完璧な効率そのもの。
チーザも振りほどこうとスピードを上げて高度を不規則に変え続ける。
「チーザ!」
駆けつけようにもここまでの無理がたたり、ブースターが熱に悲鳴をあげて飛ばせず、ソルティやウェハーも同様の状況。
こちらを気遣ってか、チーザからは頼もしい通信が入る。
『先輩! ウチ、ただではやらせませんから! ちゃんと熱いものを出して貰います!』
逃げきれないと判断したチーザは、黒雷のオーバーヒートを引き出す最少失点の貢献へと切り替えた。
致命的な直撃を避けながら、最短距離はグレネードで阻み、やられるまでの時間と敵の飛行距離を稼ぐ。
黒雷は被弾面を最小に、チーザ機の予備動作から動きを先回りし続け、数度の打撃でチーザを粉砕。
体勢を崩した天地逆さまのチーザを、タックル体勢のまま赤サークルへ黒雷が連れ込み、再びトライのように地表へと叩き込まれた。
介入の余地が全くない電光石火の一連の流れ。
《ゴーーール! またまた赤です! 3連続赤のレッドスクランブル! こんなのは観たことがなーーーい!》
地面との激突音と実況のゴールコールが虚空に響く。
チーザも4点をとられた。
『いったーーい! ウチ、こんな体勢初めて!』
強引に堕とされていたが、文句の音声がすぐに届いて安堵する。気絶するほどのダメージでは無かったようだ。
10点差もあった貯金が一気に詰まってきて、既に射程圏内となったことに寒気を感じる。
黒雷を見やれば、機体に這う黒のネオンラインが不気味に思え、唇が震えていく。
そこへソルティの怒声が懸念と寒気を吹き飛ばす。
『点なんざ気にすんな! 相手はもうカラッカラじゃねーか! 鍋が焦げ付くまで火力あげっぞオラァ!』
ノイズと音割れの酷い音声を聞き、過ぎたことを考えても仕方が無いと冷静になり、改めて現状を整理する。
敵は残り二機。
圧倒的な活躍を見せる黒雷は、無駄のない動きで余力を残している。だが、奴についていく機体はそうでもない。
オーバーヒートで足が止まりかけている敵アタッカーへ標的を定め、ウェハーとも連携して追い込みをかけていく。
ソルティも同じ考えのようだ。
「決めるぞ、速度を上げろ!」
風切り音が振動となって鼓膜を揺らす。
低空をソルティが担当し、上空へ向きを変えると、こちらの意を組んでウェハーは横方向への逃げ場を絞っていく。
空へ飛翔すると陽射しの強い太陽が視界に入る。僅かに西へ傾いた日を見て、決着の時は近いと意思を固めてグリップを起こす。
すると、急接近する黒雷が眼下に映った。
恐ろしさはある。だが今は、仲間の期待に応えたい気持ちの方が遥かに強い。
「引き受ける。確実に獲れ!」
『おう! ウェハー! 各個撃破だ、続け!』
黒雷からの妨害行為を時間を稼ぐべくいなす。
敵も既に手持ちの実弾が底をつき始めているのだろう。それほど無理をせずとも捌くことができた。
フィールド外周よりに飛行ラインを変え、空気を割くように飛ぶも、何故か追って来ない黒雷。即座に喚起を促す。
「そちらにいくようだ。落雷注意」
『なめんなよ! こちとら磁石コンビとおまけ付きで名を馳せてんだよ!』
ソルティに近寄った黒雷を、前後挟撃の形へと導く。
「上出来だ。続けウェハー」
『あいよ!』
黒雷を封じ込め、残る敵アタッカーを追うも、敵は逃げの一手。しかし逃走先はウェハーと連携して全て抑え込む。逃げ場も失くし、息を上げた敵の背中にソルティの殴打が炸裂した。
『なんだよ! 後ろからが好きか! 凄いのぶち込んだから派手にイキな!』
どちらにせよ崩せた。間髪入れず、西側の赤へ堕とすべく射撃を当てる。僅かに届かないが、残りはウェハーが補正するはずだ。
「ウェハー?」
ウェハーからの追撃が来ない。
不安を感じ、慌ててそちらへ意識を向けると、肉薄する黒雷とウェハーの一騎打ちが既に始まっていた。
戦闘を見やるのと同時に、外の視界からビリビリとした余波と共に撃墜音が響く。
間を置かず実況の声が耳に届いた。
《ゴーール! 青です! さぁ、いよいよルシファーは後が無くなりましたー! 連覇の途絶える歴史的瞬間がやってくるのかーー?》
墜落結果は一瞥すらせず、ウェハーと黒雷の一騎打ちだけをカメラで捉える。
応援が追い付くよりも先に、堕とされそうだ。
嫌な気分に心臓が早まり、ウェハーからも自己申告が上がる。
『ブロックダウンしやす!』
追いすがるよりも先に力尽きたウェハーだが、さすがに赤を取らせるほどのヘマはしなかった。
サークルの外へと降り立ち、立ち上る土煙と爆音。
一瞬遅れで歓声も鳴る。
《黒雷が返したーー! しかし、ダウン止まりーー! ゴールはならなかった!》
『よくやった! 今度、娘も一緒に奢ってやらぁ!』
「後は任せろ!」
仲間たちの献身に応えたい。
そうした思いからグリップへ力を籠めつつ、黒雷を強く睨んだ。
フィールドの中央に悠然と佇む黒雷。
既にソルティ含めて残るのは3機のみ。
『やーーっと、最終局面だな。雷は火気休暇も所望されてる見たいだけどよぉ、お盆じゃあるまいし、積乱雲もあくせく働く職場だよなぁ?』
「当然だ。ブラックだからな!」
休みなど与えるつもりもない。
2対1と圧倒的優位性を活かし、限界まで追い立てるだけだ。
余計に走らせるべく、最後の残弾だったマイクロミサイルポッドを撒く。
しかし、一射一射ごとに数発のミサイルをまとめて撃ち落し、効率良く処理をされてしまう。
『あんにゃろう、可愛げがないぜ! 少しはデレろっての! 攻略しがいがねぇぞコラァ!』
遠距離では埒が明かないと判断したのか、ソルティは突進していく。
すぐ前のソルティを追った。
「ソルティ、このまま時間切れを狙うのも選択だぞ?」
『あ? てめぇで考えてもねーことを提案すんのはやめろナック!』
叱責を受け「確かに」と思い直し、喉の奥をククッと鳴らす。
今日の試合、味方がやられたのは全て黒雷であり、正直面白くないとも感じていた。
どうせここまで来たのなら観客も完全決着しか求めていないと思う。
大きく旋回し、G圧でシート横に叩き付けられながらも憎まれ口を叩く。
「ヘマするなよ?」
『へっ! 誰にいってやがる! お前の背中だぞ?』
ソルティと二人、飛行機雲の螺旋を紡いで黒い機体へと追いすがる。
濃紺と銀のモービルギアは、互いを補い合い黒雷の飛べる世界を削り、決定的な瞬間を伺っていた。
黒雷は過去に捉われた亡霊。
思考加速しすぎて、未来を見れなくなった悲しい兵士だ。どれだけ読めても、二対一の状況は覆せないだろう。決着で目を覚ましてくれることを切に願う。
そう考えていた矢先のこと。
『あ! やべ、ヒートだわ』
ソルティの速度が急落し、この展開を待っていた黒雷が急旋回してソルティに牙を向けた。
反応の速さから、このミス含め黒雷の罠、計算と思われる。
ソルティの立て直す時間を稼ごうと軌道上に割って入り、黒雷と対峙した。身の毛のよだつ殺気とプレッシャーに息を飲みつつ、背後のソルティへ端的に問う。
「ソルティ、時間は?」
『わりぃ、10秒くれ!』
眼前の黒雷は僅かにロールスラスターを吹かす。
瞬時に反応して左ツイストロール軌道へ備えるも、黒雷は直進して通り抜けていった。
俺でなければ気付けないほどの細かいフェイク。嵌められたことを悟り奥歯がギリと音を立てる。
背中越しに打撃音が聞こえ、ソルティの音声にも今日一番のノイズがのった。
『今日は譲ってやる! だがな! 4点はヤだね!』
意地でも赤サークルを避けるべく、グレネードを手元で爆発させて黄色へと強引に飛び込んだ。
自爆してでも赤を回避する様子に会場が啞然とした反応を示す中、ゴールコールが飛ぶ。
《エースを残して21点ずつの同点! ついに一騎打ちだー!》
実況の声に紛れ込んでくるソルティの怒声。
『俺のブロックダウンを無駄にすんじゃねーぞ!』
「無論だ。決着をつけてくる!」
記憶にある限りでは、ソルティが初めてのブロックダウンをした。今日はこれだけでも記念すべき日だと思う。
そして、意識を取り戻した仲間から届く激励たち。
『先輩!』
『ナックさん、貴方なら勝てます!』
チーザとクロワから呼ばれたことで、全身に強い活力が漲る。
『あたいも信じてる!』
『僕、初めての時、ナックさんがいいなって思ったんです! 負けないで下さい!』
皆の叫びがスピーカーの音を割る。鼓膜を飛び越えて心臓を鳴らし、心の殻にヒビを入れた。
心の底から「勝ちたい」と強く願い、自然とグリップへと伝える力が籠っていく。
そこへウェハーが、らしくもない大声で叫んだ。
『ナックさん、俺はあんたに色んなことを教わった。だから見せてくれ、この先を! 俺と娘に、マリンがいたはずの未来を! いっっっけーーー兄貴ーーー!』
懐かしい呼ばれ方だ。
強化兵士で家族のいないマリンからはそう呼ばれていた。
マリンは廃棄が決まった後も、ウェハーと娘の心配ばかりをしていたことを鮮明に思い出す。
全ての思いを言葉に乗せ、力強く答えた。
「ウェハー……任せろ!」




