第29話 子猫
とりあえず最低限の確認作業を終えたオレは、三つ目の最後の依頼を終わらせるため、プレデターキャットの生息が確認されている場所へと向けて大森林の中を進んで……はいなかった。
別に場所がわからなかったわけではない。
プレデターキャットは既に見つけてピクシーバードに監視させているので、あとは倒すだけだ。
もちろん倒すのに苦戦するような相手でもない。
それならばなぜ向かわないのか。
それは、今回はゲーム時代に大規模戦闘でやっていたような遠隔指示を試してみる事にしたからだ。
「ウォーモード!」
ウォーモードへと切り替えると、デフォルトでは最低限のクオータービューやコマンドメニューなど、いくつかのウィンドウが開くだけなのだが、どのウィンドウをどの位置に開くか、ウィンドウのデザイン、透過率など、多数の項目をカスタマイズして記憶しておくことができる。
オレの場合、多くのウィンドウが周囲を取り囲むように展開される設定にしていた。
うっすらと透過されているので最低限の周囲の確認はできるが、基本的にオレの身は護衛のユニットを信じて守りは任せてある。
「……さぁ、遊戯の時間といこうか……」
さまざまなウィンドウから多種多様な情報を読み取り、すばやく戦況を把握、分析、判断、指示を行っていく。
ピクシーバードたちからもたらされた情報を元に、クオータービューにはさまざまな情報が表示されている。
そこにはもちろん、今回のターゲットであるプレデターキャットもすでに補足して映し出されていた。
プレデターキャットは、その名にキャットと付いてはいるが、その姿は大型の豹のような姿をしている。
今回、その数は依頼時に聞いていた予想よりかなり多い。
「八匹か……簡単で確実なのは包囲殲滅だが、今回はこっちの世界での大規模戦闘を想定して、最小戦力での殲滅を行う」
プレデターキャットたちには悪いが、ちょっと練習台になってもらおう。
使用するユニットはピクシーバードとヘルキャット一匹のみ。
【ユニット召喚:ヘルキャット】
小さな魔法陣から踊るように飛び出てきたのは、赤いビロードの毛並みのちいさなちいさな子猫。
その特徴的な色と毛並みをのぞけば、生後三か月と経たない子猫にしか見えない。
今回はこのヘルキャット一匹だけで、すみやかにプレデターキャットの殲滅を行うのが仮想ミッションだ。
と言っても、うちのユニットはどれも優秀なので、正面から戦えばヘルキャット一匹でプレデターキャットの殲滅など造作もない。
そもそもその優秀なユニットたちの中でも、ヘルキャットはかわいい見た目に反して特に強力なユニットの一つなのだから。
だが……それでもプレデターキャットの群れを殲滅するのは少々厄介だ。
問題はプレデターキャットの習性だ。
相手が自分より弱い時は他のプレデターキャットと連携して、どこまでも執拗に追い回すくせに、相手が強いと判断した時はすぐに四方八方に散らばって逃げるのだ。
「ふふふ。主さま、なんだか楽しそうですね」
「そうか? まぁこういうのは難易度が高い方が面白いからな」
まぁ今回のは肩慣らしだし、特に難易度が高いわけでもないのだがな。
オレはユニットコマンドで手早くヘルキャットにこまかい指示を出していく。
指示に従い駆け出したヘルキャットの動きは早く、あっという間に肉眼では確認できなくなる。
しかし、その動きはクオータービューに映し出されており、あと三分もあればプレデターキャットたちのいる場所へと辿り着くのが見て取れた。
「よし、第一ポイントに辿り着いたな」
ヘルキャットへの移動指示は、プレデターキャットではなく座標で行っている。
通常はターゲットで指定すれば、そのターゲットが移動したとしても、自動で移動先を修正してくれるので便利ではあるのだが、今回は作戦のためにプレデターキャットたちがいる場所のすぐ近くにしてある。
「そろそろ気配遮断だ」
目的の座標につくと、ヘルキャットの能力の一つである気配遮断を指示し、さらにプレデターキャットへと近づかせる。
しかし、いくら気配遮断を行っていても、正面から近づかせているので一定距離まで近づくと数体のプレデターキャットがヘルキャットに気付いた。
「さぁ、かわいらしい声で鳴いてやれ」
音声までは聞こえないが、指示通りに「にゃぁ」とひと鳴きしたのだろう。
そこで八匹すべてのプレデターキャットが気付いた。
ヘルキャットは高位の魔物だ。
普通にちかづけば本能的に強いのを察知されてしまう。
だが、こうして気配遮断をして近づくと、そのちいさくてかわいい容姿から、たいていの相手はその強さを見誤る。
つまり……自分たちが狩る側だと。
「かかった!」
プレデターキャットはヘルキャットを弱い格下の魔物だと誤認した。
ということは、その習性からプレデターキャットのとる行動は……集団での狩りだ。
瞬く間にヘルキャットを取り囲むように展開する。
「よし、あとは必死に避けている振りをしながら、地獄の爪でこっそりひっかいてやれ」
ヘルキャットはさまざまな能力を持っているが、そのほとんどが暗殺に特化した能力だ。
戦技『地獄の爪』もその一つだった。
指示をだした直後、プレデターキャットは囲いをせばめて飛びかかってきた。
その攻撃をか弱い子猫が必死に避けている……そのようにしか見えない。
だが……ガンズぐらいの強さを持っていれば、きっと気付いただろう。
子猫がふらふら避けながらも、そのちいさな爪を振るってひっかいていたことに。
必死に避けているように見せながらも、次に他のプレデターキャットが攻撃しやすいようにわざと隙を晒していたことに。
プレデターキャットに襲われてから一分ほど経った頃だろうか。
八匹すべてのプレデターキャットに、満遍なく攻撃され、わずかなひっかきを終えたその時だった。
ヘルキャットは一瞬でその囲いを突破して距離をとると、プレデターキャットたちに背を向け、顔を洗うように手をぺろぺろと舐めはじめた。
まるで、もう遊びは終わったと言わんばかりに。
「あっけなく終わったな」
そう。実際に遊びの時間は終わったのだ。
オレがつぶやいた瞬間、クオータービューには八匹のプレデターキャットが一斉に燃え上がる姿が映し出されたのだった。










