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ミクリア・サイト  作者: 杏仁みかん
1章 籠城生活のはじまり
12/12

1.4:PvP - 2

 ユウマはそのまま攻め込んできたが、俺はFRMフルダイブ・レイダー・モードによるアバター分離攻撃だ。


「ハッ! いきなりフルダイブで攻撃かよっ!」


 重量感のあるハルバードが、ユウマの二倍のスピードで走る俺の分身を真横に薙ぐ。

 ……が、俺は真上に跳躍してハルバードを飛び越え、ユウマの頭目掛けて短剣を縦に振り下ろした。


「……っ!」


 ユウマは返す刃で防ぐ。というより、腕の筋肉が震え、その動きが止まった。

 仮想の武器、仮想の体とはいえ、受け止めたものは相応の力で返さなければ動かすことが出来ない。それは、ビーコスによる能力値や運動量といった複雑な計算結果が脳に働きかけ、ありもしない仮想の質量(マス・エフェクト)を生み出して体の動作に制御をかけているからだ。


 ユウマはハルバードに乗っかる形になった俺を押し返そうとするが、そのタイミングで分身を消滅させる。

 質量が無くなった途端の脇が甘くなった瞬間を見計らい、本体の俺が飛び出した。


「ったく、器用な……ッ!」


 続けざまに放った数合の刃が――しかし、僅かな動きだけで全て堅牢なハルバードに阻まれる。

 ユウマも、連撃の合間を縫って柄による素早い突きで反撃。俺はそれを横にかわしつつ、どうにか空いた懐を狙おうと刺突攻撃で攻めてみるが、やはりすんでのところでガードされてしまう。──焦れったい攻防が続く。


 ハルバードの刃はあくまで大技用だ。俺のような小さい標的には不利だろう。

 しかし、俺の短剣もリーチが短く、懐まで潜り込まないと攻撃が当たらない。


 ならば、と、隙の大きい大技を誘うために、わざと抜き放つような回転斬りで攻め込む──が、これは後方に飛び退いて回避される。

 間合いが開くとこちらに不利だ。直ぐに飛び込んで距離を詰めながら、ステップを踏むように踏み込んだ逆の足を軸に体をもう一捻り。鋭い角度の右後ろ回し蹴りを上段に放つと──


「……! そっちは本物じゃねえな!」


 さすがに器用過ぎる動きだからか、仮想体であることを見破られ、低い姿勢で回避される。──ここまでは概ね計算通りだ。


「…………ッ!」


 だが、ユウマは突然武器をその場に捨て、FRM解除と同時に下段を狙っていた()()()()()()()を素手で受け止めた。


「取った!」

「くッ……!」


 掴まれた足首が軸足と直角に持ち上げられる。このままダウンさせるつもりだ。

 俺はユウマが掴んだ手を支えに軸足を浮かせ、もう一度FRMを発動。仮想体が腹筋運動の要領で体を起こすと、胸元で逆手持ち(リバースグリップ)に持ち替えた短剣が自動的に弧を描いて振り下ろされる。今度こそ、短剣は開いた胸元へ一直線だ。


「ぐうっ…………!」


 さすがのユウマも思わず足を掴んでいた右手を放してしまい──恐らく反射的にだろう、体を捻って左腕を差し出していた。

 実体のない短剣が、深々とその腕を貫く。


「痛ってえっ!」


 本物、且つ生身の腕に対し、鋭利な刃物の刺突攻撃に仮想の質量(マス・エフェクト)はほとんど生まれない。まるで柔らかい豆腐に突きたてるかのように、すんなりと通る。

 実際には、武器の質と防御力との差によって生まれる質量の度合いは異なるのだが、ゲームを始めたばかりの俺たちの防御力は最低ランクの武器にも劣る紙同然だった。

 しかも、腕に短剣が突き刺さったことで脳内に棲むビーコスが幻覚による痛覚と痺れを発生させている。

 この設定は自由にカスタマイズ出来る項目のはずだが、ユウマの場合、ダメージを受けているという感覚を認識するために、どのゲームにおいても敢えてリアル同様の感覚に設定しているという。


 一方、ユウマに手を放された俺の体は、背中から地面に叩きつけられていた。その現実における衝撃と痛みは、痛覚設定の有無に関わらず仮想体にも伝わってくる。

 役目を終えた仮想体を本体に戻す途中で、ユウマは手早く短剣を足元に放り捨てた。

 本体に戻った俺は、どうにか苦痛に耐えながら立ち上がろうとするが──


「……待った甲斐があったな!」

「くっ!?」


 ──その僅かな間が隙を生んだ。

 ユウマは怯むどころか、俺よりも早く武器を拾い直し、既にハルバードを振り上げている!


 ──やばい! これは避けきれないか!?


「もう止めて!!」


 しかし、意外なところからの叫び声に、俺とユウマはピタリと動きを止めた。

 それは、眉を寄せた──普段考えられないような、辛そうな表情のアイツ。


「…………」


 ミクリアを一時的に切って、現実世界に戻る。

 いつの間にか、周りにいた大勢の人が、何事かとこちらに目を向けていた。


「ノゾミ、どうしたんだよ。そんな声出しちまって……」

「見てらんないって言ってるの!」


 ユウマは口をへの字に曲げ、気まずそうに肩を落としながら頭の後ろを掻いた。


「いや、さっきも言ったが、大丈夫だって。これはデュエルなんだから」

「ゲームだから安全!? 絶対にそう言い切れる!? だったら、駅前で人が死んでいったのって、なんだったの!? ……アカルは実際に見たんでしょ!? あたしが言いたいコト、分かるよね!?」


 俺は黙って頷くしかない。

 だって、分からないわけがなかった。言われて思い出して、少し吐き気がしたぐらいだ。


「……そうだな。悪かったよ」


 俺は素直に謝った。ユウマはまだ、戸惑った顔を浮かべてはいるが。


「ユウマ、対戦した後で言うのもなんだけどさ、俺、この目であの現場を見たんだ。ノゾミの言う通り、今は何が起きてもおかしくない。……不用意なバトルは避けた方がいいかもしれない」


 そう諭すと、ユウマは静かに目を閉じ、苦笑した。


「わーったよ。すまねえ」


 すると、ノゾミは緊張の糸が切れたのか、ふうぅ……、と大きなため息をつき、次の瞬間には笑顔に戻っていた。まるで、遠くに行ってしまった大切な人が帰って来た時のような、どこか寂しそうな笑顔ではあったが。


「でも、剣道やってるユウマはともかくさ。凄いんだね、アカルって。まるで踊ってるみたいに次から次へと動くんだもん。とても真似なんか出来ないよ」

「……いや、俺、息切らしてるけどな……」


 俺の戦い方は、その殆どがゲームシステムに偏ったものだ。

 中学時代、体がもつれないようにとダンスゲームで足運びを鍛えたこともあったが、その時に比べるとサボり気味で、体力も落ちている。

 とはいえ、まったく何もしていなかったわけではない。対戦型のMRゲームは何種類か続けていたし、足りない運動力は知識と経験で補える。上手くやれば、人間には避けられないような攻撃だって繰り出せるだろう。


 一方、ユウマは、対戦だとFRMなどの複雑な攻撃方法を好まず、あくまで自力だけで勝ちに行こうとする。剣道部の延長線だと思っているからだ。……だからこそ、俺とほぼ互角でやりあえたのだ。

 当然、持久戦になればユウマの方に分があるし、普通の剣道試合をしたら俺なんかじゃ勝ち目がない。だから、種族の特性とトリッキーな動きで翻弄しつつ、短時間で決着を着ける他なかったのだが……今回は動きを読まれ、敢えなく敗れてしまった。


「なあに、誰だって初めはそんなふうに出来ねーだろ」


 始めてもいない段階から簡単に諦めそうなノゾミに対し、ユウマは軽い口調でフォローを入れた。


「だいたい、猫族は撃たれ弱いし、近接戦闘主体でもサポート側に適した種族だから、タンクやメインアタッカーにならなくてもいいんだぜ」

「そ、そうなの?」


 猫族はデバフ──つまり、相手の不利になるような効果を生み出す魔法や、それにちなんだ素早い物理攻撃を得意とした種族で、その軽い身のこなしからは戦闘以外でも夜の潜入や偵察にも適している。

 だから、大型モンスターを相手にすると攻撃ダメージは雀の涙にも等しく、ボス戦でデバフをかけて一旦手が空くと、前衛の代わりに取り巻きモンスターの片付けを担当することになる。

 要は、相手に邪魔を仕掛ける役である。こういうのを、俗に「デバッファー」と呼ぶらしい。


「てか、噂で聞いたんだけどよ、お前、体操やってたんだろ? バランス感覚と柔軟性は猫族の得意分野だから、リアルでその能力が高ければ高いほど真価を発揮するはずだぜ」


 それを聞いたノゾミは拳をぐっと握りしめた。


「そ、そっか! それなら……うん、どうにかなるかな」

「そんなに難しく考えるこたぁねーよ。MRゲームのルールってのは型を習うようなもんだ。後は身体能力がものをいう。アカルはゲームの機能を使いこなすのが得意だが、運動能力がまるでなってねえ。ノゾミはその逆、俺は半々のバランスってところだろう。 つまり、俺たちだけで組めば、そこそこいいパーティになれそうだとは思わねえか?」

「……パーティ、か」


 ユウマの言う身体能力を基準に考えるなら、例えば、ユウマはタンク、俺はアタッカー、ノゾミはサポートといったところか。これならばどんな局面にも対応出来そうだ。

 雑魚相手ぐらいならプレイヤーテクニック次第ではアタッカーだけでも充分こなせるだろうが、これから戦うかもしれない大型のレイドボス相手には、どのポジションにおいても必要不可欠になってくる。欲を言えば、最低限あと一人いると心強くなる。

 幸い、ノゾミはまだ始めたばかりの初心者だ。練習次第では、パーティにあった戦術を身に付けることも可能だろう。


 ──しかし。

 ノゾミの表情は頑なに暗いままだ。


「まるで、戦争が始まるみたいだね……」


 そんな呟きには、


「いや──むしろ戦争だろ」


 と、冷徹に返すユウマである。


「人が殺されてるんなら、そいつはもう、ゲームだけじゃ済まされない」

「……そっか。そりゃそうだよね。……はぁ……」


 先程は試合だから、と割り切ったから普通に戦えたが、相手は人ではなく、容赦なく人を殺せるAIのモンスターである。しかも、俺たちプレイヤーには、負ければ死、というペナルティを課せられている。

 一度たりとも負けることは許されない──そのような恐怖や不安を前にして、立ち向かう勇気がないというのも当たり前の話だ。

 駅前の交差点やディスカウントショップの事を思い出すなら、俺だってそうだ。実際、逃げることしか出来なかったのだから。


「…………なあ、ユウマ」

「なんだ? アカル」

「俺、短剣なんかじゃだめだよな……」

「今頃気付いたかよ」

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