表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/60

端午の節句1

 心地よい太陽が少し主張を強め始める五月。ウカは勝手に決めた長期休暇、ゴールデンウィークの予定を立てていた。

 「あ、いいねー、温泉。露天がいいー」

 どこからかもらってきた旅行雑誌を積み上げ、自分が行くならどこかという、別にどこか行くわけではない謎の計画を立てていた。

「ファミリー遊園地……暑そう、パス。森のアクティビティ? わざわざ? ……パス。プール……まだ五月はじめー」

 「……なに、その行く気のない感じ。行かないのに計画立ててるでしょ?」

 横にいたミタマに言われ、ウカは雑誌を放り投げた。

 「えーん、本当は全部イキターイ!」

 「行きたかったんかい……」

 「なんかさ、イベントないわけ? せっかくのゴールデンウィークなのにさ、なんにもやらないでゴロゴロしてるなんてさ」

 「ウカちゃん、そもそも一年中休暇なのに長期休暇も何もないんだけど?」

 ミタマはあきれつつ、机に置いてあった柏餅に手を伸ばした。

 「ねぇ、待って。なんで柏餅が机の上に置いてあるの?」

 ミタマの手に掴まれた柏餅をすばやく見たウカは鋭く尋ねた。

 「あー、これ? リガノくんが買って来たんだよ」

 「え、私も食べる!」

 「どうぞ。ウカちゃん、ちなみに今日は端午の節句なの知らないでしょ?」

 ミタマにつっこまれ、ウカは眉を寄せた。

 「知ってるって。かしわ餅食べて鯉のぼりの日」

 「……男の子の成長を喜んでね……。あ、女の子でもいいらしいよ。菖蒲湯入ってさ……厄除け……」

 「あぁー……菖蒲湯気持ち良さそう。銭湯最高だろうね。菖蒲買ってきてうちでやろうか」

 ウカはかしわ餅を頬張りながら思い付いたことを言った。

 「ウカちゃん、菖蒲買ってこないし、お風呂も沸かさないつもりでしょ。いつも僕らなんだよね。こういうことやるの」

 「あー……まあ、たぶん、こういうのはリガノくんが……」

 ウカが目を泳がせていたらリガノがやってきた。

 「今日は端午の節句だ。気持ちいい菖蒲のお風呂に入って癒しを……」

 最後まで言い終わる前にミタマがため息をついた。

 「なんで、菖蒲を持ってくんの……。ウカちゃん、なんにもやらないじゃない、これじゃあ……」

 「あ、ああ……すまん」

 「お風呂くらい沸かしてもらおうよ……」

 ミタマがリガノに言った時、ウカが追加で言葉を発してきた。

 「あー、ミタマくん、お風呂、沸かしといてー」

 「ウカちゃん! それぐらい自分でやろうね! 風呂のボタン、押すだけだからね? 最新のお風呂なんだから、薪からやるわけじゃないんだから! 押したら沸くから!」

 ミタマに叱られ、肩を落としたウカは渋々お風呂のスイッチを押した。

 

 一方でイナはスキップをしながら五月を満喫していた。花はきれいに咲き、てんとう虫が顔を出す。ウカの神社に行く途中だ。

 横にはミノさんがいた。

 「あー、なんでこんなにあちぃの? まだ五月なんだよなあ?」

 ミノさんがぼやき、イナは蝶々を追い始めた。

 「オーイ」

 ミノさんがため息をついた時、背中を誰かに叩かれた。

 「ん?」

 「ミノさん、相変わらずダラダラしてるね」

 「……えー」

 背中を叩いてきたのは麦わら帽子にピンクのシャツ、オレンジのスカートを履いた地味めの少女だった。

 「ちょっと、名前忘れたの?」

 少女はミノさんを睨み付けた。

 「あー……えーと……あ! 地味子!」

 「地味子じゃなあああい! ヤモリ!」

 ヤモリと名乗った少女は怒りながら、強めにミノさんの背中を叩いた。

 「いってー! ごめんって!」

 「あ、ヤモリ!」

 イナがヤモリの声に反応し、戻ってきた。

 「なんだよ、おたくもウカんとこ行くのか?」

 「あんなやる気ない稲荷の側にいたら腐るよ! 私は一応、真面目な龍神! ちょっと相談にきただけだよ」

 「相談?」

 「うん。実はうちの神社で参拝客がきてね」

 「うわー、参拝客って言葉、ひっさびさに聞いたわ! アッハハハ!」

 「笑い事じゃないっ!」

 ヤモリに怒られ、ミノさんは苦笑いを浮かべた。

 「あの、それで?」

 「それで、参拝理由がね、ママさんでね、『産まれた子供の健康のため、ネットで菖蒲を買いました。間違えて苗の菖蒲を買ってしまい、大きくないので菖蒲湯には使えません。育てることにしました。新しく菖蒲を買ったらそれはニオイショウブではなく、花菖蒲でした……。初節句は菖蒲湯ができないですが、健康と厄よけを祈ってます……』って」

 「んー……なにそれ? ドジだなあ……。ニオイショウブと花菖蒲間違えんなよ。全然違う植物だぞどうしたらいいんだよ?」

 ミノさんは首を傾げた。

 「うち、厄除けじゃないからさー、なんかどっかの神にコンタクトとれない?」

 ヤモリは眉を寄せつつミノさんを見上げた。

 「んん……だって行くのはウカのとこだぜ」

 「だよねぇ……」

 三人はなんとなくウカの神社への階段を登り始めた。

 「初節句なら菖蒲湯やりたいよな?」

 「やりたいでしょうねー」

 神社の階段を登りきった時、赤ちゃんを抱いたどこかの母親が神社内をうろついていた。

 「あ、あの人……」

 「あー、ウカ、風呂沸かしてるぞ! たぶん菖蒲湯だ! イエーイ!」

 「ちょっと待って!」

 ミノさんが喜び、ヤモリは止める。そこへイナが嬉しそうに声を上げた。

 「かしわ餅ありそうなにおい!」

 「イナ、ちょっと黙ってて」

 「なんだよ?」

 ミノさんが聞き返し、ヤモリは説明を始める。

 「あの人なの! うちにきた人!」

 「あー、霊的空間内だから菖蒲の匂いも感じないだろうが、なんかかわいそうだなあー」

 「え? あのひと、菖蒲がほしいの? わかった! イナチャンとつげきぃ!」

 イナが突然走りだし、ヤモリは焦った。

 「待って! 人に突撃は……」

 ヤモリは社に走り去るイナを見て安堵のため息をついた。

 「ああ、神社か、良かった……」

 「人に突撃するわけねーだろ。みえねーんだから」

 ミノさんに言われたヤモリは指を横に振った。

 「いやいやミノさん、イナはやるよ」

 「やんのか、あいつ……」

 ミノさんは神社に消えていったイナを呆然と見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ