端午の節句1
心地よい太陽が少し主張を強め始める五月。ウカは勝手に決めた長期休暇、ゴールデンウィークの予定を立てていた。
「あ、いいねー、温泉。露天がいいー」
どこからかもらってきた旅行雑誌を積み上げ、自分が行くならどこかという、別にどこか行くわけではない謎の計画を立てていた。
「ファミリー遊園地……暑そう、パス。森のアクティビティ? わざわざ? ……パス。プール……まだ五月はじめー」
「……なに、その行く気のない感じ。行かないのに計画立ててるでしょ?」
横にいたミタマに言われ、ウカは雑誌を放り投げた。
「えーん、本当は全部イキターイ!」
「行きたかったんかい……」
「なんかさ、イベントないわけ? せっかくのゴールデンウィークなのにさ、なんにもやらないでゴロゴロしてるなんてさ」
「ウカちゃん、そもそも一年中休暇なのに長期休暇も何もないんだけど?」
ミタマはあきれつつ、机に置いてあった柏餅に手を伸ばした。
「ねぇ、待って。なんで柏餅が机の上に置いてあるの?」
ミタマの手に掴まれた柏餅をすばやく見たウカは鋭く尋ねた。
「あー、これ? リガノくんが買って来たんだよ」
「え、私も食べる!」
「どうぞ。ウカちゃん、ちなみに今日は端午の節句なの知らないでしょ?」
ミタマにつっこまれ、ウカは眉を寄せた。
「知ってるって。かしわ餅食べて鯉のぼりの日」
「……男の子の成長を喜んでね……。あ、女の子でもいいらしいよ。菖蒲湯入ってさ……厄除け……」
「あぁー……菖蒲湯気持ち良さそう。銭湯最高だろうね。菖蒲買ってきてうちでやろうか」
ウカはかしわ餅を頬張りながら思い付いたことを言った。
「ウカちゃん、菖蒲買ってこないし、お風呂も沸かさないつもりでしょ。いつも僕らなんだよね。こういうことやるの」
「あー……まあ、たぶん、こういうのはリガノくんが……」
ウカが目を泳がせていたらリガノがやってきた。
「今日は端午の節句だ。気持ちいい菖蒲のお風呂に入って癒しを……」
最後まで言い終わる前にミタマがため息をついた。
「なんで、菖蒲を持ってくんの……。ウカちゃん、なんにもやらないじゃない、これじゃあ……」
「あ、ああ……すまん」
「お風呂くらい沸かしてもらおうよ……」
ミタマがリガノに言った時、ウカが追加で言葉を発してきた。
「あー、ミタマくん、お風呂、沸かしといてー」
「ウカちゃん! それぐらい自分でやろうね! 風呂のボタン、押すだけだからね? 最新のお風呂なんだから、薪からやるわけじゃないんだから! 押したら沸くから!」
ミタマに叱られ、肩を落としたウカは渋々お風呂のスイッチを押した。
一方でイナはスキップをしながら五月を満喫していた。花はきれいに咲き、てんとう虫が顔を出す。ウカの神社に行く途中だ。
横にはミノさんがいた。
「あー、なんでこんなにあちぃの? まだ五月なんだよなあ?」
ミノさんがぼやき、イナは蝶々を追い始めた。
「オーイ」
ミノさんがため息をついた時、背中を誰かに叩かれた。
「ん?」
「ミノさん、相変わらずダラダラしてるね」
「……えー」
背中を叩いてきたのは麦わら帽子にピンクのシャツ、オレンジのスカートを履いた地味めの少女だった。
「ちょっと、名前忘れたの?」
少女はミノさんを睨み付けた。
「あー……えーと……あ! 地味子!」
「地味子じゃなあああい! ヤモリ!」
ヤモリと名乗った少女は怒りながら、強めにミノさんの背中を叩いた。
「いってー! ごめんって!」
「あ、ヤモリ!」
イナがヤモリの声に反応し、戻ってきた。
「なんだよ、おたくもウカんとこ行くのか?」
「あんなやる気ない稲荷の側にいたら腐るよ! 私は一応、真面目な龍神! ちょっと相談にきただけだよ」
「相談?」
「うん。実はうちの神社で参拝客がきてね」
「うわー、参拝客って言葉、ひっさびさに聞いたわ! アッハハハ!」
「笑い事じゃないっ!」
ヤモリに怒られ、ミノさんは苦笑いを浮かべた。
「あの、それで?」
「それで、参拝理由がね、ママさんでね、『産まれた子供の健康のため、ネットで菖蒲を買いました。間違えて苗の菖蒲を買ってしまい、大きくないので菖蒲湯には使えません。育てることにしました。新しく菖蒲を買ったらそれはニオイショウブではなく、花菖蒲でした……。初節句は菖蒲湯ができないですが、健康と厄よけを祈ってます……』って」
「んー……なにそれ? ドジだなあ……。ニオイショウブと花菖蒲間違えんなよ。全然違う植物だぞどうしたらいいんだよ?」
ミノさんは首を傾げた。
「うち、厄除けじゃないからさー、なんかどっかの神にコンタクトとれない?」
ヤモリは眉を寄せつつミノさんを見上げた。
「んん……だって行くのはウカのとこだぜ」
「だよねぇ……」
三人はなんとなくウカの神社への階段を登り始めた。
「初節句なら菖蒲湯やりたいよな?」
「やりたいでしょうねー」
神社の階段を登りきった時、赤ちゃんを抱いたどこかの母親が神社内をうろついていた。
「あ、あの人……」
「あー、ウカ、風呂沸かしてるぞ! たぶん菖蒲湯だ! イエーイ!」
「ちょっと待って!」
ミノさんが喜び、ヤモリは止める。そこへイナが嬉しそうに声を上げた。
「かしわ餅ありそうなにおい!」
「イナ、ちょっと黙ってて」
「なんだよ?」
ミノさんが聞き返し、ヤモリは説明を始める。
「あの人なの! うちにきた人!」
「あー、霊的空間内だから菖蒲の匂いも感じないだろうが、なんかかわいそうだなあー」
「え? あのひと、菖蒲がほしいの? わかった! イナチャンとつげきぃ!」
イナが突然走りだし、ヤモリは焦った。
「待って! 人に突撃は……」
ヤモリは社に走り去るイナを見て安堵のため息をついた。
「ああ、神社か、良かった……」
「人に突撃するわけねーだろ。みえねーんだから」
ミノさんに言われたヤモリは指を横に振った。
「いやいやミノさん、イナはやるよ」
「やんのか、あいつ……」
ミノさんは神社に消えていったイナを呆然と見つめた。




