やる気が出る九月?3
イナに連れられ山を降りたウカは幾分か冷静さを取り戻していた。
「ウカ、だいじょーぶ?」
イナが心配そうにウカを見上げた。
「大丈夫だけど……あの喧嘩、どうするの?ひきがねが私だからなんとかしないとダメよね……?」
ショックから立ち直れていないウカは青い顔でイナに尋ねた。
「たぶん、喧嘩が終われば冷静に山を降りてくるんじゃないかな……」
イナは終わるまで待つ提案をした。
「怪我しちゃうじゃないの……。……というか、イナはどうやってあそこに?なんでミノさんと……」
落ち着いてきたウカは始めに質問するべき内容を尋ねた。
「あー、ウカちゃんと遊ぼーと思ったんだけど途中でミタマとリガノに出会ってさ、慌てて山に入っていったからなんかヤバイのかと思ってミノさんを呼び出してからふたりを追ったわけ。そしたら気性の荒い厄神の神社にぶち当たったわけよ」
「あ、なんかごめんね……。助かったわ……」
「でも、なんで昔ながらの厄神に憧れてるあいつの神社に行ったわけ?方向性間違えててけっこう壊れてる神だよ?あの方。ウカちゃんまさか闇落ち!?」
イナは目を丸くして驚いていた。
あの神はこの辺では有名らしい。
「いやいや……知らなかったのよ……。ああ……怖かった……」
「でもさ、勝手に結界を越えたからっていきなり殴るなんて酷いよね」
イナはわかりやすく眉をつり上げて怒っていた。
「いや……たぶん、そうじゃない……」
「え?」
「彼はおじいさんの件で怒っていたのよ」
「んー?」
状況が読めていないイナにウカは説明を始めた。
「あの神社におじいさんが祈りに来たらしいわ。私達がいつまでも叶えられないから手当たり次第に回っているそうよ……。厄神の神社に行くほどに」
「……んー……、あの神は商業的に厄除けになっていたりしない純粋な厄神だよ……。人間も山を切り崩せないほどに恐ろしい存在で厄が来ないように半ば封印するような形で社を建てたから祈っても叶わないし……」
「……私のせいかな……おじいさん、厄を被ってるみたいなの」
ウカは泣きそうな顔でイナに助けを求めた。
「……ちゃんとやんなきゃいけないヤツだったかもね……」
「……まだあきらめないわ……十月のカムハカリで高天原北のアマテラス様に繋がる冷林様に頭を下げて助けてもらうのよ」
ウカは決意を胸に空を見上げた。
イナも横で深く頷く。
「じゃあとりあえず、神社に戻ってお月見の準備して彼らを待とうかしら……」
「よし!そうしよう!!栗とサツマイモは私が持ってるから」
「助かるわ」
イナの言葉にウカはやっと表情を緩めた。
※※
月が出始めた頃、ボロボロになった三神がウカの神社に帰って来た。
「あー……派手にやったねー……」
イナが呆れた顔でミタマ、リガノ、ミノさんを見据えた。
ミタマもリガノもミノさんも全身泥と血にまみれ、ひどい有り様だった。
「久方ぶりに喧嘩したよ……はは……」
「俺もだ……」
ミタマとリガノは苦笑いをイナに向けた。
「おかしいな……俺は止めてたはずなんだが……」
ミノさんはひとり首を傾げていた。
「もう……男が本気で喧嘩してるのを近くで見てるのは怖いのよ!私は仲を取り持とうとしていたのに……」
ウカは目に涙を浮かべつつ三人につぶやいた。
「ごめん……」
「すまん……」
「いやー……俺は止めようとしていたはず……」
ミタマ、リガノは申し訳なさそうにあやまり、ミノさんは居心地悪そうにはにかんだ。
「まあ、助けに来てくれてありがとう。……で、頭は冷えたのかしら……」
ウカは怒っていた彼らの怖い一面が頭から離れず怯えながら尋ねた。
「……ほんと、ごめん……。怖かったよね……。ウカちゃんを守ろうとしただけだったんだけど……」
「いつの間にかカチンときててな……」
「そういやあ、おたくら俺を殴っただろ!ああ、それがキッカケだよ。この野郎!」
反省の意を見せるミタマとリガノにミノさんは思い出したように叫んだ。
「もう……やめてよ……」
「ウカちゃん、大丈夫だよ」
震えるウカの背中をイナがさする。それを見たミノさんは顔を曇らせて「すまん……いや、ほんとに……」とあやまった。
「……で、風渦神とはどうなったのよ?」
皆がしおらしくなった所でウカは尋ねた。
「喧嘩は続いてたんだが……」
リガノが言いにくそうに切り出し、ミタマが続けた。
「ヤツが『邪魔なんだよ!出てけよ!二度とツラ見せんじゃねーよ!』って言ったから『ああ!出てってやるよ!もう二度と来ねーよ!』みたいな感じで別れたって言うのかな……?」
「……呆れた……」
ウカは思わずつぶやいてしまった。
つまり、口喧嘩しながら殴りあってて言葉の弾みで簡単に喧嘩が終わったらしい。
……一体なんだったんだ……。
「まあ、それよかウカちゃんが言ってたんだけどね、あのおじいさんが風渦神のとこにも来たんだって」
「なんだって!?」
イナの言葉に一同はドロドロのまんま叫んだ。
「そうなんだけど、とりあえず……体の血とか泥とか落としてから話すわ……。うちのお風呂貸すから流してきて」
「あ……ごめん」
三人はウカの言葉に頷くと苦笑いのままウカの社に入っていった。
「あー、ビックリした!とんだお月見だね!」
イナが男達が消えてから大きくため息をついた。
「そうね……。はあ……」
ウカもため息で返した。
しばらくして男達がサッパリした顔で戻ってきた。
「いやー、サッパリ!ああ、ちゃんと三人でお風呂掃除しといたから。ごめんね」
ミタマが代表してあやまる。
「まあ、それはいいんだけどお月見しながら怪我の手当てをしましょ」
ウカが高く積まれた月見団子を賽銭箱に置いてから消毒薬を持ってきた。
「高天原製だから効くはずだから……」
「すまん……」
「すんません……」
リガノとミノさんも先程からあやまってばかりだ。
気がつくと鈴虫やコオロギが鳴いており、まん丸の大きいお月様が満天の星空の中、狂おしく美しく輝いていた。
「わあー、キレイ!」
イナは月を見て感動しながら手では団子を摘まんでいる。
食いつきが凄い。気がついたらなくなっていそうだ。
「じゃあ手当てしながらさっきのやつ話すから聞いてよね」
「うん」
「おう」
「へーい」
ミタマ、リガノ、ミノさんがそれぞれ返事をした。
しっとりとしたお月見には似合わない傷だらけな男三人を相手にウカは先程のおじいさんの件を話した。
……ほんと、とんだお月見だったわ……。
ウカはため息混じりに夜空に輝く月を見上げていた。




