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05 残り07年と07ヶ月04日


 ニーナに父親の遺体を埋葬する余裕ができたのは、それからひと月後だった。


 森の奥深く、けれど人の足でも踏み入ることが出来る場所を弔いの地に選んで、魔女馬車を止めた。


 何時間もかけて土に穴を掘ると、タグの機能を使い、父親の遺体から荷重を消して魔女馬車から運び出す。土中に横たえてからタグを外し、土を被せて埋めていけば、土は中に収められたものの分だけ盛りあがった。最後に、墓標として大きな石を乗せる。


 すべてをし終えると、何やらどっと疲れてしまって、ニーナはその場に座り込む。

 何をするでもなく、日が沈むまでずっと、父の墓と墓標をぼんやり眺めていた。


 ほぼ一日中魔女馬車に戻らなかったが、出迎えた“積み荷”は何も言わなかった。

 どうやら、今日ニーナのしていた事は、車室の窓から見えていたようだった。


 その日は、二人ともほとんど何も語らず、早々に休みを取った。


 次の日からは、いつもの生活に戻っていた。

 ニーナは“御者”を、そして“積み荷”は、食事の用意を続けてもらっている。


 父親の埋葬は済んだが、それでも魔女馬車の運用から家事までこなすには、まだ無理があった。体力的な理由もあったが、ニーナはまだ、父から後継者の手解きを受けていた途中で、御者の知識を完全には修得できていない。


 だから、不足している知識を補うためには、父が付けていてくれた日誌や書き付けを洗いざらいにするしかなく、ニーナは、父がしていたように昼は馬車の手綱を握りつつ、夜は預かり物をチェックして日程の組む他にも、独学で御者の技術を身に付けならなくてならいため、どうしても家事まで手が回らないのが現状だった。


 朝昼晩、“積み荷”はいつも上機嫌で食事を整えている。


 朝は、ニーナが車室の扉を開けるまで外に出られないが、昼と夜は、ニーナがキッチンへ下りてくるまで、料理には一切手を付けずに待っているのである。


 いつの間にか作っていた自作のエプロンを着て、ニーナの向かいの席に座って、毎回毎回料理の感想を聞いてくるので、ニーナも多少は答えるようにしている。


 毎回毎回どれもこれも腹が立つくらいに美味しいし、作る度に料理の腕が上がっている気がするうえ、最近はアレンジの仕方まで覚え出す始末。


 そんなある日の事だった。

 夕食後には、デザートまで出るようになって数日のこと。


 “積み荷”が流し台の前で洗い物をして、ニーナは届け先の日程を組むため、魔法の地図と睨めっこしながら紙に起こしていたが、魔法の地図に不可思議なことが起こった。


 魔女馬車があるニーナたちの現在地に、魔女の名前が重なっていた。

 どういうことかと、魔法の地図へさらに顔を近づけていくと、


 「あら、クレームブリュレね。わたくし大好き」


 頭上から振ってきた声に、ニーナは悲鳴をあげるところだった。

 テーブルに張り付くように背後を振り返れば、見知らぬ女が立っていた。


 人間たちとはセンスの異なる衣装に身を包んだ女は、自らの美貌を誇るように挑発的な笑みを浮かべている。


 見知らぬ女、ではなかった。

 ニーナは数年前に姿を垣間見たことがある―――北の森の魔女。


 「馬車の上をね、たまたま通りかかったの。それでお邪魔させてもらったわ。ほら、少し前に緊急救難を出していたでしょ。それで、何となく気になったのだけれど……」


 言いながら、魔女はキッチンの中を見渡した。

 ニーナが気付いた時には、“積み荷”は流し台の前で固まっていた。


 「ずいぶんと可愛らしい“御者”さんと、ずいぶんと可愛らしい“積み荷”くんの組み合わせなんて、ずいぶんと珍しい光景ね」


 からかうような口調に、“積み荷”はぱっとタグの付いた手を隠すが、どう考えても手遅れだった。


 「ねえ、わたくしもご相伴いいかしら? あ、お茶はカモミールがいいわ」







 北の森の魔女は、“積み荷”が作ったクレームブリュレを大層気に入ったようで、スプーンを口に入れるたび感嘆の声をあげていた。


 容器の中身をきれいに完食したあと、カップに注がれたカモミールを一口すすり、ふう、と艶めかしい吐息をつく。


 「そう、それは大変だったわね」

 「……いえ」


 彼女がクレームブリュレを堪能している間、ニーナはこれまでの経緯を説明していたが、魔女は聞いていないようで、きちんと聞いていたようだった。


 ニーナの隣には、“積み荷”が肩身を狭くして椅子に座っている。


 魔女へお菓子とお茶を出した後、車室まで下がろうとしたが、彼女からここにいるように言い付けられていた。


 「それで……わたしは、どうなりますか? 御者としての資格を失いますか?」

 「え、どうして?」


 美しい顔かたちが、きょとんとした表情を形作る。


 「生きるためだったんでしょ? だったら仕方ないじゃない。全然おっけーよ」

 「……そう、なんですか」


 「生き残るために利己の選択をするのは、生きるモノの権利よ。たとえ、どれだけ愚かな選択だろうと、その権利は誰にも侵害できないわ。もちろん魔女にもね」


 「…………」


北の森の魔女がニーナに向ける眼差しは、微笑ましいものを前にした笑みだった。

 さきほどから接してみて、とても友好的な魔女に思えた。


 ニーナは父から、いかなる魔女にも敬意をもって接するようにと言われていたし、相手は精霊に近い存在のうえ、その気質はどこまでも気まぐれだ。だから、彼女たちに高望みをしてはいけないと言われていた。


 父の言葉が間違っていたとは思わない。これからも、魔女たちとは一線を引いて付き合っていくべきだろう。


 ただ、目の前にいる魔女と接していると、やみくもに敬遠したりせず、少しは頼りにしても良かったのではないかと、ニーナは父が息を引き取った直後に来てくれたあの魔女のことを思った。


 「でも、そうね。いつまでも“積み荷”くんに手伝わせるのは、確かに問題ね」

 「……はい」


 「だから、“積み荷”くんを手放す前に、早く同伴者を捜しなさい」

 「――え」


 「相方が見付かるまでなら、他の魔女たちも見逃してくれるでしょうし」


 ニーナは目をしばたたいた。


 「あら、どのみち次の後継者が必要になるじゃない。となると、どこかの人里で子供を引き取るか買うかして、弟子にする選択もあるだろうけど、個人的な好みで言えば……お婿さん捜しかしら」


 今度は、ぎょっと目を剥いてしまう。


 「うふふ。いいわね。小さくて、恋で、メロディね」


 何やら呟きながら、魔女は一人で盛り上がっていた。


 「もし、いい人が見付かったなら、その時は馴れ初めを聞かせてね。わたくし、そういうお話しも大好きなの」


 ニーナが呆然として何も言えないでいると、魔女は聞いてもいないのに、自分が今している恋のお相手やら、とある侍女と騎士の馴れ初めやらを話し出す。


 1時間ほど喋っていたが、勝手に語って勝手に終えると、気が済んだとばかりに立ち上がって、さっさと帰り支度をはじめだした。


 ただ、帰るついでに食糧の補給を申し出てくれたので、ニーナはお願いすることにした。

 食料庫へ趣き、魔女が手を2度叩く。それだけで、食材や調味料の補充は完了した。







 北の森の魔女が馬車から去っていったあと、ニーナはしばらく呆然としていた。


 同伴者、相方、お婿さん。

 そんなこと考えたこともなくて、魔女を見送った廊下の真ん中で立ち尽くしていた。


 「捜しに行くの? お婿さん」


 いつの間にか背後に立っていた“積み荷”が、無遠慮にも聞いてきた。


 ニーナの頬が熱くなる。


 「そ、そんな余裕あるわけないじゃない」

 「……じゃあ、余裕ができたら行くの?」


 「そ、れは……」


 今ですら、二人で手分けしてどうにか成り立っている状態である。


 いずれ、無理をすれば一人でも立ち行かせることはできるだろうが、生活にいくらかの余裕が欲しいなら、やはり誰かの協力は必要になる気がした。けれど、


 「わ、わたしまだ12歳よ。きっと、まだ……まだまだまだまだ早いわよっ」

 「じゃあ、いくつになったら捜しに行くの?」


 ニーナは、変な焦りを覚える。

 “積み荷”がしつこいのはいつものことだが、それにも増して執拗な気がした。


 とても私的な部分に踏み込まれているようで、羞恥心がわき上がる。


 「そんなの分からないわよっ。どうして、そんなこと聞くのよっ」

 「どうしてって、いつもの質問だけど。運び屋さんこそ、どうして怒るの?」


 「アナタがしつこいからよっ。まだ余裕がないし、まだ早いし、まだ分からないって言ってるでしょ。結婚なんて、考えたこともなかったのっ。お婿さんなんていきなり言われても、分からないとしか言えないわよっ」


 いったい何を言っているのか。自分でも分かっていたが、すぐには止まらなかった。


 「ずっとお父さんと二人きりだったし、お母さんはずっと前に死んじゃったし、恋とかなれそめとか、そんな話したことないし。それに、それに……そんなことのために人里に下りるなんて―――」


 瞬間、ニーナは衝撃的な事実を突きつけられた。


 人里に下りる。

 どうということはないはずなのに、それを考えただけで、言いしれぬ恐怖が呼び起こされた。


 その正体は、大の男たちに脅しつけられた恐怖であり、窮地から無我夢中で逃げ出した恐怖であり、父親が血を吐き冷たくなっていく恐怖が、ごちゃ混ぜになったものだった。


 ニーナは知らず、自分の腕を抱きしめていた。

 あ、と小さく漏れた声がした。


 「……ごめん」


 何を察したのか、“積み荷”がニーナに向かって謝った。


 「……本当に、ごめんね。何て言うか……わざとイジワルを言いました」

 「…は?」


 「ボクさ、運び屋さんのために毎日ご飯作って、毎日残さず食べてもらえるのが、すごく楽しくて、嬉しくて。だからさ、それが他のヤツに取られるのかなって思ったら、なんだ無性にイヤな気持ちになって……うん、たぶんヤキモチやいたんだと思う」


 眉をハの字に曲げて、自分の非を告白する“積み荷”に、何故だかニーナは恐怖心を忘れるほど動揺した。


 「――――ば、ば、ば、バカじゃないの」

 「うん。バカだった。ごめんなさい」


 またしても素直に謝られ、ニーナはますます動揺していく。


 さっきより頬が熱い気がしていたたまれず、一刻も早く自分の部屋に閉じこもりたくなったニーナは、“積み荷”をさっさと車室までおいやることにした。






魔女様がリターンしてアウトされました

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