94話 街道をいきました!
俺たちは今、馬車に乗って街道を北に向かっている。
馬車の荷台から馬の手綱を握っていると、メルクが隣で呟く。
「すごい便利」
メルクは先ほどから、荷台から身を乗り出して回る車輪を見ていた。こういった荷馬車に乗るのは初めてだったようだ。
これは先ほど、俺が生産魔法で作った馬車だ。
モープの毛で作った幌が付いており、二頭の荷馬で牽くかたちだ。
荷台は人が二人で横になれるぐらいの広さはある。
「こういう場所だと、やっぱり馬車は速いな。森は進めないけど」
馬車ではとても森は進めないので、街道に出てから作った。
別に俺一人なら、馬車などいらない。
魔法工房に売る物は入っているし、買う物もそこに入れて帰ってくればいい。
だが、イリアとメルクが付いてくることになったので、馬車にした。
しかも最寄りの街まで少なくとも四日はかかる。
寝泊まりのことも考えると、やはり幌付きの馬車がいい。
イリアは申し訳なさそうな顔で言う。
「ごめんなさい、ヨシュア様。私は何もしてないのに」
どうやらイリアは俺がずっと馬車の運転をしているのを悪く思っているようだ。
「気にしないでくれ、運転は一人でやるもんだ。でも、イリアも運転したかったらやり方を教えるよ」
「ぜひ!」
「分かった。なら、もっと見晴らしのいいところに出たらやってみようか」
「はい! なんだか、楽しいですね!」
イリアは楽しそうな顔で呟いた。
馬車が初めてというのもあるだろうが、ここまでイリアが村から離れることは今までなかったはずだ。
未知の人里へ行くのだから、ワクワクするのは間違いない。
メルクも先程から、ずっと狼の姿で尻尾をふりふりしている。
メッテやエクレシアたちも連れて行きたかったけどな……
実際、皆自分も人間の街へ行きたいと言っていた。
ただ、人間は亜人を忌み嫌っている。
見た目こそ近いが、亜人は体に目立つ特徴を持っていることが多いからすぐに亜人とバレてしまうのだ。
だから、今回は角がないイリアと、人間の姿になるとき犬のような耳と尻尾を自在に隠せるというメルクだけが同行することになった。
メルクが呟く。
「アスハたちに美味しい物買って行く。人間はケーキとかいう甘い物が好きって聞いた」
「ケーキか。でかい街じゃないとないかもしれないな。でもまあ、甘いパンなら売っているだろう。冷凍して魔法工房に入れておくか」
そんなことを話していると、陽がだいぶ落ちてきていることに気が付く。
もう少しで夕暮れというところだが、特に問題もなく進めている。
今のところ、以前フェンデル付近に来た魔王軍も騎士団も、全く姿が見えない。
もともとアスハが今朝、北の偵察に行ってくれていた。そこで特に異常はなかったのだし、平和なのは当然と言えば当然か。
だけど、もうアスハが偵察してない場所に入っているはずだ。
ここからは警戒するとしよう。
「とりあえず、今日はそろそろ野営の準備をするかな──うん?」
前方に土埃が立ち込めているのに気が付く。
この先の道を左に曲がった場所のようだ。
俺には魔力の反応がつかめるので、そこで人型の何かと獣が争っていることが分かった。
先ほどまで笑顔だったイリアだが、真剣な表情で腰に提げていた刀の鞘を握った。
「血と獣の匂い──ボアでしょう」
「だろうな。人間が襲われているのかもしれない」
「助けましょう」
イリアはすかさず答え、馬車を降りる。
メルクも人の姿になると、迷うことなくそれに付いていった。
人間かもしれないのに……
イリアたちはそんなこと全く気にしてないようだ。
困っていたら種族関係なく誰でも助けるのがイリアたちなのだろう。
俺もイリアに続き、騒動のほうへ走った。
曲がり角を曲がると、そこではやはり人間が襲われていた。
人間は全員で五名ほどの男女だ。ボロボロの服を身にまとっており、どこかから逃げてきたような格好の者たち。近くでは壊れた手押し車と、木の実や野草が散乱している。
一方の獣は、猪の魔物アーマーボアだった。
俺たちからすればもう狩り慣れた相手。
しかし、普通の人間にとっては強敵だ。武装していても死人が出るかもしれないのに、それが丸腰なら絶望したくなるような相手だ。
そんな中、逃げていた一人の少女が、焦りのせいか転んでしまう。
アーマーボアはその少女に体の正面を向けると、後ろ脚でドンと地面を蹴った。
「ひっ!」
悲鳴を上げる少女に、アーマーボアは頭を低くし角を向け突進する。
さすがに間に合わない──
そう思ったが、イリアは俺の予想をはるかに超える速度だった。
──アーマーボアよりも速いだと?
気が付けば、イリアは俺から見てアーマーボアの向こうに立っていた。
いつの間にか抜かれた刀の切先は、空を指している。
それから少しして、アーマーボアは失速したと思うとすぐに地面に倒れてしまった。
「え?」
「な、何が起きた?」
転んだ少女と周囲の人間は皆、何が起きたか分からないようだった。
イリア……また一段と速くなっている気がする。
ミノタウロスたちとの戦いで、さらに腕を上げたのかもしれない。
俺は人間たちに声をかける。
「大丈夫か? 待ってろ、今回復魔法をかける」
俺は足に深い傷を負っていた少女に回復魔法をかけた。
「あ、ありがとう、お兄ちゃん! お姉ちゃんも!」
イリアは少女の声に振り返ると、優しそうな表情で応える。
「どういたしまして。皆さん、お怪我はないですか?」
刀を納めるイリアに、人間たちは皆、どこかほっとしたような顔をした。
一人の若い男が答える。
「ありがとう。おかげで命拾いしたよ……近くで食料を採集していてね。ここらへんに猪の魔物が出るのは聞いていたが、本当に襲われるとは」
「この近くに住んでいるのか?」
俺が問うと、男は寂しそうな顔で頷く。
「ああ。ここから北西にある古い砦だ。来てからまだ一週間も経ってないが、そこで暮らしている」
ここらへんの街道沿いには魔王軍と人間側が長年争っていたためか、放棄された砦があったりする。
俺もいくつか、自分で砦を築いたことがある。
賊の根城になっていたりするが、彼らはとても山賊という身なりではない。
となると、彼らは──
「南から逃げてきたんだな?」
「そうだ。魔王軍に街が落とされてな。北に身寄りもない者たちが集まって、居留地を築いている」
どこの街もよそ者には厳しい。領主は難民を自分の街へ入れたがらないし、彼らは経済的な余裕もない。
だから、自分たちで住む場所を作るしかないのだ。
少女は手押し車を見て悲しそうな顔をする。
「車輪が壊れてる……手で持って帰らないと」
その声に男が呟く。
「お礼をしたいんだが、見ての通りでね」
「気にしないでくれ。それよりも」
俺は手押し車に近づき、それを魔法工房へ吸収した。
突然のことに驚く周囲の人間たち。
だが、俺が修理した綺麗な手押し車が目の前に現れると、もっと驚く。
「直った!? あ、あんた今、何を!?」
「生産魔法で直したんだ。これで使えるだろう」
そう答えるが、人間たちは呆然としている。
「生産魔法……一度農具を修理してもらったことはあるが、こんな一瞬で直せるやつなんて」
「そんなことよりもう日が暮れる。早く回収したほうがいい」
ざわつく中、メルクはそう言って散らばっていた食料や野草を手押し車に戻し始めた。
「そ、そうだった。夜襲われたらおしまいだ。ともかく、今は居留地に帰ろう。あんたたちも居留地に来てくれ! お礼がしたい」
「礼なんかいい。でもまあ、俺たちもそろそろ寝泊まりする場所を探さなきゃいけなかったところだ」
「なら、俺たちの居留地で泊っていってくれ。寝床もあるし、食事も出す。将軍や皆も歓迎してくれるだろう。立派な砦なんだ」
「それなら、世話になろうかな。二人とも、いいかな?」
視線を向けると、イリアとメルクが頷く。
「せっかくですし、お世話になりましょう!」
「旅は道連れ世はなんちゃらっていう。一緒に行く」
「それじゃあ、今日はそこで泊まらせてもらおうか」
俺たちは人間の居留地へと向かうことにした。




