67話 走りました!
ドンという音が、空に広がる爆発とともに響いた。
アスハに魔石の杖を作った翌日、旧採石場──ダンジョンがあった場所に俺はいた。
アスハは早速杖を使って演習を行っていたようで、その視察にきたのだ。
地上には撃てないので、アスハは空に向けて撃っている。
だが、炎は思ったよりも伸びない。いや、普通の人間の魔導師よりは遠く、大きな炎を放てる。
そんな炎を見て、アスハは少し落ち込んだ様子だった。
俺が昨日見せた炎に及ばないと思ったからだろうか。
「アスハ、気を落とすな。魔法は練習すれば伸びていく。それに、空からの攻撃は他の方法も考えているから大丈夫だよ」
「すいません……もっと、頑張ります」
「いやいや、今日はもう休むんだ。さっきウィズに聞いたが、昨日から寝てないそうじゃないか。疲れたままじゃ、上達しないぞ?」
「そうします……では、今日は村で寝てきます」
「ああ。そうするといい。俺も村に戻るよ……温泉ももうできているだろうし」
「温泉……はい」
アスハは少し嬉しそうに言った。皆、好きなんだな。
俺たちは採石場を後にし、村に向かって歩く。
だが、川沿いに大きな土埃が上がるのを見て、アスハは警戒する。
「ああ、アスハ。あれはモープたちだから、心配するな」
「モープさんたちですか?」
「うん。ちょっとしたものを作ってね……彼らの様子も見に行くか。アスハも一緒に行く?」
「はい」
俺たちは橋を越えて、土埃の上がるほうへ向かった。
だが、モープたちのほうから、こちらに猛スピードで向かってくる。
「メッメー!! メッメーっす!!」
いつもの鳴き声が籠るように響くと、土埃も収まってきた。
見えてきたものに、いつも無表情のアスハも少し驚くような顔をする。
「あれは……?」
目の前に見えてきたのは、紫色に輝く鉄の小屋のようなものだった。左右に三輪ずつ、車輪がついている。それが十台ほど、ぞろぞろとやってきた。
もちろんただの小屋ではない。戦闘馬車である。
加えて、普通の戦闘馬車でもない。
馬車を進めるのはモープたちで、彼らの姿は戦闘馬車の外にはなかった。
アスハは首を傾げる。
「あの中にモープさんたちがいらっしゃるんですか?」
「そうだ。一台を六体のモープが動かしている……セレス、どんな感じだ?」
俺の声に、戦闘馬車の中からセレスの声が響いた。
「なんか、キマイラにでもなった気分す! これなら、どんなやつも吹っ飛ばせる気がするっす!!」
キマイラとは上半身と頭が獅子で、背中が羊の頭、尾が蛇になっている魔物のことである。魔法、牙や爪の攻撃の他に、速度と突進力にも優れている。
「……キマイラか。確かに特徴は似ているな……鉄獅子とでも名付けてみるか」
俺が呟くと、アスハは不思議そうな顔で言う。
「これは移動式のお家ですか?」
「ちょっと違うな。移動式の塔や城壁といったほうがいいだろう……まあ、モープ達ならこれで突進してもよさそうだけど。中を見てみるか?」
「はい、気になります」
アスハは珍しく興味津々といった様子で言った。
まあ確かに、小屋が動いているようにしか見えないからな……中も気になるだろう。
「セレス。俺たちを乗せて、走ってくれてもいいか?」
「もちろんっす! あと百往復はするっす!」
「ひゃ、百往復か……じゃあ、失礼するよ」
俺はセレスの戦闘馬車に近寄り、その側面にある紫鉄の扉を開いた。
扉も壁も、人の拳ほどの厚さはある。矢やボルトは当然のこと、バリスタの太矢や投石器でも打ち抜けないだろう。
紫鉄は熱や衝撃にも強いので、魔法に対しても強いことが分かっている。隙のない防御兵器だ。
これが普通の鉄で出来ていれば、馬が十頭以上いても動かせなかったかもしれない。そもそも、車輪や車軸が持たないだろう。
頑丈で軽い紫鉄だからこそ、実現できた兵器だ。もちろん、モープの足の速さと牽引力もあってこそ。
「メッメー! ようこそっす!」
セレスとモープたちの声がこの鉄の小屋に反響する。
「ああ、失礼するよ」
「し、失礼します」
彼らは毛で覆われていない部分に防具を身に着けていた。足には紫鉄の鉄靴、顔には紫鉄の仮面が。
仮面を向け「メッメー」と叫ぶ彼らに、さすがのアスハも少し怖がるような顔をみせた。
中は、人が二人は寝られる横幅があり、三人ほどが横になれるほど奥行きがある。
高さは人間が悠々と動けるほどの余裕があった。
中央にはモープ達が、壁から伸びた紫鉄の棒を咥えている。
咥える場所は、彼らモープの毛で作った柔らかい布で覆っているので痛くならない。また鉄靴の中もモープの毛を使い、熱に強く、足への負担を軽減するようにしてある。
壁の内側には手すりのついた歩廊があって、そこに搭乗者は立つことができた。
俺はアスハと一緒に歩廊に立つ。
セレスがそれを見て言った。
「よし、じゃあ出発するっす! メッメー!!」
車内と車外からモープたちの声が響くと、戦闘馬車は急加速した。俺は思わず手すりを強く握った。
「おお! ……め、めっちゃ速いな」
「こんなもんじゃないっすよ! まだまだ速くなるっすから!」
「アスハたちは大丈夫だろうが、鬼人たちは酔うかもな……手すりはもっと頑丈にしとくよ。それじゃあ、外を見てみるか」
俺は壁の一部にある紫鉄の小さな戸を開く。
すると、外の様子が見えてきた。
アスハがますます不思議そうな顔をするので、俺は説明する。
「これは狭間って言ってね。中から、矢を撃ったりするんだ」
「なるほど……これなら安全に攻撃できます」
「ああ。敵の攻撃を防ぎながらね。難点を言えば、車高が極端に低いから山のようなでこぼこした場所で走れないことかな」
車高を低くしたのは、馬車の下から爆発物や毒などを中に入れられないようにするため。地面すれすれを走るようにしてある。
使えるのは、平地ぐらいだ。
アスハは言う。
「ヨシュア様……本当にすごい」
「いや、これはドワーフたちがいたから出来たんだ……」
彼らが送ってくる紫鉄の量は凄まじかった。
まさか、一日十台もこの戦闘馬車が作れるとは思わなかった。そんな量の紫鉄を、ドワーフたちは掘り出したのだ。
しかも驚くことに、今日彼らは鉄や銅は精錬したものを俺たちに送ってきたのだ。鍛冶のやり方は何となく教えたが、それでも早すぎる。
ともかく、これならもう一つ、似たようなもので面白いのが作れそうだ。
「し、しかし、本当に速いな……普通の馬が走るぐらいの速度はあるんじゃないか……」
「メッメー!! もっと飛ばして、ヨシュア様を怖がらせるっす! 俺たちを止められるやつは誰もいないっす!! メッメーィ!」
セレスは乱暴な口調で言い放った。
なんだか性格が変わったというか、気が大きくなったというか……
ともかく、俺たちは来たるべき戦いに向け着々と準備を進めるのだった。




