38話 城で襲われました!
ううむ……気持ちがいい。
この、ふかふかもふもふの感触……モープの毛は思った以上だな。
しかも、なんだかまた違う触り心地のがある。
ぷるぷるのウィズとは違った、ハリのある柔らかさだ。
「っ!?」
高い声が響くので、俺は目を覚ました。
すると、俺の手に握られていたのは……羊の乳だった。
「メッメー! いきなり乳を触るなんて、ヨシュア様変態っす!」
セレスは頬を染め、声を上げた。
「ご、ご、ごめん! 全く気が付かなかったよ」
「メッメー……飲みたいのは分かるっすけど、こういうのには順序があるっす! まあでも、約束だから仕方ないっすね……」
セレスは目を閉じ、何かを念じる。
するとその体が光に包まれた。
光が弾けるとそこにいたのは……
「に、人間!?」
騒ぎで起きたメッテがそう声を上げた。
セレスがいた場所には、人間……いや、羊の角を生やした亜人のような女の子がいた。
外見は俺と同じぐらいの年に見える。
髪はウェーブのかかった、紫色のショートヘアー。
そして胸がとても……さすが羊だ。
「うちらはもともと魔族の血が混じってるんすよ。だから、練習すると魔族の姿にもなれるんっす!」
メルクたち、人狼と同じ感じか。
魔族は、人の姿に近い魔物だ。
魔王は、この魔族の中で最も優れた者がなると言われている。
モープは羊を魔物化した生き物。
魔物化の魔法には、その魔族の血が必要らしい。
魔族の姿になれるというのは、聞いたことがないが……
「魔族と人は似てますし、この姿のがヨシュア様も飲みやすいっすよね? さあ、召し上がれ! ……ひっ!?」
セレスの前には、イリアが立っていた。
「セレス。物事には順序というものがあるのですよ。あなたも、そう仰いましたね?」
イリアはにこにこと訊ねる。
「メッメー、そ、そうすっね……なんか、うち変なことやっちゃったすか?」
「いえ、無知を咎めたりしません……ヨシュア様、ちょっとセレスとモープたちと今後の取り決めをしてまいります。乳や毛について、話すべきかと思いまして」
「わ、分かった。くれぐれも、穏便にな」
「それはもちろん」
イリアは微笑んで答えると、セレスと一緒に外へ向かった。
メッテがぽつりと呟く
「セレス、無事だといいが……ところで、メルクの姿が見えないな。寝る時は一緒だったはずだが」
もう、皆で寝るのが当然のような感じになってしまったな……
「そう言われれば、いないな。いや、そういえば昨晩、起きたらコビスたちの様子を見てくるとか言ってたか」
コビスが出ていったか、城に残っているのか、メルクは調べてきてくれるらしい。
城周辺を探索したいと思っていたので、出て行ってくれているとありがたいんだが。
「メッテ。俺も一度城の様子を見てくるよ。いなくなっていたら、周囲に使えるものがないか見てみたい」
「私も行こう。こちらの防備はもう万全だし、私も城がどんなものか見てみたい」
「そうか。メッテが一緒なら心強いよ」
「ああ! というか、護衛なら私を連れていくべきだ! 姫は、やはり姫らしく……いや、どこで聞いてるか分からんな」
メッテはぞっとするような顔をすると、口を閉じた。
それから、俺たちは馬で城に向かうのだった。
森を北に進む途中、前から風のような速さで小さな狼がやってくる。メルクだ。
メルクは並走すると、俺に真剣な眼差しを向けた。
「ヨシュア、城がおかしい」
「おかしい? どういうことだ?」
「昨日の商人が死んでいる。誰かに殺されたみたい」
「商人……コビスがか?」
傭兵に裏切られて殺されたか……奴隷を解放したことで、報酬を払うどころではなくなった可能性もあるな。傭兵が不満を持つのも頷ける。
メルクはさらに続ける。
「うん。でも、他の人間も殺されている」
「他の奴らも? じゃあ、裏切りじゃない可能性も……とにかく、見に行くとするか」
俺は城に馬を走らせた。
森を抜けると、確かに異様な光景が広がっていた。
城の各所から、白い煙が上がっていたのだ。
もう火は収まっているようだが、周囲が焦げ臭い。
「城門も破られている……誰かに攻撃されたか」
更に城の近くへと馬を進ませながら、メルクに訊ねる。
「城の中には、誰かいそうか?」
「ううん。さっき見たけどいなかった。多分、今も匂いがないから大丈夫」
「そうか。なら、中を見てみよう……これは」
城内に入ると、悲惨な光景が目に飛び込んできた。
建物は全て焼け落ちていたが、城内の中央の広場には、十字架が何本も立てられていたのだ。
十字架には、コビスや奴隷狩りたちの死体が架けられている。
コビスに至っては首だけ地面に落とされ、体は何度も切り刻まれたような跡があった。
メッテが呟く。
「この殺し方は……相当、恨みがあったのだろうな……」
「ああ。他の亜人がやったのかもしれない」
コビスを恨んでいた亜人は、数えきれないほどいただろう。
「近くの亜人が隙を見て、攻め込んだのかもな……」
しかしコビスの傷を見ると、襲った者たちは武器を持っていたことになる。
城門を破壊する道具や、十字架も用意したのだろう。
この近場で、それを用意できる亜人がいるかは疑問だ。
「家も燃やされてしまっている。ここのものはもう、城壁の石材ぐらいしか使えそうもないな……」
何か残っていればと期待したが、これでは木材すら得られない。
「後は北の畑か……何かしら作物があればいいが」
しかし北の城壁に上って畑を眺めると、そこには所々から上がる白い煙が。
畑は荒らされ、貯蔵庫のような建物はどれも燃やされている。
「こっちもか。畑に種子が残っていればいいが……うん? どうした、メルク?」
突如、メルクが耳をピンと立てた。
「ヨシュア……何か来る?」
「何か? ……っ!?」
すぐに、俺たちの周りを囲む者たちが現れた。
……メルクや人狼よりも速い。しかも、メルクが気が付くのに遅れた。
囲んできたのは、虎のような黄色の耳としっぽを生やした褐色の者たちだった。
皆、三日月のように反った曲刀を俺たちに向けている。
「お前たちは虎人……?」
ここから遥か西方に、グランク州という地域があった。
そこに住んでいた亜人が、虎人だ。
彼らは奴隷狩りに襲われ、故郷を追われた。
しかし彼らの機敏さと力を買った魔王軍は、彼らを傭兵として迎え入れる。
そうして彼ら虎人は、金や武器を手に入れていった。
だが、力を付け始めた彼らも、魔物からすれば雑種の亜人であることに変わりなかった。
安住の地は得られず、虎人たちはやがて魔王軍を去ると、今度は人に協力した。金を得るために。
かと思えば、今度は魔王軍に協力し……彼らは味方を変えながら、南方で生きることになったのだ。グランク傭兵団として。
「グランク傭兵団……」
俺が呟くと、虎人の一人、金色の髪を伸ばした褐色の女性が言う。
「まだ生き残りがいたか。そのまま手を上げ、こちらに投降しろ」
俺は女性に答える。
「俺は君たちの敵じゃない。ここのやつらと昨日まで戦っていた者だ」
「そんな言葉、信じられるか! どうせ、貴様もびくびくと隠れていた奴隷狩りだろう!」
すると、いつの間にか刀を抜いていたメッテが、女性の前に立ちはだかった。
「お前たちは勘違いをしている。お前たちこそ、そこを通せ」
「その角……貴様は鬼人か? 何故、人と一緒にいるのだ? いや、その人間の奴隷か……憐れな奴め!」
女性はすぐに曲刀で、メッテを斬ろうとした。
だがメッテはすぐにそれを防ぎ、刀を振り上げる。
女性はそれを見て、後ろへと飛び跳ねた。
「奴隷にしては、なかなかやるようだな!」
「奴隷でないと、何度言ったら分かる!? メルク、ヨシュアを守れ!」
「分かってる」
後ろでは、メルクが他の虎人を近づけぬよう、牽制していた。
どうするか……今のところ、メッテもメルクも互角に戦っているが、積極的に攻撃しない。
二人は彼らをどうすべきか、俺の命令を待っているようだ。
城壁の下を見ると、続々と他の虎人が向かってきている。
戦うしかないか……でも、グランク傭兵団を敵にしたくもない。
彼らの境遇は俺も知っているし、争う理由もないはずだ。
なら、無力化するしかない──
俺は城壁の石材を吸収すると、メッテに叫んだ。
「メッテ、下がれ!」
「っ!? 承知!」
メッテは曲刀を振りかぶる女性から、すぐさま後ろに身を引いた。
同時に、俺は岩壁を女性の前に展開する。
「なっ!」
ぱりんという、割れるような音が響く。曲刀が折れたようだ。
これで彼女の曲刀を壊せた。
同様に、後ろの虎人の曲刀も岩壁で折っていく。
だが女性はすぐに岩壁を乗り越え、こちらに向かってきた。
その時、後方で男性の声が響いた。
「ネイア! そこらへんにしとけ!」
喋ったのは、長身痩躯の虎人であった。




