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243話 小さな一歩でした!

 戦いが終わり、俺たちは山の麓に築いた門へと向かった。


 一見すると白い峡谷のような場所の前に、俺は立っている。


 積んだ召喚石の外側に石材を、その上から漆喰を塗ったようだ。


 メッテが声を上げる。


「すごいじゃないか。ヨシュアがいなくてもここまで仕上げるなんて」


 各亜人が協力して築いてくれたらしい。俺はただ素材を作っただけだ。


 ユミルが言う。


「ここにいる者たちは、物作りが好きなのじゃ。皆ヨシュアには敵わぬと分かっているが」

「いや……皆、すでに俺が見てきた職人や生産魔法師以上だ。本当によくやってくれたよ」


 亜人たちは俺の声に、やったと喜びを露にする。


 俺も不死ではない。彼らやその子孫……生産魔法や物作りに関して知識を継承していきたい。亜人たちの力も加われば、フェンデルは今後もずっと繁栄していくはずだ。


 イリアが言う。


「でも、ヨシュア様のお力もあってのことです。これほどの大きさの建築の材料を一気に加工してしまうのですから」


 ソフィスがこくりと頷く。


「やはり、あなたの生産魔法は特筆に値します。フェンデルの皆さまのお力ももちろん驚愕しましたが」


 メルクが「その割には表情がいつもと同じ」とぼそりと口を挟む。


「それ、メルクさんが言えることですか?」

「アスハ、うるさい」


 アスハに少し慌てて答えるメルクを、周囲が微笑ましそうに見る。


 そんな中、俺は皆に顔を向ける。


「ここで門を築いた者たちもそうだが、フェンデルを守ってくれた皆のおかげでもある。礼を言うよ。ソフィスたちも協力してくれてありがとう」

「お礼を申し上げるのは私たちのほうです。フェンデルの方々には、ほとんど見返りがないようなものなのに」


 ソフィスの言う通り、この門ができたからと言ってフェンデルの皆に特別恩恵があるわけではない。


 魔王たちとの協力関係のため、多数の死者を出さないようにするためにフェンデルは力を貸した。結果として、フェンデルにも危害を加えようとするキュウビを止める必要があったのは事実だが。


 これを聞いていたイリアが口を開く。


「見て見ぬふりをできないのが、私たちなのです」

「ええ。それに、亡くなった者と会える……私も興味がないといえば嘘になるな」


 エクレシアは門を見て、神妙な面持ちで言った。モニカもそれに頷く。


 メッテやイリアをはじめ、ここにいる者たちは家族を失った者たちも多い。


 俺はソフィスに向かって、こう訊ねる。


「俺はいいが……皆にも、機会があれば」

「もちろんです。独占しようなどと思っておりません。そもそも、成功するかどうか分からないですし……」


 それを聞いていたメルクが何かを思い出すように言う。


「そういえば失敗したらどうする?」

「失敗しても、我々の方針は変わりません。あなた方と協力関係を深めたい。あなた方が嫌がるようなこと……もう、以前のような計画は立てないとお約束します」


 ソフィスは迷いのない顔で答えると、門を見上げる。


「それでも諦めたわけではない……これが駄目なら、別の平和的な方法を模索します。できればあなた方と一緒に」

「魔物と亜人だけで進めるのは許せぬな。その際は余にも参加させてほしい」


 その声に振り返ると、皇帝ノルドス三世がいた。


 俺たちに気付かれることなく突然現れた……身構える俺たちだが、皇帝は全て分かっているとばかりに首を横に振る。


「隠し立ては無用だ。先ほどの戦、遠くから目にしていた。トレア王にも問いただしたが、やはり規格外の戦力……フェンデルの者たちとは余も敵対したくない。彼らを怒らせるような計画は取り止めるべきだ」

「同感です。フェンデルの方々も喜ぶでしょう」


 そう答えるソフィス。

 俺が盟主とは口にしないが、もはや隠す意味もないだろう。


「そう言ってくれるとありがたい。俺たちは、誰とも争いたくない」

「全ての人間がそれを聞き入れるかは分からぬが、少なくとも余はその言葉を信じる」


 皇帝の声に俺は頷く。


「感謝する……ともかく今は、この門が上手く機能するか見てみよう」


 門の入り口にはたしかに光の膜が張っている。この中に入ればいいのだろうか。


 しかしソフィスはこう言った。


「念じてください……そうすれば、きっと呼び出しに──っ!?」


 目を瞑ったソフィスは、声と体を震わせた。


「どうした、ソフィス? うん?」


 俺はメッテたちも目を瞑って沈黙していることに気が付く。


 光の膜からは光が発せられ、皆の前で光球が揺蕩う。


「お父さん……お母さん」


 メッテの口からそんな声が発せられた。


 ソフィスも皆も何やら言葉を発している。誰もが安らぐような顔を見せていた。


「皆……」


 どうやら皆、会いたい者と会話しているようだ。


 俺にも会いたい者はいる。殺された家族や同郷の者、かつての戦友たち。


 恐る恐る目を瞑ると、たしかに彼らの姿が鮮明に映る。


 だが不思議と、掛ける言葉が見つからなかった。墓前で祈るような言葉を口にするのもなんだか違う気がする。


 そうこうしている内に皆、姿を消した。


 目を開くと、隣からイリアの声が響く。


「ヨシュア様、もう終わったのですか?」

「え? あ、ああ……何話せばいいか分からなくて。イリアも早かったね」

「ええ。私は一言告げるだけで満足しました。それを聞いて、父も母も他の者たちも微笑んでました」

「へえ。皆に、何を話したんだ?」

「私は幸せです、と」


 満足そうな顔でイリアはそう答えた。


 その言葉に俺も何を伝えるべきだったか気が付く。


「俺も幸せだ……イリアや皆と、フェンデルの皆と一緒に暮らしている今が」


 満たされているが故に、死者と話す必要を見いだせなかった。


 イリアも深く頷いた。


 そんな中、俺はキュウビとヨモツが涙を流し項垂れているのに気が付く。


 感動や嬉しさの涙というよりは、何かを悔やむような嘆きに近い。守れなかった後悔……いや、キュウビの母もヨモツの妻も復讐なんか望んでなかったのかもしれない。ヨモツとキュウビは、それを聞かされたのかもしれない。


 一方でソフィスや皇帝も穏やかな顔をしている。


 思っていたような再会とは違ったが……これは成功といっていいだろう。


 しかしやがて、ぴきぴきと何かが割れるような音が響いた。


 すぐにメルクが声を上げる。


「門の上が……どんどん音が大きくなる」

「皆、離れろ!」


 俺の声に、皆門から離れる。


 やがて門はがらがらと音を立て、崩れてしまうのだった。


 土埃の中、俺は悔やむように言う。


「壊れた……強度が甘かったか」


 メルクが口を開く。


「また直す?」


 しかしその声に、皆首を横に振る。


 ソフィスは満足そうな顔で言う。


「私はもう……十分です。あの続きの言葉が聞けた」

「余も……考えを新たにした。残された時間は少ないが、彼の理想の世界に少しでも近づけたい」


 誰もがもう一度会いたいとは口にしなかった。ヨモツとキュウビも首を縦に振る。


「そうか……なら、もうこの門は不要だな」


 俺とイリアたちにとっても必要ない。


 ソフィスと皇帝も頷いた。


 門の建造は成功に終わった。


 この後、俺たちは山上の宮殿に赴き、今後について議論することにした。


 亜人と人と魔物の代表たる三人の会談。議題は大陸の平和についてだ。


 しかしフェンデルは別として、人と魔物はそれぞれまとまっているわけではない。すぐに人と魔物の全面的な争いを止めさせることは不可能という結論に至った。


 今回も人間と魔王軍の戦いはやめさせることはできなかった。


 だがソフィスと皇帝はできる限り早く、兵を退かせることを約束してくれた。


 また、フェンデルついては魔王軍と帝国が危害を加えないこと、徐々に交流を広げていくことを決定した。


 小さな一歩に過ぎない。しかしこの会議を機に、人と亜人と魔物の三者は融和に向けてゆっくり歩み始めるのだった。

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