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242話 決着がつきました!

 大精霊を構成していた青白い体は弾け、霧散した。


「やったのじゃ!」


 ユミルはそう言うが、エクレシアがこう答える。


「いや、まだだ!」


 大精霊自体は消え去った。しかしそれを操っていたキュウビは、地上で受け身を取る。


 再び手を合わせ光を宿そうとするキュウビ。


 だが、すでにイリアを始め皆が迫っている。俺たちもキュウビの確保に走り出していた。


 さすがに分が悪いとキュウビは思ったのか、胸から宝石のようなものを取り出す。


 あの宝石は以前も見た。キュウビが俺たちから逃れるのに使った、転移魔法の魔道具に違いない。


 このままでは、また逃すことになる。


 そう思ったが、宝石はきらきらと宙を舞っていた。モニカの放つ矢によって弾き飛ばされたのだ。


「くっ──」


 キュウビはこうなっては仕方ないと、手をイリアに向け炎魔法を放つ。


 強力な炎魔法だったが、イリアはそれを難なく避けキュウビに近寄り──喉元に剣先を向けた。


「降伏してください」

「誰が!」


 キュウビは袖に隠していた短刀で、イリアの刀を弾こうとする。しかし逆にイリアによって、その短刀は弾き落とされてしまった。


「もう、終わりです」

「まだ終わりではない!」


 ならばと最後は素手で立ち向かおうとするキュウビ。拳をイリアに力任せに振るう。


 もちろんイリアには全く届かない。イリアは軽い身のこなしでそれを避けていく。


「……負けるわけにはいかない! 諦めるわけにはいかないんだ! 俺はお前たちを……!」


 語気を強めるキュウビだが、その表情は仮面で覆われていて窺えない。自らに言い聞かすようにも聞こえた。


「やめろ、キュウビ! もう、やめるんだ!」


 ヨモツは俺の隣でそう言うと、狐の姿のままキュウビに飛び掛かった。


 しかしキュウビには、もはやそれを受け止める力も跳ねのける力もなかった。


 ばたんと地上に倒れるキュウビは、そのままエクレシアの放つ草根に四肢を拘束される。


「くそ!」


 全身を動かしなんとかその拘束から逃れようともがく。


 そんなキュウビに、ヨモツはこう言った。


「終わりだ、キュウビ……俺たちの完敗だ」

「くっ……」


 キュウビが動きを止めると、ヨモツは涙目で問いかける。


「キュウビ……何故、早まった。先程、俺に自殺を躊躇うよう催眠をかけたのに、何故」

「……俺はお前を計画に利用しようと生かしただけだ。何がおかしい」

「利用したいのなら、フェンデルの者たちに嘘を吹き込むよう催眠をかければいいはずだ。だが、お前はそれをしなかった。それ以前に、フェンデル周辺には輸送隊もいた。彼らを人質として取ることもできたはずだ……」


 キュウビの行動には迷いがあったというわけか。

 

 ヨモツとその家族を害すことを躊躇ったのだろう。またヨモツの言うように、フェンデルに対しても一定の配慮があったように見える。人質などを使って、もっと狡猾な手を使うこともできたはずだ。


 長らくヨモツとは味方だったとはいえ、人と亜人を滅ぼすため主人さえも裏切った男が、そのようなことを躊躇うとは……


 このキュウビも亜人に迫害されなければ、人に奴隷として酷使されなければ……こんなことにはならなかったのかもしれない。


 そんな中、西から膨大な魔力の持ち主が飛んでくるのが分かった。空を見上げると、そこには黒い鎧の集団が。


「ソフィス……」


 ソフィスはそのまま俺の近くに着地すると頭を下げた。


「申し訳ございません……大変、遅れてしまいました」

「いや、こちらはもう終わったところだ」


 俺は横たわるキュウビを横目で見る。


 ソフィスは再び頭を下げて言った。


「私の部下が迷惑をおかけしました。どうか、このまま私に処分を」

「処分というのは、殺すということか?」


 ソフィスは無表情な顔のまま、もちろんと言わんばかりに頷いた。


 主人に無断で行動したばかりか、主人にまで弓を引いた。ヨモツのしたこととは次元が違う。


 ヨモツもぐっと口を噤む。助命をしたいが、とても受け入れられる状況ではないということか。


 一方で俺たちにとってもキュウビは敵だ。卑劣な手段は用いられなかったとはいえ、フェンデルの誰かが死んでいたかもしれない。


 助けることもない……本人もすでに覚悟の上だろう。


 そんな中、イリアがこう呟いた。


「せめて……門を見せてからでも、よろしいのでは」

「ですが……」


 ソフィスはすかさずそう答えた。

 

 キュウビは俺たちに危害を及ぼした。それにミノタウロスやエルフたちにとっての仇敵でもある。


 しかしモニカがこう答えた。


「他の方は許さないかもしれません……ですが、私たちはベルドスさんたちと今は仲良く暮らしています。もう、誰かを責めるつもりはありません」

「それについては、言葉に乗った我らミノタウロスの責任だ。この者に転嫁するつもりはない」


 ベルドスもそう答えた。


 メルクがぼそりと言う。


「それに、まだ戦いは終わっていない。ここで死んだら、自分の計画が間違いだったか見られない。それを見て反省する」


 キュウビの計画の目的は単に死者と会うだけではない。人と亜人を滅ぼすこともだ。すでに後者は不可能となったが、前者はまだ分からない。


 メルクは俺たちが正しかったと、キュウビに見せたいのだろう。


 しかしキュウビは声を上げる


「そんなことはお前たちの自己満足だ! 俺を……俺をさっさと殺せ!!」


 声を荒げるキュウビ。


 自己満足か。たしかにそうかもしれない。俺たちは、無用な殺生をしたくないだけだ。イリアたちの発言も、その思いからだ。


 でも、キュウビを生かせば、またフェンデル……人や亜人を殺すために行動するかもしれない。


 それでも、キュウビの改心を期待してしまう。ヨモツがそうだったように。すでにキュウビは、一定の改心の兆しを見せている。


 ソフィスは先ほどの無表情な顔とは違い、明らかに苦悩するような顔を見せた。


 キュウビを拾ったのはソフィス自身だ。たしかに自分の計画に必要だったとはいえ、孤独なキュウビに思うところもあっただろう。


 そんなソフィスに、キュウビはこう答える。


「魔王様! 何を躊躇うのです! 私を殺してください! ……ヨモツでもいい! 俺を殺せ! 殺してくれ!」


 ヨモツはその声にこう答える。


「キュウビ……先に言ったことが、俺の全てだ。ここには、人も亜人も魔物も住んでいる。人と亜人を憎む俺ですら迎え入れてくれた。お前も……」

「馬鹿を言うな! 私はこんな場所……こんな歪な存在は決して許さない!」


 キュウビは仮面越しに、睨むような目を俺たちに向けてきた。


 やがてソフィスが何かを決心したように言う。


「……ヨシュア様、お願いがございます」

「なんだ?」

「キュウビを……キュウビを私に預からせていただきたい」


 その言葉にキュウビは思わず黙り込んでしまう。


「……何故だ?」

「キュウビの力は特別です。ですが、彼の生い立ちはこの世界において特別ではない。人を恨む魔物もいれば、逆に魔物を恨む人間もいるでしょう。亜人にもまた、人や魔物を恨んでいる者がいる」


 ですからとソフィスは続ける。


「キュウビに特別になってほしい……あなた方のように、恨みを越えて生きられるように」

「魔王、様……」


 キュウビの口から思わず言葉が漏れた。


 ヨモツを咎めなかったように、このソフィスにはやはり慈悲の心がある。本人は否定するかもしれないが。


「キュウビ……私の新たな計画がどうなるかは分かりません。ですが、どの結果がどうなろうと私は今、やりたいことがある」


 ソフィスはキュウビに真剣な眼差しを向ける。


 やりたいこと。それは殺戮などではなく、皇帝に言ったように人と魔物、亜人の融和を目指すことだろう。


「あなたに、それを手伝ってほしい……あなたと同じように、孤独を抱える私を」

「私に……そんなことをする資格は……あなたを裏切った私に」

「できます。一緒なら」


 祈るようなソフィスの口調に、キュウビはそれ以上何も答えなかった。ただ、仮面の縁からは涙が流れていることが分かった。


 こうしてフェンデルでの決戦は終わった。この後すぐに、山からは門が完成したという報がもたらされるのだった。

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