202話 昔話でした!?
メッテは自分が座ろうとしていた亀を見て、目を丸くしていた。
亀にしてはごつごつとした甲羅。一見、岩のようにしか見えない。
メッテは恐る恐る訊ねる。
「お前は……その、私たちの言葉が分かるのか?」
「分かるわよ。あなたは鬼人でしょ」
亀の答えに、メッテはさらに驚くような顔をする。
「私たちのことを知っているのか?」
「ええ。他にも、狐人に猫人、天狗に人狼。そっちの青いのはスライムよね……それで、あなたとあなたは」
亀は俺とイリアを見て続ける。
「人間?」
「俺は人間だ。でも」
「私は鬼人です。角を失った」
「そうなの。私は見てのとおり……亀の亜人よ」
自分で亜人を名乗るか。
人間とも魔物とも異なると自覚しているようだ。
イリアが亀に訊ねる。
「どうして、私たちのことを知っているのですか?」
「ずっと昔……何年前だったかしら……何度も見たから」
「私たちの先祖を、ですか?」
「そうなるのかしら。よく、あなたたちの村には遊びにいったものよ。百日以上かけて」
「昔の私たちを……知っているのですね」
「ええ。こうして、様々な亜人が集まっていたわ」
「え?」
亀の言葉に、イリアだけでなく俺たちも驚く。
「それはつまり……私たちは、昔一緒に暮らしていたと」
「そうね。でもいつの間にか、皆ばらばらになっていた」
「……原因は?」
「魔王のせいよ」
「魔王が? 攻めてきたってことか?」
亀はこくりと首を縦に振った。
いずれにせよ亜人たちは昔、協力関係にあったようだ。
亀は続ける。
「でも、またこうして一緒になっている……服とか、道具も持っている。あなたたちは、なんなの?」
「フェンデル同盟だ。亜人を中心に集まって、人間や魔物に好き勝手されないよう協力している」
そう答えると亀はすかさず訊ねてきた。
「あなたは人間なのに?」
「フェンデルは、人間や魔物だからと拒否したりしない。だから、村には他にも魔物がいたりする。俺も人間だが、皆が受け入れてくれた」
「へえ……なかなか面白いことになっているわね。でも、魔王との掟はどうなったのかしら?」
「掟……あ」
俺は、ドワーフと狐人たちの掟を思い出す。アスハたち天狗も、すぐに破ったが掟なるものを持っていた。
他の亜人たちも、なんとなく周囲の亜人との交流を拒んでいたのが、俺が来るまでのフェンデルだったのだろう。
「……そもそも、その掟というのは?」
「昔、魔王がこの地を支配下に置いた際、亜人たちに課したの。それぞれ掟は知らないけど、共通しているのは、各種族がばらばらに住むこと。その掟を守っている限りは、魔王は亜人を攻めないと言っていたわ」
亀がそう言うと、メッテが訊ねる。
「だ、だが、魔王軍はエナたちカッパを攻めたぞ。我らにもオークが無理な要求をしてきた」
「誰かが魔王を怒らせたんじゃないの?」
亀の問いに、誰も答えられない。
しかし、その掟に関しての誓いはもう有名無実になっている可能性が高い。
「それは分からないが……長い時間が経って、どちらも忘れてしまったのかもな」
「まあ、私たち以外はそうよね」
「たち、ということは、他にも仲間が?」
「ええ。ここから北の岩山よ……せっかくだし、寄っていく?」
あっさり言う亀に、メッテが少し驚く。
「いいのか? 知っている種族とはいえ、私たちは初対面だぞ」
「いいのよ。それに、見せたい物もあるわ。とにかく、ついてきなさい」
そう言うと亀は右前脚をゆっくりと上げる。
俺たちはそれをじいっと見つめた。
十秒ぐらいしてようやく、その右前脚が少し前に着地する。
メルクが呟く。
「日が暮れる」
「め、メルクさん! で、ですがよければ私が」
アスハは慌てた様子で言った。
しかし亀ははっと何かに気が付く。
「ああ。長いことやっていなかったから忘れてたわ……」
そう言うと、亀の体は光に包まれていく。
光が収まると、そこには白い布を巻いた茶髪の女性がいた。端正な顔立ちだが、無表情だ。
「あなたたちと私では、時間の価値が違うものね。行きましょう」
そう言うと亀だった女性は、すたすたと北へ歩いていくのだった。




