183話 喋れました!?
「何故喋れる?」
メルクはきょとんとした顔の黒猫にそう訊ねた。
「にゃ? うちが喋れることがそんなにおかしいことかにゃ?」
「普通の猫は喋れない」
メルクはそう答えるが、黒猫は困ったような顔をする。
人語を喋る……魔物ならいざ知らず、それ以外の獣が話すなんて俺も聞いたことがない。
あるいは、この黒猫は亜人なのだろうか。
気になったが、イリアが口を開いた。
「ともかく、自己紹介を。私はイリアです。こちらは……」
皆、イリアの後に自己紹介を済ませる。亜人やフェンデルについても話した。
「にゃにゃ。アジン? どこかで聞いたことのあるような言葉にゃ」
黒猫はそう呟いた。つまりは亜人のことを良く知らないということだろうか。
「うちは、ノワ族のローナにゃ」
「ノワ族? 仲間がいるのか?」
俺の言葉にローナが頷く。
「そうにゃ。よかったら、うちに来るかにゃ? 助けてもらったたお礼におもてなしをするにゃ! ちょっと魚を恵んでくれれば泊まらせてもいいにゃよ?」
「結局魚が食べたいだけ」
メルクがそう呟くと、ローナは強がるように言う。
「べ、別になくても来てもいいにゃ! うちは寛大なのにゃ!」
「まあまあ。ともかく、話ができるやつらを探してたんだ。俺たちは、こっちの方にも仲間が欲しくてね」
俺が言うと、ローナは「仲間?」と首を傾げる。
「俺たちはフェンデル同盟っていって……色々な種族の者たちが一緒に生活してるんだ。その仲間ももっと増やしたくてね」
「なるほどにゃあ……ウチらも興味あるにゃあ」
ローナは俺たちの道具や服が珍しいのか、興味深そうに見つめていた。
「本当か?」
「にゃあ。でも、この近くが好きなやつもいるにゃ」
「別に一緒に村に住まなくてもいい。俺たちと食べ物をやり取りをするだけでもいい」
「にゃあ。面白そうにゃ。でも、この近くはあの蛇みたいのがいっぱいにゃ。とても、やり取りなんて」
「そこらへんは任せてくれ。ともかく、家まで案内してもらえるか? 周辺の様子も探りたい」
「わかったにゃ!」
そうして俺たちはローナの住む家へと向かうことにした。船を回収し、ローナの後をついていく。
茂みをメッテが切り払いながら、俺たちは内陸へと進んでいく。
ローナはそんなメッテの刀を見て言う。
「皆、面白いものを持っているにゃ。なんなのにゃ?」
「あれは刀っていう武器……いや、道具だ」
俺がそう答えると、ローナは何かを思い出したような顔をする。
「にゃにゃ。どーぐ。ローナたちもお宝あるにゃ」
「へえ。集めていたのか?」
「ご先祖様から引き継いできたのにゃ。あとで見せるのにゃ!」
次第に茂みが低くなってくると、岩が目立つ草原が視界に映る。
フェンデルよりも木が少ないようで、森ははるか遠くに見える程度だ。
西を見ると、ユミルたちの住むユミルディアがある山が見えた。
やはりというか、ここもボアが多い。
地響きのような足音を立て草原を疾走するボアたちを見ると、どこか懐かしさも覚える。
……フェンデルの周辺も、最初はこんな感じだったな。
「山向こうはこうなっていた」
メルクはきょろきょろと周囲を見渡す。
「空から見ていては分かりませんでしたが、陸地から見るとフェンデルよりも草が低く見えますね」
だが、とメッテは何かを念入りに探す。
「ここのどこに住める場所があるんだ? とても見えないが」
「すぐ見える場所にあったら、猪や蛇に見つかって大変にゃ。あの、巨岩の下にゃ。ついてくるにゃ」
俺たちは再びローナの後を追った。
そんな中、イリアが疑問に思ったのかこんな質問をする。
「そういえばローナさん。他に、ここであなたと喋るような者たちはいるのですか?」
「ノワ族以外ってことかにゃ? いるにゃよ。そこのメルクと似た者や、東の海辺に住んでいる亀とはよく会うにゃ」
その言葉にメルクがすかさず訊ねる。
「メルクと似ている?」
「にゃ。枯れ草のような色の毛を生やした者たちにゃ。ここから北に行くと会えると思うにゃ……でも、最近はあまり会わないのう、ローナが子供のときは、よく食べ物を巡って喧嘩したにゃ」
「人の姿になる?」
メルクは視線はローナに向けたまま、俺たちに鼻を向けた。人とはこういう姿だ、ということだろう。
ローナは首を横に振る。
「にゃらん。うちらの先祖も、その人の姿になれたにゃ。二本足で立っていたらしいのにゃ。でも、人の姿だと危ないから、もう人にはならなくなったらしいのにゃ」
「なるほど。たしかに人の姿は足が遅くなる。他の獣に見つかりやすい」
メルクが納得したような顔で頷いた。
つまりは、ローナたちはもともと亜人だったのだろう。
しかし道具を持たない人間の姿では、熊などの猛獣や、ボアのような魔物には太刀打ちできない。
次第に獣の姿だけで生活するようになったわけか。
だけど言葉だけは生きている。
となると、そのメルクと似ている種族や亀も、亜人の可能性があるな。
他にも、この東部では獣の姿で隠れて暮らしている亜人がいるかもしれない。
そんな中、突如ローナが耳を立てる。
メルクも同様に足を止めて、周囲を見渡した。
「籠った声がする」
「にゃにゃ……これはうちの住処からにゃ! 誰かが襲われてるにゃ!」
ローナはそう言うと、一目散に巨岩へと走っていくのだった。




