173話 止めました!?
イーリスに別れを告げた後、俺はリーセを伴い、グランク傭兵団の泊まる宿へと向った。
リーセの顔がどことなく暗い。
「帰りたくない……」
「そういうでない。また、いつでも会いにくるといいのじゃ」
ユミルがそう励ますも、リーセの表情は晴れない。
この数日、リーセはユミルを始め、俺たちと楽しく過ごしていた。
だから別れが惜しい……のは当然あるだろうが、いちばんの問題は、父親であるベイロンと姉のネイアがまだ喧嘩しているかもしれないということだろう。
リーセだけでなく、俺も不安だ。
とはいえ、グランク傭兵団を王国から追放する布告が取り消されたのを聞かせれば、二人とも矛を収めてくれるはずだ。争いの原因が消えたのだから。
そんなことを考えていると、やがてグランク傭兵団のいる高級な宿にたどり着く。
以前と同じ虎人の門番がこちらに気が付く。
「お嬢! それに、お前たちも」
「リーセを送りにきた。ベイロンと会わせてもらえるか?」
「あ、ああ。裏庭にいるはずだ」
「まさか……まだ、喧嘩しているのか?」
俺の言葉に、門番は無言で首を縦に振った。呆れたような顔をしている。
エレクシアが溜息を吐く。
「まさか、まだやっていたとは」
「ヨシュア様、また以前のように止めますか?」
エナもそう言った。
「まあ、待て。俺が直接話してくるよ……」
俺はそのまま、宿の裏庭へ回った。
すると、そこでは息を切らして膝をつくベイロンとネイアが。
「はあ、はあ……リーセは父上に愛想をつかしたのです!」
「じゃあ、お前は違うって言うのか?」
「愛想なんてとっくに尽きている!! 私はあなたを超えて、このグランク傭兵団を率いる!」
「三日三晩戦って、勝てなかったやつがか?」
「老いぼれには負けません! あと、一日もあれば!」
俺はそんな二人に声をかける。
「まさか俺たちが去ってから、ずっと戦っていたとかいうんじゃないだろうな?」
ネイアが答える。
「こんなのは戦いの内にも入らない! ただ、いつものように頑固な老人の相手をしているだけだ!」
「はっ……俺が子守りに付き合わされているだけだ」
はあ、と俺の口からため息が出る。
周囲には他の虎人の姿もなく、皆どうにもならないともう止めなくなったのだろう。
リーセがいなくなったのも、争いが長期化した要因かもしれない。
「二人とも、もう争う必要はない。新王イーリスがお前たちへの布告を取り消した。それだけじゃない。トーリン伯の遺族に、お前たちに約束の報酬を払うよう命じられた」
「まさか、本当か?」
ネイアは額に汗を浮かべて言った。
俺が本当にイーリスと話をつけてくるとは思わなかったようだ。
「イーリスは不法を許す王じゃない。良かったな」
「ったく。だから言っただろ、俺がやったことは上手くいくって」
ベイロンは服から土埃を払うとそう言った。
ネイアはまた顔を赤くする。
「だからと言って、父上のやり方は容認できません! あなたのやり方では敵が増えすぎる! もっと上手くやっていれば……母上だって救えたはずだ!」
「……俺のせいだって言うのか?」
ベイロンはネイアを睨みつけると、静かに歩み寄る。
俺が今まで見たことのないベイロンの顔だった。
相当怒っているのだろう。
……これはまずい。
俺は間に入って止めようとした。
しかしリーセがベイロンの前に立ちふさがる。
「もうやめて!」
「リーセ……子供は引っ込んでいろ」
ベイロンが言うと、ネイアもリーセにどっかへ行くんだという。
「私はどかない! 私だって戦える!」
そう言ってリーセはベイロンの脚に駆け寄ると、ぽこぽこと殴っていく。
ベイロンはよろける様子もなければ、痛がる様子も見せない。
しかし、ベイロンはリーセの持っていたブレスレットに気が付く。
「リーセ……お前、それは……」
「直したの! ヨシュアたちと直した! なのに、どうしてリーセの話聞いてくれないの!」
リーセはベイロンの足に縋ると泣いてしまった。
ベイロンは震えるリーセに顔を暗くする。
「リーセ……」
「リーセ! お姉ちゃんが悪かった! もう喧嘩しないから許してくれ!」
ネイアはリーセをぎゅっと抱き上げる。
ベイロンも悔しそうな、悲しそうな複雑な表情を見せた。
「……本当に、もう泣かせるようなことだけはやめてくれ。部外者があれこれ言うことでもないが、家族だろう?」
俺が言うと、ネイアは申し訳なさそうな顔をして頷いた。
「……リーセ。今日は、一緒にお風呂に入ろう。お姉ちゃんが尻尾を洗ってあげるから」
「……もう、喧嘩しない?」
「しない。約束する」
「お姉ちゃんもお父さんも、いつも約束を破る」
「……今度は守るよ。皆、迷惑をかけたな……あとで礼はさせてくれ」
ネイアはそう言い残して、手を振るリーセと共に宿へ向かった。
「それじゃあ、俺たちも帰るか。じゃあな、ベイロン」
「……待て、ヨシュア。色々積もる話もあるだろう……少し、寄ってけ」
「ああ。俺も、大事な話があった」
そう答え、俺はベイロンのあとをついていった。




