168話 王冠を奪取しました!
王都の北に、ロデシアという街がある。王都の城壁からも見えるほど近い街だ。
王都北側の農村の者たちは、このロデシアに作物を売り、生活用品などを買いに行くようだ。そういった理由で住民も多く、城壁を備えたそこそこ大きな街となっている。
俺とイリアは王都から街道を北に進み、そのロデシアに向かっていた。
「イリア、寒くないか?」
「いえ、私は……あっ、そういえば」
イリアは何かを忘れたのか、声を上げた。
日中は服屋に入っていた。何か暖かくなるような服を買ったが、忘れたのかもしれない。
「よかったらこれを首に巻いてくれ」
俺はモープの毛で作ったマフラーをイリアに渡した。
「これは……とても暖かそうですね。ありがとうございます」
イリアは嬉しそうな顔でマフラーを首に巻いて呟く。
「暖かい……フェンデルの夜よりも冷える気がしますね」
「そうだな。北にいけばいくほど、人間の国は寒くなる。大陸の北岸なんかは、氷で覆われているらしい」
「それは寒そうですね……一度、ヨシュア様と見に行きたい気はしますが」
「俺も興味はあるかな。多分、見たらすぐに帰りたくなるだろうけど」
寒くて十分もいられないだろう。そもそも、到着するまで寒いだろうが。
イリアは笑って答える。
「いつか、フェンデルがもっと安全になったら、私色々な場所をヨシュア様と旅したいです」
「俺もだ……こういう厄介ごとに首を突っ込むんじゃなくて、行きたい場所に気ままに行ったり」
ユミルディアの地下で見つけた、飛行艇の設計図。あれが作れれば、自由に色々な場所に行けるかも。
「いつかは、そうしよう……でも、まずはここを乗り切らないとな」
「はい。王の間の皆さんも、相当混乱していたようですし早めになんとかしたほうが良さそうですね」
「ああ。こんなに早く王がやってくるとは誰も思わなかったからな」
奇襲的ではある。
だが王は奇襲を狙ったわけではなく、一刻も早く王都に帰りたいと急いだだけ。今頃、ロデシアでは疲弊した兵士が愚痴をこぼしているはずだ。
「イリア。もし見つかっても、相手は気絶させるだけにしてほしい」
「承知しました。あくまでも今回は、忍び込むわけですもんね」
「ああ。王冠を獲ればそれでいい。王は時間をかけて光を見せられない贋作を作るか、王冠なしで王都に向かうことになる」
前者でも、イーリスがロデシアに兵を率いていけばいいだけだ。王冠を被ってトーリン伯の兵に光を見せれば、向こうの士気はがた落ちだ。
王についた貴族たちも混乱が生じるだろう。王冠が消えたということは、陣営に誰か内通者がいると皆、疑心暗鬼になる。また、王冠も守れない王となれば、離れる者もいるはずだ。
とはいえ、やはりイリアにはピンとこないようだ。
「冠一つで、そうまでして変わる……光に、何かを攻撃したりする力はないのですよね」
「そうだな。アンデッドを撃退するような力があるわけでもない。ただの飾りに過ぎない」
そんなものに人間はありがたみを感じるのかと、イリアは不思議に思っているのだろう。
「この国にいると、本当に勉強になることばかりです……あ。あちらが、ロデシアですよね?」
煌々とした場所が近くなってきた。
城壁の外には、大量のテントがあった。兵士たちが寝泊まりしているのだろう。
俺は周囲にハイドを展開し、その中を進んでいった。
「はあ……疲れた」
「俺なんか、足の皮がめちゃくちゃだ……」
「俺もだ……しかし、人間同士で争っている暇があるのかよ」
兵士たちはやはり不平たらたらといった様子だった。
皆疲れているのか、横になっている者も多い。
やがて城門に近付くと、そこには多くの門番が。
だが、彼らも疲弊しているようで、皆立ったまま目を瞑っている。
俺たちに気が付く者はいない。これではハイドを使えなくても、熟練の密偵なら通り抜けてしまうかもしれない。
「簡単に入れましたね」
「ああ。まさか、こんなにすんなり入れるとは。それじゃあ、街の中央に向かおうか」
街には、中央に街を守る騎士の館がある。王はそこで宿泊しているはずだ。
街路には腰を落とす兵士が溢れていた。野営地の設営すら間に合わず、街の家や宿も使っているようだが、それでも外で寝なければいけない兵士もいるようだ。
イリアが呟く。
「皆さん、寒そうですね……」
「疲れているだろうな。とても戦いたくなんてないはずだ」
その後、俺たちは特に誰にも悟られず、館の前の広場に到着する。
館の周辺には、以前俺たちの船を接収しようとした近衛騎士たちがいた。さすがに彼らは、しっかりと警備をしているようだ。
とはいえ、近づいてもこちらに目は向けない。
門に魔力の反応はなく、侵入者を感知するような仕掛けも見当たらない。完全に兵の目だけに頼り切っているようだ。
俺たちは表玄関から堂々と侵入し、使用人が扉を開けるのを狙って、館の中に侵入した。
館の中も警備は多いが、誰もハイドを使う俺たちに気が付けない。
そのまま館の最上階に向かい、やたら警備兵の多い場所を見つけた。
彼らは、大きな扉を守っている。あの向こうに王がいるのだろう。
「ヨシュア様、いかがしますか? さすがに勝手に扉が開いては不自然ですよね」
「寝ているなら、勝手に部屋を出入りする者も朝まで現れないだろう……ここは一旦、下へ向かおう」
「下、ですか?」
「ああ。あの部屋の下から侵入するんだ」
俺たちは、一つ下の二階に向かう。
二階には階段付近に立つ警備と、巡回する警備がいるだけで、王の部屋の下にあたる部屋の前には誰も立っていない。
俺たちは巡回する兵士の横を通り抜け、目的の部屋へと向かう。
部屋の中には魔力の反応はなく、人はいないようだ。
「大丈夫そうだな。よし、入るぞ」
誰もこちらを見ていないのを確認して、俺は扉を開く。
そのまま中に入るとすぐに扉を閉めた。
未使用の客室のようで、やはり中には誰もいない。
「よし、上手くいったな」
「お見事です。ここからはもう、ヨシュア様にとっては楽勝ですね」
俺が生産魔法で天井に穴を開け、そこから侵入するという計画をイリアも察したようだ。
「……そうとも言えないかもな」
上の階の魔力を見ると、横になっている人間が三人いる。王と、あとは妻や側室だろう。
王冠も魔導具が使われているので、魔力が分かる。彼らのすぐ横の棚か何かに置いてあるようだ。
寝ている場所のすぐ隣か。三人もいるとなると、気が付かれないとも限らない。
「……もしものときは、皆峰打ちにしてくれ」
「かしこまりました」
イリアはコクリと頷いた。
それから俺は、木材を使って天井への階段を組む。
そして木製の天井に向かって手をかざし、天井と床を魔法工房へ収める。
すっと壁に穴が開く。
俺は穴から顔を出し、三人の様子を窺った。
「寝ているな」
三人とも微動だにしない。少なくとも目は瞑っているようだ。
王冠のもとへ歩いていくが、ハイドのおかげで誰も気が付いていない。
三人が目を閉じているのを確認して、俺は台に置かれた王冠を魔法工房へ吸収した。
すぐに穴へと戻り、その穴を塞ぐ。最後に階段を回収すれば、元通りだ。
「よし、誰にも気が付かれずに回収したぞ……しかし、このハイド。すごい魔法だな」
「とはいえ、さすがに正面からは無理だったでしょう。ヨシュア様の生産魔法があってこそです」
「ありがとう……でも、まだ帰るまでは安心できない。早くここを去るとしよう」
「はい! 皆も待っているでしょうから!」
俺たちはその部屋の扉に小さな穴を開き、廊下の様子を見る。
誰もいないのを見計らって、そのまま扉を開き、館の外へと向かった。
だがそんなとき、どこか膨大な魔力を上のほうに感じた……気がした。
「なんだ……?」
「どうしました、ヨシュア様?」
「いや……消えた。ともかく、王都まで急ごう」
俺たちはそのまま王都へと帰還するのだった。




