164話 親子喧嘩でした!?
「ほうほう、なかなかいい色合いじゃな!」
ユミルは、できあがったブレスレットを見て言った。欠けていた宝石は外し、リーセの拾った石を新たに通した。以前よりもっと色彩豊かになった。
「本当に! これならきっとお父さんも喜びますよ」
エナもそう褒めたたえた。
リーセは満面の笑みで、うんと頷く。
「ありがとう! これも皆のおかげ」
「よかったよ。これなら、お父さんとお姉ちゃんも仲直りできるかな?」
「うん、きっと……」
リーセは少し不安そうな顔をしたが、すぐに絶対と明るい顔で答えた。
「よし。それじゃあ、俺たちがお父さんのところまで送っていくよ」
「本当? でも、これ以上迷惑は」
「気にしないでくれ。俺たちも、君のお父さんを探していたんだ。案内してくれると助かる」
「そういうことなら、喜んで!」
俺たちは喫茶店で会計を済ませ、ベイロンのもとへ向かうことにした。
向かった先は商業区の隅にある、歓楽街。宿屋や飲食店、ちょっと危ないお店が立ち並ぶエリアだ。
「この先の宿! そこにいる!」
リーセが指さしたのは、比較的高級そうな大きい宿だった。
門にはグランク傭兵団の虎人が番として立っている。大きいから、傭兵団で貸し切っているのかもしれない。
門番たちは、リーセに気が付く。
「お嬢!! どこに!?」
「捜索隊を出していたんですよ!? ──っ!? お前たちは!」
門番たちは刀を抜く。
しかし、リーセが一喝する。
「やめて! ヨシュアたちは、私を助けてくれたの!」
「し、しかし」
よく見ると、フェンデルを襲った奴隷商コビスの砦で戦った虎人たちだ。
あの時、イリアの刀で峰打ちにされていた。その時の経験から、俺たちを危険だと考えているのだろう。非常に怯えている。
武器を下ろそうとしない門番たちに、俺はリーセの隣に立って言う。
「なんてことはない。俺たちは、ベイロンに挨拶に来ただけだ。収穫のお裾分けにな」
門番たちは顔を見合わせると、しばらくごにょごにょと何かを話す。
「……あ、あんたたちなら、止めてくれるかもしれねえな」
「外客の前なら、二人とも落ち着くはずだ。特にネイアの姉貴は」
止める……何やら、宿の中で何かが起きているらしい。
恐らくはベイロンとネイアが喧嘩しているのだろう。
行って仲裁になるのなら、それはそれでいい。
やがて門番は皆でうんと頷くと、俺たちに顔を向けた。
「案内する、来てくれ」
「頼む」
俺たちは門番に案内されていく。
リーセは一足先に、前へと進んでいった。
案内されたのは宿の中……ではなく、宿の裏庭だった。
そこでは、多くの虎人が集まっていた。
皆の視線は、一か所に向かっている。何かにびくびくとして、声も上げられないようだ。
やがて、高い声が響いた。
「にゃにゃにゃっ!! 今日こそ、お前を倒して私が団長になるにゃ!! くたばれ、クソ親父!」
「少し色気づいたからって調子にのりやがって! 俺はてめえが腕の中でお漏らしていたときから、ずっと戦ってんだ! 勝てると思ってんのか!?」
「いつまでも父親面するんじゃないにゃ! 私も母上も、リーセも放っているくせに!! お前は父親のくずにゃ!」
「てめえこそ、そんなに俺のやり方が嫌なら出て行けよ!? どうせ、一人じゃ生きていくこともできねえくせに!」
怒声に次ぐ怒声。
ベイロンとネイアの声だ。
ネイアの口調はこんな感じではなかったと思うが……それに、俺が会ったベイロンはこんなに感情的ではなかった。
「うるさいにゃ! お前のやり方にはもう皆うんざりにゃ!! さっさと老いぼれは隠居して、猫じゃらしと戯れているといいのにゃ!」
「ああ!? 老いぼれだと!? てめえ、もう許さねえ!!」
慌てて近寄るにつれ、何をしているか見えてきた。
二人は素手……といっても長い爪を立てて、喧嘩をしていた。人の喧嘩というよりは、獣のような迫力のある喧嘩だ。
「やめて、二人とも!!」
リーセはそう言って駆け寄る。
しかし、他の虎人がそのリーセを止めた。
「は、放して!」
「今のあの二人は周りなんか見えちゃいねえ! 危険です!」
事実、ベイロンとネイアはリーセの声なんか耳に入っていないようだった。
「お父さん、お姉ちゃん! ブレスレットが直ったの! もう喧嘩はやめて!!」
リーセは泣き叫んだ。
だがそれでも二人は振り返らない。
「自分の子や妹が泣いているのに、喧嘩か……皆」
俺の声に、エクレシアたちは頷く。
「我らで止めよう」
「うむ、ワシらの作ったきついお灸を据えてやるのじゃ」
「エナが水で頭を冷やします」
俺は門番に言う。
「俺たちに止めさせてくれ」
「き、気を付けてくれ。あの二人の喧嘩は、今まで誰も止められたことがない」
門番たちは頼むと頭を下げた。
「大丈夫だ、任せてくれ……エクレシア!」
「ああ!」
まず、エクレシアはベイロンたちの足元から植物の根を出した。それで二人の手足を拘束する。
「なんにゃ!?」
「邪魔するんじゃねえ!」
二人は根を爪で切り裂こうとする。
その隙に、俺は二人を囲むようにして円筒型の石壁を築いた。
「エナ!」
「お任せを!」
エナが両手を前に向けると、水が石壁の内側に降り注ぐ。
「ぶ、ぶはっ!? にゃ!?」
「お、おい!? なんだ、これは?」
二人は顔だけ水面から出している。手足を根で縛られているのと、水中にいることもあって、自由に動けない。
ユミルはそんな二人の頭を、ぽんと槌のようなもので叩く。槌の頭はスライムゼリーでできているからか、ぽよんと痛くない感じだ。
「やめるのじゃ、二人とも。リーセが泣いておるのじゃ」
「う、うるさい!! 部外者は黙って……るにゃあっ!?」
ネイアは俺たちのほうを見て、顔を青ざめさせる。
他の虎人も同様に、こっちを向いて体を震わせた。
「へ?」
皆が見ているのは俺……の少し後ろだ。
俺も視線の先に振り返る。
するとそこには、世にも恐ろしい顔をした鬼──がいた気がした。
いたのは、にっこりとほほ笑むイリアだった。
「お久しぶりです、皆様」
ぺこりと頭を下げるイリアに、虎人たちは目をぱちぱちさせた。
すぐに、ネイアが声を上げる。
「お、お前たちなんなのにゃ……なんなんだ!? 私たちのことに口を出さないでくれ! 今は、団長を決める決闘の最中なんだ!」
「リーセが泣いている中でやることか?」
俺が言うと、ネイアはリーセが膝をついて大泣きしていることに気が付く。
「り、リーセ……」
「たくっ……調子が狂う。おい、ネイア。決闘はまた今度だ……」
いつの間に根を振りほどいていたベイロンはそう言うと、俺やリーセたちには振り向かず、ずぶ濡れのまま宿のほうへ歩いていく。
「ベイロン……」
はくしょん、というくしゃみの音を響かせベイロンは宿の中に入っていった。




