115話 沼地を発見しました!
白砂島を発ってから一時間、船は順調に東へ進んでいた。
振り向けばもうだいぶ白砂島が小さくなっている。
左舷側に目を向ければ、そこには広大な砂浜が広がっていた。
俺は帆柱の近くに立って帆を操る。
とはいえアスハが風を起こしてくれるので、追い風を維持するのは苦ではない。
メルクは俺の作った望遠鏡で砂浜を眺めながら言う。
「誰もいない。ボアと小さな動物ばかり」
「海のほうも、特に変わった様子はありませんね」
イリアも海を見渡しながら言った。
「さすがに一時間しか離れてない場所じゃ、危険だと思ったんだろう。もっと離れてた場所にいるかもしれない。クラーケンはあんなに、大きかったしな」
そのクラーケンの死骸は、不思議なことに俺の魔法工房に収まってしまった。氷漬けにしているので、村まで持って帰れる。
ベルドスが俺に訊ねる。
「探している子供とやらは、服を着ていたのだろう? となれば、ヨシュアと同じように服を作れるということか?」
「簡単な作りだが、そうなるな。そして、服を作るための材料が必要になる。エクレシア」
俺が顔を向けると、エクレシアは白砂島の地底湖から持ってきた蓑の服を持って言う。
「珍しい草だと思う。少なくとも、私の故郷とフェンデル村の周囲には生えてなかった。きっと背が高いから、すぐ見つかるはずだ」
エクレシアはじっと陸上を見つめた。
それを聞いたのか、上空のアスハが言う。
「向こうの砂浜の近くに、沼が見えます。そこに、高い草が茂っているようです」
「そこで服の材料を調達している可能性もあるな。一旦、上陸しようか……メッテたちのこともあるし」
俺は、さっそく船の上でぐったりするメッテとセレス、ユミルに気が付く。
その三人の賛成という力の抜けた声に、俺は船の進路を砂浜へ変えた。
砂浜には特に魔物もおらず、容易に上陸する。
「お、あれか。ここからでも見えるな」
一見、色づく前の青々とした麦のような植物が、内陸のほうに見えた。
だが普通の麦と違い、はるかに背が高い。人の背丈ほどはある。
茎も太そうだから、乾燥させれば蓑の服の材料になるだろう。
地底湖に住んでいた者たちは住処を失ってしまっている。あらゆる物資が不足しているはずだ。
まずは食料だ。
子供が腹を空かせていたから食料が少ないのは間違いない。
とはいえ、この付近では魚や貝が豊富に取れる。海辺に住む者が、それらを食べないことは考えにくい。食料はどうにかなっている可能性は高い。
次に服も不足しているはずだ。
慌てて逃げたのだろう。地底湖には蓑の服が大量に置き去りにされていた。
それを考えれば、ここであの植物を刈って服を作ろうと考えてもおかしくない。
内陸まではクラーケンも襲ってこないだろうと、陸地に移住している可能性もある。
「よし。少し、あの植物の場所を探ろう。メッテとセレス、ユミルは……ここで待機だ。アスハは空から。あとは皆で、あの中を探るぞ」
俺の声に皆頷いてくれた。
そうして俺たちは浜から内陸の沼地へ向かう。
「こんな場所が……」
イリアは結構な広さの沼地を見て呟いた。
「この大きさの沼地になると、足を取られる可能性があるな」
底なし沼があってもおかしくなさそうだ。
足を踏み入れれば、そのまま泥に飲み込まれてしまうかもしれない。
試しにそこら辺にあった、頭ほどの岩を一つ投げ入れてみる。
しかし岩は、ずぶずぶと泥の中に呑まれていった。
「やっぱ危険だな」
そんな中、アスハが言う。
「ヨシュア様。では私が軽く探ってきます」
「アスハ。本当にすまないな」
「いえいえ。むしろヨシュア様のお役に立てて、嬉しいです」
アスハはそう言うと、すぐに顔を空に向けて飛んでいった。
メルクがそれを見て、ぽつりと呟く。
「アスハ、ずるい。メルクも飛べるようになりたかった」
「確かに俺も飛べたらと思うが……ともかく、この感じだとそのまま歩くのは危険だ。あれを使おう」
「あれ?」
首を傾げるメルクを尻目に、俺は周囲の植物を回収した。
その植物を熱と風で急速に乾燥していく。
そうしてできた植物の繊維を繋ぎ合わせ、大きな絨毯を作る。
「よし、できたぞ」
完成した絨毯を、さっそく沼地へ広げていく。
そうして敷かれた絨毯の上に岩を投げるが、絨毯は沈まなかった。
「よしよし。これで、この上に乗れる」
俺は試しに絨毯の上に飛びのった。
「おお、すごい」
「これをもっと作って敷いていこう。そうすればもっと内側へ行ける。だが」
俺の言葉にベルドスは頷く。
「うむ。オレが乗れば、さすがに沈んでしまいそうだ。ここでオレは周囲を見張っている」
「ありがとう、ベルドス。他の皆も、ある程度距離を取ってついてきてくれ」
こうして俺たちの沼地探検が始まった。




