110話 地底湖でした!?
扉が開き、俺のトーチが目の前の空間を照らしていく。
「ここは……」
眼下に目を移すと、そこには水にぬれた岩場。
徐々に視線を上げていくと、しばらく続いた岩場が突如途切れ、水の張った場所が見えた。
「湖、でしょうか?」
イリアがそう呟く。
奥までは見えないが、たしかに地底湖のように見えた。
潮の匂いがするので、海と繋がっている可能性もある。
「もう少し、奥まで照らしてみる」
俺は更にトーチで光球を増やし、四方へ放つ。
円形で広さは三十ベートルほどの空間……そこまでは大きくない。
奥側の二十ベートルほどが、湖となっているようだ。
壁が自然の岩肌でまるで洞窟のような場所だった。
「綺麗な場所」
メルクは光球で照らされる水面を見て言った。非常に透明度の高い湖がそこにあった。
それから恐る恐る、皆で湖まで近づくが、特に敵が現れたりということはなかった。
イリアは刀の鞘を握りながら呟く。
「ダンジョンでは、ないのでしょうか?」
「あるいは、もともとダンジョンだっただけかもしれない」
俺が言うと、エクレシアがこんなことを言う。
「この板で開いたということは、追っていた子供とやらはここを知っていたということになる。その子供の仲間たちが、住処にしていたのかもしれないぞ」
「その可能性はありそうだな。ダンジョンだったが魔物がいなくなり、誰かが住処にしていた。だが……」
見渡すも、誰もいない。
しかし、メルクが岩陰で何かを発見したようだ。
「ヨシュア。これ」
メルクが岩陰からひょいっと見せてくるのは、腐食した蓑の服だった。
「それは、あの子供も着ていた」
蓑の服だ。腐食して、まるで毛のように見える。
「ここにも同じ物があります」
アスハも別の場所から同じようなものを出してくる。
他にも壁沿いにそういった蓑があった。簡単な石器のようなものも見える。
「まぎれもなく生活の跡だ……ここにあの子供や仲間が住んでいた可能性がある」
俺がいうと、イリアは周囲を見渡す。
「ですが、誰もいません」
イリアの言う通り、虫や魚すらもここには見えない。
死体が見えないことから、ここに住んでいた者たちはどこかに行ってしまったのだろうか。
扉から出たか、あるいは湖が海と繋がっている可能性があるからそこから出たか。
いずれにせよ、ここに住めなくなった理由があるはずだ。
あるいは、死体がない理由は……
そう考えると、途端にこの場所が危なく思えてきた。
「皆……一度、退こう。湖の中に何かがいるかもしれない。エクレシアとアスハは、入り口側を見てくれ。後の皆は、湖を見ながら後ろ歩きで退くぞ。階段も、それで上がっていく」
背中を見せた瞬間、湖から襲ってくるかもしれない。
そうして、俺たちはゆっくりと入口へ後退した。
だが、階段まで差し掛かったところ、湖の水面に泡が立ち始める。
「やはり来たか。クラフト──ウォール」
俺はすぐに、湖の近くに岩壁を展開する。
しかし、それはすぐに砕かれてしまった。
「いえ、ヨシュア様。ここは私にお任せください」
そう言うと、イリアは刀の柄に手をかけた。
丸太よりも太い何かが、粉砕された岩壁の中から飛び出してくる。
タコやイカの脚のような見た目と理解したときには、それはすでに俺たちの目前に迫っていた。
「はあっ!!」
イリアが一喝すると、その脚は何等分にも切断された。
床に落ちてぴちぴちと跳ねる。
それからすぐに、遠くから低く鈍い音が響く。
地上の生き物が発するような音ではない。独特な、思わず耳を塞ぎたくなるような音だった。
音の発信源は、少し離れた海に違いない。
その音と同じように、まるで島を揺らすように地揺れが起こる。
「思った以上に大きい! 皆、階段まで走れ!」
俺たちはそう言って、地上まで向かう。
後ろには触手が来ないよう岩壁を何重にも張り、階段には崩れないよう補強用の岩の柱を展開しながら。
そうして明かりが見えてくると、ベルドスが岩の扉を必死に押さえているのが見えた。
「皆、今のうちに!」
俺たちはそのまま、階段を飛び出す。
「ベルドス! 助かったぞ!」
「気にするな。それよりも」
すぐにベルドスは斧を手に取った。
すでにモニカが弓で、迫りくる無数の巨大な二枚貝に放っていた。
シールドシェル。三日月形の大きな殻を持ち、殻の中から触手を伸ばし移動や捕食をする。
海沿いに潜むとされる野生の魔物で、よく人間の漁師も襲われていた。攻撃力は高くないが、殻が堅くて倒すのが厄介だ。
だが、亜人たちからすれば特に問題はない。
「ふん!」
ベルドスの振るう斧に、シールドシェルは簡単に殻ごと粉々にされていく。
イリアは刀で、モニカは矢で、殻の隙間を狙い中身を攻撃した。
アスハは一度、上空を飛ぶとこちらにすぐに戻ってくる。
「メッテさんたちも襲われていますが、上手く防いでいるようです! セレスさんとユミルさんと一緒に、ヨシュア様の作った塔へ向かってます」
「灯台だな。俺たちもそこで合流しよう。アスハは引き続き、空から周囲の様子を探ってくれ」
俺たちはそうして、灯台へと撤退するのだった。




