105話 釣れました!?
「どうだ?」
俺は川に浮かぶ小さな帆船を見て言った。
全長は八ベートル、幅は二ベートル。
真ん中に立つ帆柱は五ベートルほどの高さがある。
帆はモープの毛で作られており、縦帆と呼ばれる横から見て三角に見える形をしている。
メルクは船を見あげて言う。
「おお、でかい」
「ボートよりも大きいね!」
フレッタもそう呟いた。
たしかに、この前エルフの島で作ったボートよりも一回り大きい。
イリアは今は閉じられている帆が気になったようだ。
「それに、ボートと違って船の中央に柱がありますね。布がついてますが……」
「あれは帆だ。あれで風を受けて、船を進める力にするんだよ。風車みたいにね」
「なら、アスハも呼んでくる。アスハなら強い風が起こせる」
メルクの言う通り、アスハがいたほうが良さそうだ。
というのも、俺は操帆に詳しいわけじゃない。だが、アスハが風を吹かせてくれるなら帆を動かす必要もなくなる。
「そうだな。でも、今日は遠くには行かない。村の近くで練習も兼ねて、例の子供の捜索をするだけだ。皆を呼ぶこともないだろう」
「きっと誰かが見つけて、ぞろぞろ集まってくれるでしょうしね! 私たちだけで乗りましょう」
イリアの声にメルクも違いないと頷いた。
それからフレッタとモーも一緒に、俺たちは船に乗り込んだ。
俺は早速を帆を開いて言う。
「イリア。ヘルアリゲーターが飛び掛かってこないとも限らない。フレッタとモーをよく見てあげてくれ」
「かしこまりました」
イリアは俺に頷いた。
「さて……それでだが」
「パンで釣る。釣竿と、昨日焼いたパンを持ってきた」
メルクは俺に釣竿と、その釣り糸に括り付けられたパンを見せてきた。それから船首に立って、川へ釣竿を向ける。濡れると崩れると分かっているからか、パンは水に浸からないようにしている。
「い、いくらなんでも、そんなのじゃ寄ってこないと思うぞ……」
「大丈夫。メルクは色々探すのが得意。きっと何か釣れる」
……ヘルアリゲーターが釣れるかもしれないな。
だが、ここ最近、ヘルアリゲーターは数を減らしている。フェンデル村とエルフの村を行き来するボートが襲われたという話も聞かない。
それを見ていたフレッタが言う。
「面白そう! 私たちもやりたい!」
「そこに釣竿がある。フレッタとモーもやる」
メルクの声に、フレッタたちは釣竿を取りに向かった。そしてメルクの横で釣竿を川へ勢いよく振り下げた。
「私が釣るよ!」
「メルクが釣る。負けない」
メルクたちは、ぶんぶんと釣竿を振る。
俺はそれを微笑ましく見ながら、船を川の流れの中央に進めることにした。
風はほぼ真北から吹いているから、川を下る分には追い風だから楽だ。
逆に川を上がるとき、海から帰ってくるときは逆風となる。櫂で漕ぐか、アスハたち天狗に風を吹かせてもらうほうがいいだろう。
この船なら、ボート以上の多くの物資を積める。エルフたちの村への輸送はもちろん、川の上流や海など他に亜人が住んでいれば貿易が出来そうだ。
そんなことを考えていると、水面が少し揺れた気がした。同時に、底のほうから魔力が。
形からして……ヘルアリゲーターか!
俺はすぐにメルクたちにマジックシールドを展開し、叫ぶ。
「皆、船につかまれ!」
叫ぶのと同時に、水面から巨大なワニ──ヘルアリゲーターが飛び出てきた。
しかし、
「はあっ!」
イリアの刀によって、簡単に払い除けられてしまった。
子供の前ということもあって斬らないで、峰打ちにしたようだ。
ざばんと水面に叩きつけられるヘルアリゲーター。一度水底に沈んだと思うと、また水面に浮いてきた。血こそ出てないが、魔力がなくなっているのを見るに死んでしまったようだ。
フレッタはぱちぱちと拍手する。
「すごい、お姉ちゃん!」
「ヘルアリゲーターぐらいなら慣れたものです」
得意げに言うイリア。
しかし、ヘルアリゲーターが水底にいたか。まだまだ油断はできないな。
それよりもあの毛むくじゃらの子供が、この中に潜っていたとしたら……
もちろん、どこか遠くに逃げてくれた可能性もある。水中に逃げたのではなく、河原を通って逃げてきた可能性もあるし。
そんなことを考えていると、メルクが気絶したヘルアリゲーターを見て気が付く。
「ヨシュア……あのヘルアリゲーターの腹」
「本当だ。普通のより膨れている。まさか──引き揚げるぞ!」
俺たちはヘルアリゲーターの足を縄で結ぶと、川岸に船を進ませる。
そこで水揚げしたヘルアリゲーターの腹を、イリアが目にも留まらぬ速さで斬った。
メルクはフレッタたちに川に向かって釣りを続けさせながら、ちらちらとこちらを見る。
そんな中、俺はヘルアリゲーターの腹部を開くと……
「これは……」
腹の中には、俺が昨日見た毛むくじゃらが収まっているのだった。




