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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第五章 彼ら、強敵につき
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第八十話 オカマと美少年(3)

 瓦礫(がれき)(つた)ばかりを集めて造ったような粗末な城へ、ひとつの存在が消えるように入っていく。


 酷くゆったりとした足取りなのに、冷血を思わせる緋色の瞳は瞬きをしない。

 それはあたかも、怒りを表現しているようだった。


 昼でもほとんど光の届かない城内で、二つの赤い光はただまっすぐ目指す。

 仲間が待つ最上階の広間へと。


 四角く切り取られた壁から人間界の景色が見える。

 この城は大陸最北端にそびえており、以南を広く臨める。ただ、魔族からすれば眺望など取るに足らないものだ。互いを認識できる最低限の採光さえあれば良い。


 濃紺の長髪を束ねた青年――と言っても、見た目と実年齢が一致しているとは限らない――が振り返った。その前には王座に座す、腹違いの兄。


 先に口を開いたのは、夕闇色の髪の青年だった。


「サイノア嬢」

「サイノア。……済まないな、手間を掛けさせた」


 言葉通り、申し訳なさそうに魔王が目を伏せる。


 どうしたらそのような感情のこもった謝罪ができるのか彼女には理解できない。分かるのは謝られているという事実だけだ。


義兄にいさまの命ですから。それよりも、」


 おもむろに首を振ってから、血のような紅い瞳が何かを探すように動く。

 ほどなくして、その視線は彼女の後方に定まった。


 サイノアは目を眇める。先ほど彼女が入ってきた入り口のすぐ側で、壁に寄りかかる影から発せられる微量の瘴気しょうき。直前まで気配を完全に絶ち、死角に入ってから瘴気を発したのだろう。見つけられるのを待っていたかのように、その口元には笑みが浮かんでいる。茶目っ気があると言えば聞こえは良いが、やられた方は良い気分にはならない。


「彼の真意が気になるわ。正気の沙汰かしら?」

「これは心外ですねぇ。治権者殿に併せて伝えてくださるよう申し上げたはずですが」


『彼』はわざとらしく肩を竦める。


「聞いたわ、“今は時期尚早だ”と。けれど“時期尚早”の具体的な根拠は、全く聞き憶えがないわね」

「まあ説明したいのは山々なんですがねぇ。僕の価値観は貴女の価値観とは相容れないと思いまして」

「御託は必要ないわ。話してご覧なさい。(ただ)し、内容次第では――

 治権所有者恐喝・及び星家法違反重科により貴方を葬り去る必要性が生じる」


 目の前の書類を読み上げているかのような事務的な口調で、彼女は今、魔星ませいにおける最高刑を言い渡した。

 まだ確定したわけではないが、彼の説明がサイノアにとって納得のいかないものであれば、間違いなくその通りになろう。


 絶対王政の魔星において、治権者以外に他者を裁く権限はない。

 しかし、治権者と同等の地位を持つ彼女ならば、不可能なことではない。

 

 首を刎ねられるのか、焼き尽くされるのか、同族の餌になるのか。最高刑ゆえ、なんであろうと死罪は確定的だ。

 想像しただけで普通ならば震え上がるところであろうが、『彼』はやれやれ、と再び肩を竦めるだけだった。


「貴女こそ正気の沙汰ではありませんねえ。『情報局長』名だたる僕を滅ぼそうものなら、最大幹部が黙っていないでしょう。僕の上司は貴女のお友達でもありますし」

「……あの子は状況を理解できるわ」


 サイノアは初めて少しだけ沈黙した。まるで、虚を突かれて返答に困ったかのように。

『彼』はその様子を、それはそれは愉快そうに眺める。


「どうでしょう? いずれにしろ、貴女のお兄さまは僕の味方であってくださるようですがね」


 サイノアは反射的に魔王を見た。

 彼女の義兄は、自分のことが話題に上ったせいか少し間の抜けたような顔をしていた。


 視線を合わすことは容易だった。程なくしてかち合う目と目。蒼と朱の、正反対の瞳。

 しかし紅い瞳の方は、紺碧の瞳により暗い影が差したのを見逃さなかった。


 やがて居たたまれなくなり、先に視線を反らしたのは。


「ほら、ね」

「義兄さま……」


『彼』は屈託なく笑った。そらみろと勝ち誇ったような笑みだった。


 驚き。怒り。悲しみ。今のサイノアに当てはまる感情はなかった。

 元来感情を持つことなく育ってきた彼女にとって、自分の心境がどの感情に該当するのかを考えるのは非常に困難なことだ。


 あえて表現できる感情があるとすれば、それは『呆れ』に近いかもしれない。兄に対する幻滅だ。

『情報局長』とはいえ、自分より立場の弱い者に易々と従うその態度。


「やはりあの娘が元凶かしら」


 ぽつりと零したそれだけで、彼女の真意を理解できる者は皆無だった。

 

「人間などの側にいることで魔族としての判断力が鈍ってしまったのね、義兄さま。――残念だわ」

「サイノア嬢っ?!」

「何を動揺しているの? 魔族の王として機能しない存在に価値はない」


 ソーディアスが非難の声を上げるも、サイノアは右手に魔力を込める合間にそちらを一瞥するだけ。


 感情のこもらない瞳に気圧され、ソーディアスは主に近付くことも叶わなかった。

 動かないのか、動けないのか、魔王も驚きを露わにしたまま王座を退く気配はない。


 ただ、一匹だけは微笑みを浮かべたまま崩さなかった。


「だ~か~らぁ~、やめなさいってば~~」


 呆れつつも愉しげな声がどこからともなく響いた。

 同時に、サイノアの右手に溜まっていたはずの魔力が急激に衰える。


 一回りほど大きな手が、彼女の手首を掴んでいた。


 ――この手に捕らわれてしまえば、もう、振りほどけない。


「クラスタシア」


 戦いの最中。ほとんどその時しか感情を表すことのない魔族だが、ソーディアスは素直にこの状況に驚いているようだった。まさかこの絶妙なタイミングで、彼が来るとは思いもしなかったのだろう。


 普段なら頼んでも見られない表情が見られたせいだろう――クラスタシアは露骨に意外そうな顔をして、「ソーちゃんが驚いてる~~!!」とはしゃいだ。これによりソーディアスは、一瞬でも驚きを露わにしたことを後悔したのだった。


「どおも~~情報局長サンっ」

「どうも、クラスタシア君」


 サイノアの手を掴みながら、ぴょこっ、という効果音が聞こえそうな軽い礼をするクラスタシア。

 魔族の本拠地と言っても過言ではないこの城内でも、彼がいれば途端に明るい雰囲気に変わる。


「このとーりノアちゃんは【封じ】とくから、どうぞお話ししてちょーだい」


 証明するようにサイノアの手を持ち上げる。


 サイノアはと言うと、クラスタシアが来た時点で何をしようと無駄と悟ったのか、大人しくそっぽを向いていた。案外物分かりのいい性格なのかもしれない。


 情報局長と名乗る魔族は、何かを考え込むように目を細める。


「ところでクラスタシア君。君から【()て】、彼らの戦力はどうだった?」

「んん? 戦力……?」


 クラスタシアの【千里眼】は、何も遠方を見るだけの能力ではない。


 例えば今回のように敵と(まみ)えた場合。

 接触が長ければ長いほど、敵の戦力はもちろんのこと、細かなクセや性格までも読み取ってしまう。


 直接関わったのは、相手の主戦力とも言うべき人間。全てが正確に読み取られていれば、彼らには微塵(みじん)の勝機も残されないだろう。彼の言葉次第で、人間たちの命運が決まると言っても過言ではない。魔族である彼らにとって重大な情報だ。


 それを十分に認識しているのかしていないのか、クラスタシアは長いこと眉間に皺を寄せて呻き続ける。

 やがて、電球に光が灯るように、ぱっとその表情も輝いて。


「イチカがメラメラしてて、魔法士がビンビンしてた!!」


(なんだそれは?!)


 魔王とソーディアスが、心の奥底で同時に突っ込んだ。

 どちらも表情には出していない。一貫して無表情だ。


 しかし、気づく者は気づいていた。魔王の頬を、隠れるように一滴の雫が滑っていったことに。

 ソーディアスもソーディアスで、普段よりは複雑な表情を浮かべている。人間のように易々と感情を表に出さないために、意表を突かれたときの対処には不慣れなのだろう。


 そんな彼の仲間及び上司の苦労は、果たして理解されているのか。

 情報局長は困惑も怒りも顔に出さず、ただふぅん、と頷くだけだった。


「分かった、ありがとう。(たの)しくなりそうだね」


 今の不可解な説明で何が分かったというのか。

 情報局長はそれだけ告げると、魔王やソーディアスの物言いたげな視線を受け流して、元の暗闇に溶け込んで消えてしまった。

 言葉通り、愉しげな表情を浮かべて。

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