表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第二話 ピンチの後の大ピンチ。 5


 後ろに、倒れる!

 後頭部殴打の危機感に、全身が総毛立つ。

 ここで気など失ったら、どうなるか、火を見るよりも明らかだ。

 反射的に、倒れまいとするけど、学生時代テニスで鍛えた筋肉も、自然の法則の前では大して役に立たない。

 なんとか後ろに倒れ込むのは避けられたが、タタラを踏んだ足はもつれて、踏み止まれない。

 スローモーションで、視界が傾ぐ。

 木製ドアから、アイボリーの花柄の浮いた壁紙へ、小ぶりのシャンデリアの付いた、白い天上へ。

 いくら絨毯敷きの床でも、この勢いで頭をぶつければ、只ではすまないだろう。

 ああ、今日は厄日だ。

 打ち所が悪くて死んだら、化けて出てやるんだから。

 パニクる頭の片隅で、妙に冷静にそんな事を考えつつ、両目をギュッと瞑った。

 数瞬後、ドスン、と、身体に衝撃が走った。が――。それは思ったよりも小さな衝撃で。

 あれ? 痛くないぞ?

 それに、この匂いは……。

 ふわり、と鼻腔をくすぐるのは、嗅ぎなれた、でも元彼のものとは微妙に違うタバコの匂い。手の平には、ザラザラとした絨毯の感触。

 恐る恐る目を開ける。

 目に入ってくるはずの天上は見えず、視界いっぱいに広がるのは、青いデニム生地だった。

 そういえば、妙に身体が重い。

 重い?

 って、なんで?

――え?

――ええっ!?

 部屋の中に、あの男が居る。

それも、『私の頭を抱えるようにして、身体の上に乗っかっている』

「きゃっ!?」

 そう理解した瞬間、私は声にならない悲鳴を上げながら、無我夢中で四肢をバタつかせた。

「ちょっ、こらっ、暴れるな」

 頭上から、焦ったような男の声が降ってきて、私は更に激しく体をバタつかせた。

 男の胸を押しのけようとボカボカ殴りつけていた両手首が、がっちりとした骨太の手で掴まれ、頭の上に封じ込められる。

「は、放してよっ!」

 ダメだ。

 とても敵わない。

 だけど、両手が使えなくても、諦めてなんかやるものか。まだ、両足とこの口が残っている。

 八年間、テニスで鍛えた脚力を舐めるなよ、変態!

 残った両足をバタつかせつつ、私は大口を開けて、憎っくき女の敵の胸ぐらに、吸血鬼よろしく噛み付こうとした。その時、

「このバカ! 暴れるなっつってんだろ、市村菜々葉!」

 いきなりフルネームで罵倒された私は、大口を開けたまま、ピキリと固まった。

 私に、押し込み強盗の知り合いは居ない。

 でも今、この男は、私のフルネームを呼んだ。

 それに、なんだかやたらと聞き慣れている気がする、この低音の声は――。

 ま、まさか?

「いいか。身体を離すけど、蹴るなよな」

「う、うん……」

 コクリと、

 半信半疑でとりあえず頷くと、ぴったりと寄せられていた男の身体が、スッと離れた。

 完全に離れたわけではなく、腕の力で上体だけを起こした形だ。

 恐る恐る、男の顔に視線を走らせる。

 目深に被っていたベースボール・キャップは、私が暴れたせいでどこかに飛んでしまったのか、色素の薄い明るい頭髪が、額に落ちかかっている。

 不機嫌そうに顰められた、眉根。その下の、髪と同じに色素の薄いはっきりとした二重の瞳には、呆れたような色合いが浮かんでいた。

 通った鼻筋の下の、やや薄い唇も、やはり不機嫌そうに引き結ばれている。

 私は、この男を知っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ