第二話 ピンチの後の大ピンチ。 4
おケイ、木嶋恵は、身長が百七十センチと、確かに女性にしては大柄な方だ。だけど、今、私の目の前に立っている人物は、どう見積もっても、百八十センチは超えている。
第一、細身ではあるけど、がっちりした骨格は、女性のものではありえない。
男だ。
ざっくりしたデニム地の青いシャツと、タイトな黒いジーンズ。
足元は、白いスニーカー。
濃紺のベースボールキャップを目深にかぶっていて、目元が隠れているので、 顔は見えないけど、ぴんと背筋が伸びた姿勢や、肌の感じからすると、まだ若い男。
『ほら、色々と物騒だからね』
電話のおケイの台詞と、押し込み強盗の新聞の三面記事が、一気に眠気のぶっとんだ脳内で、ぐるぐると回る。
やばい。
これは、かなりやばい。
せっかくおケイが忠告してくれたのに。
確かめもせずに、無防備にドアを開けた自分を殴ってやりたい。
そう、後悔しても、後の祭り。
たらーりたらーりと、冷や汗をしたたらせながら、
まるで『蛇に睨まれたカエル』のように、ドアノブを握り締めたまま動けない。
でも、なんとかこのピンチを切り抜けなければ。
真夜中といえど、ここはホテル。それも、週末なので、泊り客も多いはず。
いざとなったら大声を上げれば、誰か、助けに来てくれるはず。
……はず、よね?
ごくり。
不安と一緒に恐怖心を飲み下し、極力、相手を刺激しないように速やかに。
「マチガエマシタ、スミマセン」と。
まるで、B級映画の宇宙人のような平坦なイントネーションで、訳のわからないせりふを吐いて、私は、ドアを閉めようと試みた。
が、何故か、ドアは、閉まらない。
ここのドアは、廊下側に開く『外開き式』。だから、閉めるには、自分の方に引くしかない。
もちろん、私は、引っ張っている。
力いっぱい引っ張っているのに閉まらない、っていうことは、逆の力が加わっているわけで。
つまりが、外に居る男がドアを開けようとしているという、恐ろしい事実を示している。
じわじわと、足元からせりあがってくる、恐怖心。
どうあがいても、身長百六十センチ足らずの女の私が、百八十センチを超える体格の良い男と綱引きして、勝てるはずがない。
だけど、このドアを閉めなければ、もっと恐ろしいことが待っている。
明日の新聞記事のネタになるのは嫌だっ。
「……うう~~っ!」
こ、この、閉まれっ!
両足を踏ん張って、渾身の力を込めているのに、ドアは、じりじりと外に開いていく。
目測で、およそ三十センチ。
四十センチ。
っ!
じりじりと広がるドアの隙間が、五十センチを超えたときだった。
「あっ!?」
ズルリ、と、
ドアノブを掴む手が汗で滑ってしまった。
悲鳴を上げる暇もなく、すっぽ抜けた両手は、ドアノブを掴んだ形のまま、勢い良く天井に向かって跳ね上がる。付属する身体も、バランスを崩して斜め後ろに大きく傾いだ。




