第一話 別れ話は、ベッドの後で。 4
頭の中を、葬送行進曲の沈鬱なメロディーが大音量で流れていく。
「うっああああーーっ」
思わず『ムンクの叫び』状態で、自分のどぢさ加減に身悶えた。
ピンチよ、ピンチ。
これをピンチと言わずに、何を言う。
どうするよ、これ?
どうしたらいいの?
今選べる選択肢は、限られている。
その一。
一番安直かつ、問題解決に最短と思われる方法。
『元彼に電話して、財布をホテルまで届けてもらう』
否、『届けてください』と、お願いする。
これはさすがに、嫌すぎる。
というか、絶対嫌、だ。
自分で払うからと、見栄を張っておいて、どの面下げて彼に電話できるのか。
取りにいくにしろ、届けてもらうにしろ、最終的に、財布を受け取るにしても、『今』は彼に会いたくない。
その二。
『財布を忘れてしまって……』
と、ホテルのフロントに身分証を提示。タクシーを呼んで、取り敢えずコンビニのATMで現金を引き出してきて、タクシー代&ホテル代を清算――
そこまで考えて、ある重大な事実に気付き、頭を抱えた。
免許証も社員証も、おまけにキャッシュカードも全部財布のポケットの中。
アパートに戻っても、タンス貯金などしていないから、纏まった現金はナッシング。
もう絶体絶命、万事休す。
「うううっ……」
今度から、財布と身分証は分けておこう。
ついでに、ちょこっとは、タンス貯金もしておこう。
殊勝に反省してみても、お金はわいてこない。
残る手段は、只一つしか思い浮かばなかった。
困ったときの神頼み。
ならぬ、友達頼み。
同僚でプライベートでも仲がいい友人の、『おケイ』こと木嶋恵。
彼女に、助けてもらうしかない。
いざ。唯一の救世主の元に、SOS発信を! と、携帯電話を取り出し、一瞬、かけるのをためらった。
確か我が親友殿、今夜は彼と『久々の、おうちデート』だと言っていた。
今頃の時間は、お手製料理も食べ終わり……。
「うーーん」
取り込み中だったら、どうしよう。
親しき仲にも礼儀あり。
さすがに、電話しにくい時間帯だ。
でも、外に、この窮状を打破する手立ては思いつかず。背に腹は変えられない。
「邪魔してごめんよ、おケイさん」
もごもごと口の中で侘びを入れ、一縷の望みを掛けて力を込め、発信ボタンをプッシュする。
プルルルル。
デジタルな呼び出し音が、否が応にも、緊張感を高めていく。
彼女がダメなら、もう、諦めて彼、いや『元彼』にお願いするしかないのだ。
それだけは、避けたかった。
どうにか平静を保っている今、もう一度彼の顔を見たら、私は自分がどんな反応をするのか、予想が出来ない。
ううん。何となく、予想がつくから、よけいに怖い。
不感症のレッテルを貼られた上、バカな女だとさげすまれたくないし、無様に、醜態を晒したくはない。
親友とは言えど、他人様に迷惑を掛けるなんて、おバカなプライドだと分ってはいるけど。それを無くしたら、自分が自分でなくなってしまう。
やっぱり、譲れない一線があるのだ。だから。
プルルルルル。
おケイ、お願い、出てちょうだい!
心で叫んだその時、
『はぁーーい、もしもしぃ、ただ今取り込み中の、木嶋でぇす』
異様に明るい親友殿の大音量の声が、鼓膜を直撃した。




